第60話:支部長・堂村拳児

「ちょっと支部長! まさかスーツのまま戦うんですか!」


 修練場があることを知っていたのだろう、彩音があり得ないといった感じで声を荒らげている。


「なーに、少し実力を確認するだけだ、心配するな」

「だからってそれは竜胆さんに失礼だと思いますけどー?」

「そうか? どうだね、天地プレイヤー?」


 まさか自分に話が振られるとは思っておらず、竜胆はどう答えるべきか悩んでしまう。


「いや、どうと言われましても……」

「そうか? なら、聞き方を変えようか……君程度ならスーツを着ていても問題ないと思うのだが、どうだね?」


 今度の拳児は挑発的でいて、さらに言葉には殺気が込められている。

 真正面から殺気を受けた竜胆は僅かに息をのんだものの、その場にグッと堪え、小さく息を吐き出した。


「……いいえ、そのままで。胸をお借りするつもりで剣を合わせたいと思います」

「ほほう? 耐えるか、面白いな」


 表情は笑っているものの、身に纏う雰囲気は強者のもので、すでに殺気を隠そうともしていない。

 全身からは大量の汗が噴き出しているが、そんなことは関係ない。何故なら拳児が相当な実力者であることを竜胆は身をもって体感しているからだ。


(握手をした時に感じた圧力、あれはただ者じゃない。さすがは協会東部地区の支部長ってことか)


 修練場の中央まで移動した二人は、一定の距離を取ってから互いに向き合うようにして立ち、そして構える。


「……支部長は徒手空拳なんですか?」

「そういうことだ。いつでもいい、初手は譲ってやるから掛かって来い」

「……分かりました。それじゃあ――いきます!」


 言葉を言い終わる前に駆け出した竜胆は、渾身の斬撃を拳児へと見舞う。


(避けるか、それとも受けるか! それから次の行動を決めて――!?)

「ぬんっ!」

「ぐあっ!?」


 避けるでもなく、受けるでもなく、拳児は自らの拳を竜胆の斬撃めがけて打ち出してきた。

 ぶつかり合う疾風剣と拳。お互いの一撃があまりに強烈だったのか、ドンッという音だけではなく、僅かにビルが揺れている。


「ちっ!」

「ほほう? 上手く衝撃を逃がしたか!」


 疾風剣と拳が激突する刹那、竜胆は僅かに剣を引き受け流す態勢にシフト、自らも後方へ飛ぶことでなんとか衝撃を逃がすことに成功していた。


(何が上手く逃がしただ! 腕が痺れてるっての!)


 左手を軽く振りながら、疾風剣を握る右手に意識を向ける。


(今の一撃をもう一発受けたら、剣を持てなくなるだろう。実力を示すなら、次しかない!)

「初手は譲ったんだ、今度はこちらからいかせてもらうぞ!」


 そう叫んだ拳児が地面を蹴りつけると同時に、竜胆も前に出る。


「前に出てくるか!」

「絶対に避けてください! さもないと――死にますよ!」

「面白い! 来い、天地プレイヤー!」


 すでに一発、竜胆は拳児の打撃を受けている。つまりは――反射することが可能だった。


「反射!」


 竜胆がそう叫んだ直後――拳児の背筋に寒気が走った。


(こいつは本気でヤバいやつだな!)


 そう思った直後、拳児は反射的にスキルを発動させていた。


 ――ドゴオオオオンッ!!


 最初の一合とは桁違いの衝撃が協会ビルを揺らした。

 おそらく別のフロアでは地震か、はたまた何者かの襲撃かと考える者もいたかもしれない。

 それだけの衝撃を竜胆が放ち、拳児は真正面から受けていた。


「…………マジかよ」


 そう声を漏らしたのは、竜胆だった。


「……ふははははっ! 素晴らしい一撃だったな、天地プレイヤー!」

「傷一つないとか、支部長は化け物ですか」


 疾風剣が捉える間際、拳児は両腕を重ねてスキルを発動、竜胆の反射による一撃を完全に受けきってしまっていた。


「何を言うか! しかし、風桐プレイヤーの言う通りだったな、スーツが台無しになってしまった!」

「……あっ! す、すみませんでした!」


 拳児には傷一つ付いていないが、身に着けていたスーツの両袖は吹き飛んでおり、その他の箇所もビリビリに衝撃で破れてしまっている。

 高級なスーツだったらどうしようかとすぐに謝罪を口にしたのだが、拳児は気にするなと笑った。


「ふははははっ! 俺がスーツを着て戦うと挑発までしたんだ、気にするな!」

「……は、はぁ」

「よし! 再審査はこれまでとする! ランクはそうだなぁ……CランクかBランクあたりでどうだ?」

「えぇっ!? い、いきなりそこまで上げてしまっていいんですか!!」


 拳児がさらりと新しいランクを口にし、竜胆は驚きの声をあげてしまう。


「エルディアスコングを討伐し、モンスターの群れから生き残った。さらには俺の初撃を受けきっての、今の一撃だ。Cランクは当然だろうな」


 ランクが上がるのは嬉しいことだが、一気に上がり過ぎるとやはり目立ってしまう。


「し、Cランクでお願いします!」

「ん? Cランクでいいのか、天地プレイヤー?」

「はい! よろしくお願いします!」


 拳児としては少しだけ納得いかないような表情だったが、竜胆の気持ちもあるかと考え、その場でCランクに上がることが決定となった。

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