第54話:悪魔の選択

 ウインドウに表示された【初めてのプレイヤー討伐特典】という言葉に、竜胆の思考は真っ白になってしまう。

 岳斗を殺してしまったのは不本意だ。スキル【鉄壁反射】の効果がこれほど高いとは竜胆も予想しておらず、それでも殺してしまった事実は受け止めなければならないと、自分の行いが招いた結果なのだと考えるようにしていた。

 それがどうして【プレイヤー討伐特典】などという言葉に置き換えられてしまったのか。


(……スキル【ガチャ】は、プレイヤーを殺すことでも、発動するのか?)


 竜胆の心に、一つの疑念が浮かんでくる。


(……強いプレイヤーを殺すことで、俺はもっと強くなれるってことか?)


 事実、ウインドウには次のように表示された。


【尾瀬岳斗のスキル【重戦車】を獲得しました】

(スキル【重戦車】は強力なスキルだ。それは岳斗を見ていれば十分に理解できる。それに、スキル【鉄壁反射】との相性もいい)


 スキル【重戦車】によって防御力を強化し、それに伴い敵の攻撃を受け続けることで、スキル【鉄壁反射】の反射攻撃を行えば、倒せない敵はほとんど存在しなくなるだろう。

 エリクサーを手に入れるには強くなる必要がある。鏡花を助けるため、竜胆はどうしても強くならなければならない。


【スキル獲得数が上限を超えております。一つのスキルを削除してください】


 このままスキル【重戦車】を獲得するのがプレイヤーとしては賢い選択なのだろう。目的を達成するためにはそうするべきだと竜胆も理解している。


(…………俺はまだ、人間を捨てたくない!)


 しかし、竜胆が選んだ選択肢、それは――


【スキル【重戦車】を削除しました】


 スキル【重戦車】を獲得しない、だった。


(これを獲得してしまったら、俺自身が手段を選ばなくなる気がする。プレイヤーを殺して強くなることに執着するようになる気がする。それだけは、絶対にダメだ!)


 そしてそれは鏡花が望んだ未来ではないはずだと、竜胆は言い聞かせる。


(大量殺人者になった俺がエリクサーを持ち帰ったとして、鏡花が喜ぶか? そんなわけないじゃないか! あまりにも人間からかけ離れた奴からの施しなんて、鏡花が受け入れるはずがない!)


 段々と呼吸が荒くなっていく。自分自身を説得するのに、精神が疲弊しきっているのだ。


「大丈夫かい? 竜胆君、竜胆君!」

「はあ、はあ、はあ、はあ!」

「マズいな、早く協会に戻らないと!」


 竜胆の様子が段々と悪い方へ進んでいると判断した恭介は、無理やり彼を背負うと、その場から離脱しようとした。


『フシュルルルル!』

『ゲギギギギ!』

『ゲゴゴゴゴ!』


 だが、恭介も気づかないうちに周囲はモンスターで溢れかえっていた。


「なっ! くそっ、周囲への警戒を怠っていたか」

「はあ、はあ――うっ!?」

「り、竜胆君!?」


 直後、竜胆が意識を失ってしまう。

 急いで竜胆を背負い、モンスターの群れを突っ切ることができるかどうか。さらにいえば少し離れた場所には気を失ったままの石田も倒れている。

 恭介は過去の経験から、瞬時に判断を下す。


「……無理だよ、さすがに」


 恭介だからこそ、この状況が最悪であることを瞬時に理解してしまう。

 とはいえ、それは竜胆を背負っているからであり、恭介だけなら突破することは可能だろう。

 彼にはそれだけの実力と戦闘経験があるのだから。


「すまない……石田君」


 恭介は覚悟を決めた。諦める覚悟と――助ける覚悟を。


「私は絶対に、共に戦った仲間を見捨てない! ……いくぞ!」


 大きく息を吸い込んだ恭介は、竜胆を背負い直して剣を構える。

 スキル【戦意高揚】を発動させて突破口を見つけようとした恭介だったが、ここで予想外の出来事が起きた。


 ――ドゴオオオオンッ!


 扉の入口があるだろう方向から、爆発音が聞こえてきたのだ。


「……な、なんだ?」


 何が起きているのか恭介にも分からなかったが、それはモンスターも同じだった。


(……モンスターの意識が、爆発の方に向いている!)


 好機だと判断した恭介の行動は早かった。

 モンスターの意識をこちらに向ける行動は控え、移動にだけ集中し走り出したのだ。

 モンスターの間をすり抜けていき、気づかれたとしてもその時にはすでに射程外まで移動している。

 とはいえ全てのモンスターが気づかないわけではない。


『ブジュルララッ!』


 恭介の存在に気づいたモンスターが攻撃を仕掛けてくると、剣を鋭く振り抜いて迎撃し、再び走り出す。

 爆発音が徐々に近くなり、恭介は爆発を起こしている主が味方であることを切望する。


「あ、あれは!」


 そして、恭介が目にした光景は――二人の救出に駆け付けてくれたプレイヤーたちの姿だった。

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