第41話:恭介と石田

「ど、どうして石田君がここにいるんだい?」

「ひ、ひひ、ひひひっ!」


 当然の疑問を口にした恭介だったが、石田はただ不気味に笑っているだけで問いに答えようとしない。


「……石田君、ここは危険だ。早く扉に戻って応援を――」

「ひひっ! し、死んでください、矢田先輩!」


 石田は恭介の言葉を遮り叫ぶと、自らのスキルである木魔法を発動させた。


「何をするんだ、石田君!」

「ぼ、僕は、お前が嫌いだったんだ! だから、死んでくれ!」


 周囲の木々が、雑草までもが急成長すると、恭介へ襲い掛かっていく。

 茎や蔦を伸ばして縛り上げようとしたり、葉っぱを鋭利な刃と化して飛ばしていく。

 石田は現役のDランクプレイヤーで、木魔法のスキルを巧みに操る実力者だ。

 しかし、極度の人見知りのせいでパーティを組んでも上手くいかず、ソロで扉に入ったとしてもモンスターに接近されると魔法系スキルでは対処が難しく、撤退を余儀なくされることが多かった。

 そのせいもあり、石田は当時募集があった臨時の協会職員へ応募し、採用されていた。


「いったい何があったんだ! 石田君は、こんなことをするような人じゃないだろう!」

「う、うるさい! ぼ、僕の何を知っているって言うんだ! 僕はお前が嫌いだ! 寄ってきてほしくない時にまで近寄ってきて、うざいんだよ!」


 石田が協会職員として臨時採用された時、恭介はすでに働いていた。

 最初に声を掛けたのも恭介で、他の職員となかなか打ち解けられずにいた石田の面倒を見ていたのも恭介だ。

 恭介としては良かれと思ってやっていたことも、石田から見れば余計なお世話だった。


「うざい! うざい! うざい、うざい、うざいうざいうざいうざい!!」


 周囲の植物が蠢き、刃と化し、恭介へ襲い掛かり続けている。

 元Cランクプレイヤーだった頃の感覚が戻りつつあり、なんとか攻撃を退けているものの、恭介は石田を攻撃していいものかどうか悩んでいた。


「くそっ! こうなったら、これでどうだ!」

「今度はいったい何を――!?」


 石田が叫ぶと同時に、恭介は背後に別の殺気を感じた。

 大きく跳躍して近くの大木の枝に飛び乗ると、先ほどまで立っていた空間へ二つの斬撃が飛んできた。


「ちっ!」

「やるじゃないか!」

「な、なんで外すんだよ!」


 岳斗の取り巻きだった二人の奇襲は失敗に終わり、石田が苛立ちを露わにする。


「お前が押さえつけて置けば避けられなかっただろう!」

「そうだ! 曲がりなりにも元Cランクだぞ! ちゃんとやれよ!」

「う、うるさい! うるさい! 僕に命令するな! さ、三対一なんだ、真正面から殺せばいいだろう!」


 枝の上から三人の言い争いを眺めていた恭介の表情は普段とさほど変わりなかったが、内心では焦りを覚えていた。

 それは敵の数が増えたからではなく、自らの状態を鑑みてのものだ。


(困ったな。古傷の膝が、痛みを感じ始めたか)


 石田をどうするか、奇襲を仕掛けてきた二人への対応にも施行を巡らせていく。

 その中に古傷まで加わったことで、恭介の選択肢は大きく狭まってしまう。


(…………今の私は、竜胆君とパーティを組んでいる、一プレイヤーだ。ならば、選ぶべき選択肢は一つしかないだろう!)


 グダグダと考えていては竜胆が危険に晒される時間だけが増えてしまう。もしかするとすでに窮地に追い込まれているかもしれない。

 それは石田や他の二人の登場によって、恭介の中ではより決定づけられた。


(石田君が私を嫌っていたことは認めよう、殺されようとしているのだからね。だからといって、竜胆君の方に敵が向かっていないとは限らないからね!)


 覚悟を決めた恭介は、剣を握る手に力がこもる。

 呼吸を整えると、枝から飛び降りて三人の前に着地した。


「に、逃げ回るのは、止めですか、先輩?」

「あぁ、止めたよ」

「おとなしく殺されてくれるってか?」

「そうしてくれるとありがたいんだがな?」


 石田の問い掛けに恭介が答えると、取り巻きの二人が不敵に笑いながらそう言い放つ。


「……そんなわけないだろう」

「あぁん?」

「だったらなぶり殺しにしてやるぜ!」


 取り巻きの二人が声を荒らげる中、石田だけは恭介の変化に気づいていた。


(……な、なんだ、今の口調は? 先輩は、あんな口調じゃなかった、よな?)


 そう思った直後、恭介の全身から白い光が湯気のように現れた。


「……スキルを発動するのは、久しぶりだな」

「元Cランクとはいえ、こいつは壊れている!」

「さっさと終わらせるぞ! 石田!」

「わ、分かった!」


 取り巻きの二人が剣を手に前に出ると、石田も木魔法を発動させて恭介へ攻撃を仕掛ける。

 三人による同時攻撃、絶対に躱すことはできないと石田たちは考えていた。


「遅い」


 しかし、攻撃が命中すると思った刹那、恭介の姿が視界から一瞬にして消えてしまう。


「ど、どこに行きやがった!」

「逃がすな、探せ――」

「逃げると思うか?」

「ぐはっ!?」


 取り巻きの一人の背後に回り込んでいた恭介の剣を一閃すると、背中を深く切り裂かれた取り巻きはそのまま倒れ込んだ。


「……は、速すぎるだろ!」

「……これが、先輩の、全力?」


 あまりの実力差に驚愕する残る取り巻きと石田。


「全力だって? まだまだ先はあるが、お前たち程度にはこれで十分だろう?」


 そう口にした恭介の剣先は、間違いなく二人に向いていた。

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