第35話:初めての仲間

「お待たせしました、矢田さん」


 竜胆が港に到着すると、すでに恭介は待っていた。


「私もさっき来たばかりだから気にしないでくれ」

「今日はありがとうございます。仕事は大丈夫なんですか?」


 竜胆に同行してくれるということは、これが仕事なのだろうと思い聞いてみた。

 だが、恭介からの答えは予想外のものだった。


「今日は休みなんだ」

「えっ!? そ、それじゃあ申し訳ないですよ!」


 仕事の一環として同行してくれているのかと思っていたが、まさか休みだとは思わなかったのだ。


「あはは、大丈夫だよ。実は昨日、竜胆君の活躍に刺激を受けちゃってね、休みを返上してでも私が同行しなければって思ったんだ」


 恭介はプレイヤー人生をすでに引退しているが、怪我さえなければまだまだ現役でやれる年齢だ。

 新人で大活躍を見せた竜胆に刺激を受け、再びプレイヤーとして活動してみたいと思うのは当然の結果かもしれない。


「ご迷惑をお掛けします」

「迷惑だなんて! 私からお願いしたんだから、そんなわけないじゃないか! むしろ、僕の方が竜胆君に迷惑を掛けていないか心配だよ」

「そっちの方があり得ませんよ。あの大量のドロップ品、誰が運んだと思っているんですか?」


 竜胆が肩を竦めながらそう口にすると、恭介は一本取られたと言わんばかりに苦笑しながら同じように肩を竦めた。


「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「今日は一日、よろしくお願いします、矢田さん」


 お互いに笑い合いながらそう口にし、竜胆が手を差し出す。

 だが、恭介はその手を見つめながら、一つの提案を口にした。


「なあ、竜胆君。私のことは恭介と呼んでくれないか?」

「えっ! でも、大先輩ですし、下の名前で呼ぶのはちょっと……」

「だ、ダメかい?」


 竜胆に断られてしまい、恭介はものすごく残念そうな顔をする。

 そんな顔を見せられた竜胆は後ろめたさを感じてしまい、ずーっと見てくるものだから仕方なく折れることにした。


「……わ、分かりましたから! そんなに見ないでくださいよ!」

「ありがとう! それと、敬語も禁止な!」

「えぇっ!? そ、それはちょっと!」

「敬語は言葉が長くなってしまうし、お互いに危機を知らせる時に無駄になっちゃうんだよ」


 最初は甘えるように、そして今回はプレイヤーの先輩として、お願いを口にしてきた。


「ソロならどんな口調でも構わないけど、パーティを組むのであれば、それぞれが生き残る最善をやらないとね」

「ぐっ! ……わ、分かりました」

「分かった、だろ?」

「…………分かった! もう、これでいいんだろ!」


 ここまで来ると開き直るしかないと分かった竜胆は、普段通りの口調で恭介と会話をすることにした。


「それでいいんだよ!」

「……ん? ちょっと待て、それならなんで恭介は敬語なんだ?」

「これは私の癖のようなものだから気にしないでくれ」

「…………解せぬ」

「そうかい? それはそうと、そろそろ行こうか」


 恭介のペースに乗せられてしまった感はあるが、それでも早く向かいたいという思いは同じため、竜胆は渋々といった感じで歩き出す。

 七番倉庫の前には当然だが、別の男性警備兵が立っており、恭介と竜胆を見るや驚きの表情を浮かべた。


「……お、お疲れ様、です」

「あぁ、お疲れ様。今日は私も彼と一緒に入るからね」

「や、矢田先輩も、ですか?」

「あぁ。今日一日、しっかりね」

「……は、はぁ」


 警備兵はどっちつかずの返事をすると、そのまま二人を七番倉庫の中に入れた。


「……なんか、素っ気なかったな」

「あいつはいつもそうなんだ。私、嫌われているんだろうか?」

「恭介を嫌う奴はそうはいないと思うけどなぁ」

「なんだい、竜胆君。それ、褒めてくれているのかい?」

「お前の人となりは短い時間だけど、それなりに分かったつもりだからな」


 本音を口にしただけの竜胆だったのだが、何故か恭介は立ち止まり固まってしまった。


「……どうした?」

「……竜胆君って、よく恥ずかしげもなくそんなセリフが言えるね」

「それは間違いなく貶してますよねぇ、先輩?」

「まさか! かっこいいなって思っただけだよ!」


 あははと笑いながら弁明した恭介だが、竜胆はジーっとジト目を向けている。


「……そ、それじゃあ、早く中に入ろう! 私も頑張るぞー!」

「……まあ、いいけどさ」


 仕事中はとても真面目に見えていた恭介だが、もしかすると少しおどけている今が、素の彼なのかもしれないと竜胆は思えてならない。


(まあ、信用できる人だってことに変わりはないもんな)


 先に扉へ入っていった恭介に苦笑を浮かべながら、竜胆も遅れて扉に足を向けた。


「――……はい、はい、入りました、本当に今です、はい」


 二人が扉の中へ消えてからすぐ、男性警備兵は誰かに連絡を取っていた。


「ですが、Cランクプレイヤーも一緒にいて――わ、分かりました! はい!」


 電話口で突然怒鳴られてしまい、警備兵は慌てて警備室の方へ向かう。


「ま、まさか、本当にあれを使うことになるなんて」


 ビクビクしながら独り言を口にする警備兵は、それでもにやけてしまう表情を繕うことはできなかった。


「……ひひ、いつも上から目線で、うざかったんだ。せっかくなら、一緒に……ひひっ!」


 不気味な笑い声を漏らしながら、警備兵は電話口で言われた通り、準備を始めた。

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