第33話:視線
査定が終わり、竜胆は先に帰宅の途に就くことになった。
「俺は今日のことを報告しないといけないからね」
「分かりました。……あの、明日も扉に入れますかね?」
イレギュラーなのか、それとも人災なのか、それを調査する必要があることは竜胆も理解している。
だが、もしも協会の調査が入るとなれば、しばらくは新人プレイヤー用の扉に入ることはできなくなるだろう。
今の竜胆にとって、比較的安全にモンスターと戦うことができる新人プレイヤー用の扉は貴重な存在であり、可能であれば明日も入りたいと考えていた。
「うーん、そこは協会の判断になるかなぁ。僕も協会の人間だから、報告しないわけにはいかないんだよ、すまないね」
「矢田さんが謝ることじゃないですよ!」
「そうだ! 明日、扉に入れるかどうかを僕から連絡するから、連絡先を教えてくれるかい?」
恭介の提案はとてもありがたいことだったが、内部事情を外部の人間に伝えていいのかと不安になる。
「いいんですか?」
「細かな事情を教えるわけじゃないから。入れるなら問題なしってことだし、そうでないなら無理だと一言で伝えられるしね」
「……それなら、いいのかな?」
「いいんだよ。連絡先、いいかな?」
しばらく考え込んでしまった竜胆だが、恭介が言うのであればと連絡先を交換した。
「よろしくお願いします」
「あぁ、それじゃあ分かり次第で連絡するよ」
こうして別れた二人だったが――そんな二人を、特に竜胆を見ている視線が合ったことには誰も気づいていなかった。
「……見つけたぞ、天地竜胆!」
視線の主は岳斗の取り巻きの一人、腹に拳をめり込ませられた男性プレイヤーだった。
彼は物陰に身を潜めると、すぐにスマホを手に誰かに連絡を取った。
『――……見つけたか?』
「は、はい! 協会ビルをあとにして、帰っていきました!」
電話の相手は岳斗であり、彼が電話の向こうで笑っているのが男性には分かった。
『――くく、それで? 一人だったか?』
「それが、新人プレイヤー用の扉の警備をしている協会職員と一緒にいました。個室にも入っていましたし、扉でレアアイテムでも手に入れて換金していたかもしれません」
実際は大量のドロップ品だったのだが、そんなことを知る由はない。
『――ってことは、竜胆がその扉に入り浸っている可能性もあるってことか』
「かもしれません。そうじゃないと職員と仲良くなんて――」
『――てめぇは今から竜胆の行動を見張れ』
「……い、今からですか? でも、もう夜遅いし――」
『――俺の言うことが聞けないってのか? あぁん?』
時間的には誰もが寝静まる頃合いだ。男性も報告を終えて家に帰るつもりだったのだが、そうはいかなくなってしまった。
「……わ、分かりました」
『――明日にはまた扉に行くはずだ、その時に行動を起こすぞ』
「分かりま……くそっ! 切りやがった!」
男性の返事を待たずに電話を切った岳斗に、彼は怒りを露わにした。
だが、岳斗に逆らえばターゲットが竜胆から自分に向いてしまうのは明白であり、彼に選択肢は残されていなかった。
「プレイヤーとしても終わりかもしれないし、このまま岳斗さんについていくしかないのかなぁ……」
そんなことを呟きながら、男性は見えなくなりそうになっていた竜胆の背中を慌てて追いかけた。
(……なんだ? あいつ、家に帰るんじゃなかったのか?)
竜胆が家に帰ったらコンビニに寄って何か食べ物でも買おうと思っていた男性にとっては最悪の展開だったが、竜胆が向かった先を知り驚いてしまう。
「……病院?」
見た目に怪我をしているようには見えなかったので、何をしに向かったのか気になってしまう。
そこで男性は自らのスキルである聴覚強化を使い、警備員との会話を盗み聞きすることにした。
「おっ! 今日は遅かったじゃないか!」
「ちょっと扉でいろいろとありまして」
「妹さん、待っているんじゃないか? これは預かっておくから、さっさと行ってこい!」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
武器を預けた竜胆が病院の中へ消えていくと、男性はスキルを切り俯いてしまう。
(……あいつの妹、もしかしてここに入院しているのか? だからプレイヤーに覚醒してから誰も寄り付かないような新人プレイヤー用の扉で頑張っているのか?)
そう思うと、男性は自分が何をしているのかと恥ずかしくなってしまう。
(俺にだってプレイヤーとして頑張らなきゃって思う時もあったんだ。でも、でも……)
プレイヤーに覚醒した男性だったが、得られたスキルは【聴覚強化】という、戦闘ではあまり役に立たないスキルだった。
斥候役としては役に立つものの、いざモンスターと相対してしまうと足手まといになってしまう。
男性としては敵の位置を把握して伝えたり、敵の行動を音で判断し注意喚起したりと活躍しているつもりだったが、一緒にいた人間が悪かった。
岳斗はモンスターを倒すことこそが全てと考えており、どれだけサポートに徹しようとも評価されず、男性は常に雑に扱われてきた。
(……どうしようもないよな。俺の聴覚強化は役に立たないんだから、岳斗さんと一緒にいなきゃ誰にも拾ってもらえないし)
そのせいか男性の自己評価は最低もいいところで、自分はプレイヤーの中でも底辺なのだと考えるようになってしまった。
(……あいつ、どうなるんだろうなぁ。岳斗さんに殺されるんじゃないのか? いやでも、さすがにそこまではしないよな)
プレイヤー同士の殺し合いは当然ながら禁止されており、それが遺恨によるものだと分かれば一発でプレイヤー証を剥奪されてしまい、今後再登録も叶わなくなる。
スキルが使えればプレイヤーでなくてもモンスターと戦うことはできるが、扉に入ることを協会が許してはくれない。
これはプレイヤーを守るためでもあり、プレイヤーが一般人を傷つけないよう管理するためでもあった。
「……はぁ。お腹、空いたなぁ」
男性は思考を空腹へ移すと、お腹をさすりながら徹夜になることを覚悟するのだった。
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