第29話:クイーンアント③

 先に仕掛けたのは竜胆だ。

 クイーンアントの巨体めがけて素早く駆け出すと、腹部に潜り込んで疾風剣で切り裂いていく。


『ギギャギャアアアアッ!』


 とはいえ、胴回りだけでも五メートルを超える巨体である。一振りで両断することはできず、一撃離脱を繰り返してダメージを蓄積させていく。


『ギギャ! ギギャギャアアアアッ!』


 二四本の節足を蠢かしながら竜胆を排除しようとするも、その時にはすでに遠くまで移動しており地面がボロボロになるだけだ。

 竜胆は機動力を活かしてクイーンアントを翻弄し、完全に自分の土俵で戦っていた。


(知恵があるとはいえ、それは蟻系のモンスターへ指示を出す時だけだ。一匹になれば暴れる巨大な蟻のモンスターってだけで、そこまでの脅威にはならない!)


 実際にクイーンアントの攻撃はただ節足を蠢かせるか、二本の前足を振り下ろすか、巨大な胴体で擦り潰そうとするか、この三つしかない。

 だが、死に瀕した時にだけ発動する特殊な攻撃手段も持っており、竜胆はそこを最も警戒して攻撃を繰り返していた。


『ギ、ギギギギ、ギギギギガガガガララララァァァァアアァァ!!』

「そろそろ来るか?」


 初めて聞く鳴き声を受けて、竜胆は距離を取ってクイーンアントの動きを注視する。

 すると、予想通りの攻撃を繰り出すモーションに入った。


「土属性魔法――アーススピア!」

『ララララアアアアアアアアァァァァアアァァッ!!』


 耳をつんざくだけの奇声が、急に甲高い鳴き声に変わった。

 直後、クイーンアントの頭上に茶色の巨大な魔法陣がいくつも展開されると、その中心に巨大な土の槍、その穂先がゆっくりと形成されていく。


「これをしのぎ切れば、俺の勝ちだ!」


 アーススピアはクイーンアントが持つ全ての魔力を使い発動される、いわば奥の手のようなものだ。

 死に瀕していると告げているようなものだが、そのことにクイーンアントは気づいていない。

 それでも、ここで相手を倒してしまえば、あとはゆっくりと傷を癒して再びソルジャーアントを生み出せばいいだけの話なので、クイーンアントにとっては些細なことなのかもしれない。


『ララララアアアアアアアアァァァァアアァァッ!!』

「来る!」


 巨大なアーススピアが一つ、二つと次々に撃ち出されていく。

 竜胆には魔法を撃ち消す手段がなく、できることと言えば回避のみだ。

 手にしていた疾風剣を鞘に納め、全ての集中力を回避することにだけ回していく。

 一発でも掠るだけで致命傷になりかねない威力の魔法に、竜胆は緊張感を切らさず対処していった。


『ララアアアア……アアアアァァッ!』

(魔法の速度が、遅くなった!)


 ついにクイーンアントの魔力が底をつき始めた。

 アーススピアが作り出される速度が鈍化し、竜胆には僅かだが余裕が生まれてくる。

 そうすると魔法だけでなくクイーンアントの動きにも注意を向けることができるようになった。

 その目は竜胆を見ているが、最初の時に比べて余裕の色は皆無であり、焦りの色が見え隠れしている。

 ただでさえ鈍重だった動きもさらに遅くなり、ここが決定機になり得ると竜胆は動いた。


「うおおおおおおおおぉぉっ!」


 降り注ぐアーススピアをかいくぐり、クイーンアントとの距離を一気に詰めていく。

 焦りからか反応が遅れたクイーンアントは前足を振り下ろして叩き潰そうとするも、すでに竜胆は前足では届かない胴体の下に潜り込んでいた。

 しかし、ただ切り裂くだけでは致命傷にはなり得ない。

 だからこそ竜胆はあえて胴体の下に潜り込んだ。それはクイーンアントの意識をそちらに向けておく必要があったからだ。


「はああああっ!!」

『ギギャギャッ!?』


 胴体の下に潜り込む動きはフェイクであり、竜胆はすでに別所に移動していた。

 そこはクイーンアントよりも高い位置となる壁の出っ張りで、人ひとりがようやく腰を下ろせるくらいの小さな足場だった。

 そこから竜胆はクイーンアントを見下ろし、その首めがけて飛び降りた。

 竜胆の気合いのこもった声に顔を向けたクイーンアントだったが、その時にはすでに疾風剣が渾身の力で振り下ろされているところだった。


 ――ザンッ!


 勝負が決する時というのは、存外呆気ないものなのかもしれない。

 胴体に何度傷を負わせても致命傷にすらならなかったクイーンアントだったが、その首を落とされてはどうしようもない。

 致命傷どころか一振りで即死となり、竜胆とクイーンアントの死闘に幕が下ろされた。

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