第30話:魔法

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ああぁぁぁぁ~、勝てたああぁぁぁぁ~!」


 そう口にした竜胆はその場へ大の字に倒れ込んだ。

 スキル【中級剣術】で身体能力が上昇しているとはいえ、これだけの大立ち回りをして見せたのだから、竜胆の体力は完全に底をついていた。

 連戦に次ぐ連戦、しかもそれが持久戦だったのだから当然であり、むしろここまでよくもってくれたと自分を称賛するべきだろう。

 だが、それも今の竜胆にとっては些細なことだ。何故なら彼にはこれから最大の楽しみが待っているのだから。


「よーし! 大量のソルジャーアントにクイーンアントを倒したんだ! 絶対に特典ガチャが来てくれるだろう! 来なかったらさすがに怒るぞ、俺は!」


 スキル【ガチャ】の発動を待ちわびていた竜胆は、目の前に現れた100連以上のガチャについて案内するウインドウに期待を膨らませる。


【レア装備、レアアイテム、装備、アイテムを合計二七個獲得しました。内訳は後ほどご確認ください】


 数だけでいえば手前の部屋の方が多かったので、個数が少ないのは仕方ないと納得する。


【スキル熟練度を獲得しました。各種スキルの熟練度に反映いたします】


 こちらも数が少なかったので気にならない。問題はこのあとである。


【初めての隠しボス討伐特典ガチャです。倒したモンスターのスキルを獲得します】

「こいつ、隠しボスだったのか?」


 隠しボスという存在については知っていた竜胆だったが、星1の扉に隠しボスがいたという話は聞いたことがない。

 そもそも、星1の扉にはランクの低い新人プレイヤーが派遣されるのがほとんどであり、新人たちが隠しボスと遭遇してしまえば一瞬で殺されてしまうだろう。

 今回のクイーンアントも竜胆でなければ手前のソルジャーアントに蹂躙されていたことは間違いないのだ。


「今度は使えるスキルを獲得してくれ!」


 とはいえ、竜胆の興味は隠しボスではなく、獲得するスキルに向いていた。

 ソルジャーアントから1%の確率で獲得したスキル【共鳴】は一人では使えないスキルだったこともあり、今回は使えるスキルであってほしいと強く願ってしまう。

 果たして、竜胆の願いは叶うのか否か――


【クイーンアントのスキル【下級土魔法】を獲得しました】

「マジか! 魔法が使えるようになるのかよ!」


 魔法というのは人間が鍛えるだけでは絶対に使うことができない、まさにファンタジー世界の代物だと言われ続けてきた。

 しかし、世界に扉が現れてからは現実にも魔法という概念が生まれたものの、それでもスキルとして授からなければ使えないものであり、選ばれたプレイヤーしか使えないものだった。

 そんな特別な力を、スキルを、自分が使えるようになるとは夢にも思わず、竜胆は声をあげて喜んだ。


「……魔法を使ったら、どんな感じになるんだ?」


 疲労困憊の体であるにもかかわらず、魔法を使ってみたいという願望が疲労を勝り、体を起こしてスキル【下級土魔法】を確認する。


「……魔力を消費して魔法を発動。俺に魔力なんてあるのか?」


 魔法を使ったことなどない竜胆は、自分に魔力があるのかなど知るはずもない。

 だが、魔力があるからこそ魔法は使えるものであり、魔力がない者が魔法系のスキルを授かることはないと、世間一般では言われている。


「でもなぁ。俺の場合、ガチャで相手のスキルを獲得しているだけだし、魔力がないまま魔法系スキルを獲得するなんてこともありそう……いや、ないか? でもなぁ」


 腕組みをしながら考え込んでいた竜胆だが、使ってみれば分かるかと頭を切り替える。

 使える魔法の数は三つと少ないが、それでも使える魔法があるということに変わりはない。


「よし、やってみるか。それじゃあ、簡単そうなものから……よし、これだな」


 何を使うか決めた竜胆は深呼吸をしたあと、右手を前に突き出して魔法名を唱えた。


「アースウォール!」


 すると、地面に茶色の魔法陣が顕現し、そこの地面から厚さ三〇センチほどの分厚い土壁がせりあがってきた。

 高さは二メートル、幅は一メートルほどあり、平均的な大人一人なら問題なく隠れられる立派な土壁だ。


「……うっ、なんだか、ドッと疲れが出てきたような」


 起こしていた体を再び寝かせ、竜胆は大きく息を吐きながら魔法についての知識を思い出していく。


「……そういえば、魔法は使い過ぎると魔力枯渇を起こして、意識が朦朧とするんだったか。さらに無理をしたら意識を失うとも書いてあったような」


 たった一度の魔法で魔力枯渇の症状が出たことを、竜胆は疲労困憊だからだと思いたかった。

 実際のところはまだまだ検証が必要だということで、自分に魔力が全くないかもしれないとは考えないようにしていた。

 もしそうであれば、二回連続で使えないスキルを獲得したということになり、そうなると精神的疲労が肉体的疲労を超えてしまうかもしれない。

 そうなればすぐには立ち直れないかもしれないと思っていた。


「……とにかく、俺は勝ったんだ、クイーンアントに」


 そして、今はクイーンアントを倒したという事実をしっかりと噛みしめ、これからまだまだ強くなれるという期待に胸を膨らませることにした。

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