第21話:竜胆の一日

「はい、はい……本当にお世話になりました。はい、頑張ります、ありがとうございました」


 翌朝、竜胆はバイト先に連絡を入れ、退職することを告げていた。

 本当なら電話で伝えたあと、直接お店に顔を出す予定だったのだが、店長から『気にするな』『夢が叶ってよかったじゃないか』と激励され、電話口で退職が完了した。


「これは近いうちに差し入れを持っていかないとだな」


 店長にはプレイヤーになりたいこと、なれたら退職するのだと、冗談半分で雑談を交わしていたが、まさかそれが現実になるとは正直なところ、竜胆も思っていなかった。

 だが、激励されたのだからこれからはプレイヤーとして本気で活動しなければならないと、竜胆は気持ちを引き締める。


「しばらくは新人プレイヤー用の扉と病院の往復になりそうだな」


 朝一で新人プレイヤー用の扉に入り、モンスター狩りを行いながらガチャを回し、夜には鏡花のお見舞いに行く。

 至極単純なスケジュールだが、それでもいいと竜胆は思っている。


「プレイヤーになったばかりの俺は今が頑張りどころだからな。ここがゴールじゃない、ここからがスタートなんだ」


 気持ちを鼓舞した竜胆は、気合いを入れて家を出ると新人プレイヤー用の扉へ向かった。


 七番倉庫に到着すると、昨日と同じで恭介が警備兵として立っていた。


「おはようございます、矢田さん」

「やあ、おはよう、竜胆君。早速中に入るのかい?」

「そうしようと思います」


 竜胆の答えを聞いた恭介と一緒に倉庫の中に入る。


「今日はどれくらい入るつもりなんだい?」

「えっと……たぶん、一〇時間くらい?」

「な、長いねぇ。でも分かった、それじゃあ一〇時間を超えても戻ってこなかったら、探しに行くからね」

「えっ! い、いいですよ、そんな!」


 まさか心配して探しに来てくれるとは思わず、竜胆は遠慮しながら声をあげた。


「いやいや、大事な新人プレイヤーを守ることも私の仕事の一つだからね、気にしないでくれ」

「……分かりました。それじゃあ、お手間を取らせないよう、気をつけます」

「そうしてくれるとありがたいかな」


 竜胆がそう口にすると、恭介は冗談交じりに返事をした。


「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい、気をつけてね」


 お互いに手を振りながら、竜胆は扉の中へ入っていった。


 大草原に降り立った竜胆は、周囲にモンスターがいないのを確認すると、早速ステータスを確認する。


「……何もしなかったら当然だけど、熟練度は変わらないか」


 昨日のモンスター狩りを得て、竜胆が持つスキル【下級剣術】の熟練度は60%まで上がっている。

 今日で熟練度を100%まで上げ、上位互換のスキルに進化させるのが本日の目標になっていた。


「昨日は東の森を中心にモンスターを狩っていたから、今日は西の岩場に向かうか」


 微かにではあるが、西の方に目を向けると岩肌が丸見えの場所が見えている。

 森には森のモンスターがいるとすれば、岩場には岩場のモンスターがいるはずだと竜胆は考えている。


「ドロップするアイテムもモンスターによって違うだろうし、経験を積むにはいろいろなモンスターと戦うべきだよな」


 ただガチャを回すだけなら森の方がいいだろう。何せすでに何時間も同じモンスターと戦っており、戦い方も分かってきている。

 しかし竜胆は今だけでなく、これから先もプレイヤーとして活動していくための選択を選んでいた。


「今日は大きめの鞄も背負ってきたし、行ってみるか!」


 ポーションに関しては使いながらモンスター狩りを継続していた竜胆も、食料品がドロップした時だけは持ち運びが難しいと判断して破棄していた。

 だが、異世界でドロップする食料品は美味しいと人気が高く、持ち帰りたかったというのが本音だ。

 準備万端の竜胆は気合いを入れて、西の岩場を目指し歩き出した。

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