第19話:鏡花のお見舞い

「お兄ちゃん! おっそーい!」


 病室に入るや否や、鏡花からそんな小言が飛んできた。


「すまん、ちょっと扉に入っていたんだ」

「えっ! ……も、もう扉に入ってるの? 大丈夫だった?」


 元気よく小言を飛ばしていた鏡花だったが、竜胆が扉に入っていたと口すると表情を一変させて心配そうに問い掛ける。


「大丈夫だよ。協会が準備している新人プレイヤー用の扉だったから、モンスターもそこまで強くなかったんだ」

「……ほ、本当なの?」

「あぁ、本当だ。ほら、お兄ちゃん、ぴんぴんしてるだろう?」


 そう答えながら竜胆は力こぶを作ると、その場で何度もスクワットをして見せる。

 本当は上位種と遭遇して危なかったのだが、正直に話したところで鏡花を心配させるだけなので黙っていることにした。


「……あぁ~、よかったよぉ~」

「そんなに心配なのか?」

「そりゃあ心配だよ! だって、だって……」


 そこまでは言葉にできた鏡花だったが、それ以上を口にすることができなかった。

 鏡花はモンスターに大怪我を負われた際、心にも大きな傷を負っている。

 それは両親を目の前で殺されたことが起因している。

 見た目には普通の女の子なのだが、臓器だけでなく心の傷と、見えないところではボロボロの体をしているのだ。


「……ごめん、鏡花。本当にお兄ちゃん、大丈夫だから」


 プレイヤーになれたことが嬉しすぎて、いつもなら注意できていたことができていなかったと、竜胆は内心で反省しながら俯いてしまった鏡花を抱きしめた。


「……本当に、無茶だけはしないでね?」

「……分かってる。無茶だけは絶対にしないよ」

「……約束だからね?」

「あぁ、もちろんだ」


 鏡花が落ち着くまで抱きしめていた竜胆は、彼女から離れようとしているのを感じて手を離した。


「えへへ、ありがとう、お兄ちゃん」

「大丈夫か?」

「うん! もう平気だよ!」


 普段の元気が戻った鏡花を見てホッとした竜胆だったが、背後に気配を感じて勢いよく振り返る。


「……な、何をしているんですか、絢瀬先生?」

「いやぁ、妹思いの優しいお兄さんだなぁと、感激していたところです」

「それ絶対に嘘ですよね! 覗いている時点で嘘じゃないですか!」


 診察のために病室を訪れた環奈だったが、たまたま竜胆が鏡花を抱きしめている場面に遭遇してしまい、中に入るタイミングを逃してしまい、黙って状況を眺めていた。


「いやいや、本当にそう思っていたんですよ。ただ、妹思いが強すぎるかなー、なんて思っていませんから」

「絶対に思っていますよね! そりゃ大事ですよ、妹なんですから!」

「私もお兄ちゃんが大事ですよ、先生!」


 ちょっといじっているつもりだった環奈だが、鏡花から兄を大事にしていると言われてしまうと、これ以上いじることができなくなった。


「あー……ごほんっ! そうよね、鏡花さん。竜胆君のこと、大事に思っているものね」

「はい!」

「……あのー、先生? なんだか勝手に覗いていたことをなしにしようとしていませんかねー?」


 話題を無理やり変えようとした環奈だったが、竜胆はジト目を向けながら問い詰めようとした。


「もう、お兄ちゃん! 絢瀬先生、困ってるよ!」

「鏡花、お前なぁ……」


 そして竜胆も鏡花に言われてしまうと弱く、環奈を問い詰めようとしていたが諦めるしかなくなった。


「……ったく、声を掛けてくれたらよかったのに」

「いやー、タイミングを逃しちゃって。ごめんね、竜胆君」

「いやまあ、いいですけど」

「先生、診察の時間ですか?」


 竜胆と環奈が和解したところで、鏡花が時計に目を向けながら声を掛けた。


「えぇ、そうよ。というわけで竜胆君、ごめんだけどお見舞いはこの辺でいいかしら?」

「ごめんね、お兄ちゃん」

「謝る必要はないだろう。鏡花の体が治るのを、俺は楽しみにしているんだからな」


 とても申し訳なさそうに、そして悲しそうに口にした鏡花の頭を撫でながら竜胆は微笑んだ。


「それじゃあ先生、よろしくお願いします」

「分かったわ」

「また明日も来てね、お兄ちゃん!」

「あぁ、また来るよ」


 こうして竜胆は病室をあとにした。

 帰り際には一哲にも声を掛けて疾風剣を受け取りと、疲れた体を癒すため真っすぐ家路についたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る