第9話:プレイヤー協会

 翌朝、竜胆は鏡花と別れて一度家に帰ることにした。

 別れ際、鏡花は寂しそうに竜胆のことを見ていたが、また来ると伝えるとすぐに笑みを浮かべて見送ってくれた。


「これ、預かっていたものだよ」

「ありがとうございます」


 途中、警備員の詰め所に顔を出すと、昨日対応してくれた警備員が声を掛けてくれ、疾風剣と折れた剣を返してくれた。


「プレイヤー協会からの報告を逐一確認していたんだが、どうやらスタンピードの現場とここまでの間にもモンスターがやってきていたようだ。倒してくれたのは竜胆君なんだろう?」

「えっと……まあ、そうですね。鏡花が……妹が心配だったもので、勝手に行動してしまいましたけど」


 苦笑いを浮かべる竜胆に対して、警備員は豪快な笑みを返した後、頭を下げた。


「ど、どうしたんですか!?」

「昨日はすまなかった。それと、モンスターを倒してくれて、ありがとう」

「あれは俺が勝手にやったことですし、当然のことをしただけです!」

「……そうか。私の名前は雑賀さいが一哲いってつだ。何か困ったことがあれば訪ねてきてくれ、必ず力になるよ」

「あ、ありがとうございます」


 一哲と握手を交わして別れ、まっすぐに家路を急ぐ。

 帰宅してからはすぐに体を流し、さっぱりしたところで冒険者ギルドへ向かう。

 急ぐ必要はないのだが、なるべく早く折れた剣を持ち主に返したい、もしも亡くなっていたのであれば、遺品として提出したい、その思いが竜胆を急がせていた。


「……ここが、プレイヤー協会か」


 地上一〇階、地下三階建てのプレイヤー協会には、多くのプレイヤーが出入りを繰り返している。

 特に今日は昨日のスタンピードについて詳しい情報を得る必要があると協会が判断したのか、いつもに比べてさらに多くのプレイヤーが行き交っており、外から見ても分かるくらいに職員も右から左へと大忙しだ。


「出直すか? ……いやでも、これを返さないとだし、登録しないとプレイヤーとして活動できないもんな」


 仕事を増やしてしまうようで申し訳なかったが、竜胆は意を決して協会ビルに足を踏み入れると、天井からつり下がっている看板に従い受付へと向かう。


「……あのー、すみませーん」

「あっ! はい、なんでしょうか!」


 書類に目を通していたのだろう、竜胆が受付の前に現れてもずっと下を向いていた職員に声を掛けると、彼女は慌てた様子で顔を上げた。


「プレイヤー登録をしたいのですが……日を改めた方がいいですか?」

「いえいえ! 大丈夫ですよ、ご心配なく!」


 そう口にした職員だったが、彼女の目の下にはくまができており、昨日からずっと仕事をしているのは明白だ。

 時間を掛けるわけにはいかないなと思った竜胆は、やることをやったらさっさと退散しようと考えた。


「私はプレイヤー登録担当の職員、柳瀬やなせ青葉あおばと申します。それではまず、こちらの書類への記入をお願いいたします」


 そう説明した青葉が一枚の書類を差し出すと、竜胆は漏れがないように記入していく。

 その間も青葉は別の書類に目を通しており、ぶつぶつと独り言を呟いていた。


「……記入、終わりました」

「ありがとうございます。えっと、天地竜胆様ですね。プレイヤーへの覚醒は……えっ! き、昨日ですか!?」

「は、はい。実は昨日、スタンピードが起きた現場にたまたま居合わせまして、その時に覚醒を――」

「し、室長! 目撃者が増えちゃいました~!」


 何やら仕事を増やしてしまったようで、竜胆はさらに申し訳ない気持ちになってしまう。


「な、なんだかすみません」

「あっ! いえいえ、天地様が悪いわけでは……はは、ははは」


 なんとか営業スマイルを作ろうとしていた青葉だが、上手くできておらず苦笑いになっている。


「ちゃんと話を聞いておけよ、柳瀬!」

「わ、私がですか!?」

「登録もあるんだろうが! 一緒にやっちまえ!」

「……え、えぇ~?」


 その場で両腕をだらりと下げて愕然としてしまった青葉。


「ほ、本当にすみません!」

「……はは、い、いえいえ、謝る必要はないんですよ……はぁぁ~」


 それから竜胆はプレイヤー登録を行いながら、昨日現場で見たものを覚えている限りで伝えていく。

 その中には岳斗が予備隊としての仕事を全うせず逃げ出したことも含まれていた。


「……尾瀬岳斗様ですか。Cランクで予備隊ということは、なるほどですね」


 何やら意味深な言葉を口にした青葉だったが、それ以上は岳斗について言及されることはなく、報告が終わると立派な営業スマイルで感謝を口にされた。


「ご協力、ありがとうございます。天地様のご報告は要点がしっかりまとまっていて、本当に助かりました」

「そ、そうですか?」

「はい! ……ほんっとうに、助かりました!」


 ものすごく気持ちのこもった『助かりました』という言葉を聞き、竜胆はなるべく分かりやすい報告を今後も心がけようと決意した。


「それと、仕事を増やすようで申し訳ないのですが、これを預かっていただけませんか?」


 最後に折れた剣を預けようと背負っていた鞄から取り出した。


「天地様、こちらは?」

「報告にあった拾った剣です。モンスターと戦った時に折れてしまったんですが、誰かの持ち物ならお返ししたいと思っていて……もちろん、折ってしまったのは俺なんで、弁償も考えて――」

「その必要はないわ」


 青葉へ説明をしていると、竜胆の言葉を遮るようにして背後から声が掛けられた。

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