第8話:竜胆と鏡花

「……お兄ちゃん、大丈夫なの?」


 心配そうに声を震わせながらそう問い掛けてきた鏡花を見て、竜胆は柔和な笑みを浮かべながら答える。


「もちろんだ。あまりにいきなりで俺も最初は驚いたけど、こっちに来るまでにモンスターとも戦ってきているしな」

「えっ! ……け、怪我はない? 本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、心配するなって」


 笑みを浮かべたまま優しく鏡花の頭を撫でると、竜胆は視線を環奈に向けた。


「そうだ、先生。こっちに来る間で上級ポーションを手に入れたんですけど、病院に寄付してもいいですか?」

「えぇっ!? ……ちょっと、竜胆君? そんな貴重なアイテムを簡単に寄付するとか言っちゃダメよ?」


 鏡花の大怪我を治すには、上級ポーションでは足りない。すでに高い金額を支払い試してみたが、効果がなかったのだ。

 そのせいもあり竜胆にとっては下級も中級も上級も同じポーションだという認識なのだが、医師である環奈から見れば全くの別ものだった。


「でも、これじゃあ鏡花の怪我を治すことは……」

「全く、あなたの頭の中は鏡花さんを治すことしかないのね」

「そりゃそうですよ。俺はそのために働いているんですから」

「そういうことなら、この上級ポーションはちゃんとした場所で売ってお金に変えることね」

「あー……そっか、それができるようになるんだった」


 モンスターを討伐して手に入るアイテムや扉の内側から持ち帰ったアイテムの売買は、基本的にプレイヤーでなければ行うことができない。

 それは一般人が扉の内側から持ち帰ったアイテムを手にし、モンスターを相手に無茶をしないようにと作られたルールでもある。

 竜胆の場合はスタンピードというイレギュラーが起きてしまったのでどうしようもなかったが、普段であれば彼も一目散に逃げだしていたことだろう。


「本当にプレイヤーに覚醒したんだったら、これからのこともきちんと考えないとダメよ?」

「そうですね、気をつけます」


 苦笑いを浮かべながら竜胆がそう口にすると、環奈はやや呆れた表情を浮かべた。


「……心配だよ、お兄ちゃん」


 話が脱線したところで再び鏡花が心配そうに声を漏らす。


「本当に大丈夫だから心配するなって。明日にはちゃんとプレイヤー協会に顔を出して登録も済ませてくるから」

「……無茶だけはしないでね、絶対だよ?」

「当たり前だ。鏡花を一人残していなくなったりはしないさ」


 竜胆と鏡花の両親は、すでに亡くなっている。それも病気や怪我などではなく、モンスターに殺されてだ。

 その際に鏡花はモンスターの大怪我を負わされており、今もなお入院が続いている。

 今では元気に話をすることもできるようになっているが、実際は体の内側がボロボロの状態になっている。

 竜胆がどうしてもプレイヤーになりたかった理由の一つが、扉の内側でしか獲得することができないと言われている万能薬――エリクサーを手に入れたいと思っているからだ。


「だから鏡花、お前も先生の言うことを聞いて、しっかりと体を労わってくれよ」

「分かってるよ。私もお兄ちゃんを一人残したりしないからね」


 鏡花の顔を見れたことで竜胆も冷静になることができた。それは鏡花も同じだ。

 環奈は同席したことで常に鏡花の顔色を観察していたのだが、顔色が竜胆と顔を合わせる前に比べてだいぶ良くなっており、内心でホッと胸を撫で下ろしていた。


「スタンピードが終息したって一報はまだないみたいだけど、竜胆君は今日泊まっていくの?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、洋服がボロボロなんでさすがに家に帰った方が――」

「やだ! お兄ちゃん、今日は泊まっていってよ!」


 着替えだけでもと思っていた竜胆だったが、いまだモンスターが外をうろついているかもしれないと思った鏡花は彼の手を握り、泊まっていくようにと懇願する。


「私からもお願いできないかしら、竜胆君?」

「うーん……そうだな、今日だからこそ、泊まっていった方がいいかもな」


 鏡花を心配させて体調が崩れてもいけないと、竜胆は病室に泊まっていくことを決めた。


(プレイヤー協会には明日の朝、家に帰って着替えてからでも遅くはないだろう)


 こうして竜胆のプレイヤー初日は終わりを告げた。

 それからしばらくしてスタンピードの終息がプレイヤー協会から速報で流されたのだが、時間は深夜を回っており、その時にはすでに二人とも深い眠りについていたのだった。

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