第7話:天地鏡花
「先生、本当によかったんですか?」
早足で廊下を進みながら、竜胆は病院へ招き入れてくれた環奈に確認を取る。
「もちろんよ。スタンピードの一報は病院だけでなく、患者さんにも伝わっているからね。鏡花さん、竜胆君に会いたがっていたから」
「そうなんですね……心配をかけちゃったな」
本来ならお見舞いで顔を出していてもいい時間に現れず、そんな時にスタンピードの一報を聞いたのだから、鏡花は心配でたまらなかっただろう。
「鏡花さんを安心させるためにも、顔を見せてあげた方がいいという、医師としての判断だからね」
「分かりました。でも、俺としてもありがたいです、ありがとうございます」
環奈の本音が何であれ、竜胆としては鏡花に会えるのだから問題はない。
暗にそう告げると、環奈も意図を理解したのか、ニコリとほほ笑むだけでそれ以上の追及はしてこなかった。
「あー……でもね、竜胆君」
「なんでしょうか?」
「そのまま病室に入るのはさすがにマズいかなぁ」
「そのままって……あっ!」
竜胆は焦るあまり、自らの状態に気づいていなかった。
モンスターとの戦闘を繰り返す中で、返り血を浴びて洋服が真っ赤に染まっていたのだ。
(……はは、この姿を見たら、そりゃあ警備の人も中には入れたくないよなぁ)
「ひとまず、光魔法をかけるけどいいかしら?」
「むしろ、こちらからお願いしたいところです」
「了解よ。それじゃあ――クリーン」
申し訳なく頭を下げると、環奈は苦笑しながら自らのスキル【光魔法】のクリーンを発動させた。
竜胆を包み込むように白い光が顕現すると、真っ赤に染まった彼の洋服からモンスターの血だけが浮かび上がり、光に包まれて消えてしまう。
しばらく光に包まれていた竜胆だったが、その光が消えると洋服は元の色を取り戻していた。
「……相変わらずすごいですね、先生の光魔法は」
「医師として、清潔な空間を作るのは仕事の一環だからね。でも、破れちゃってる部分は直せないの、ごめんなさいね」
こちらも気づいていなかったが、戦闘の中で肌には当たらずとも洋服に掠っていたモンスターからの攻撃がいくつかあり、いつの間にかボロボロになっていた。
とはいえ、法に引っ掛かるほどの露出にはなっていないので、とりあえずはこのまま鏡花と顔を合わせることにした。
「着替えとかもないですし、とりあえずは返り血だけでもきれいにしてもらえたので助かります」
「どういたしまして。……あれ? でも、竜胆君って確か、プレイヤーじゃなかったわよね?」
「あー、まあ、そうなんですけど、実は――」
歩きながら話をしていたこともあり、いつの間にか病室の前に到着していた。
そして、二人のやり取りが病室の中にも聞こえていたのだろう、竜胆が説明を言い切る前に勢いよく扉が開かれた。
「お兄ちゃん!」
「どわっ!?」
そして、病室の中から竜胆の妹である鏡花が彼に抱き着いてきた。
「もう! 心配したんだからね!」
「……ごめんな、鏡花。俺はこの通り、大丈夫だから」
「うん、分かってる……って、大丈夫じゃないわよね、これ! 洋服がボロボロじゃないのよ!」
「いや、まあ、それはまあ……でも、こうして元気にお見舞いに来てるじゃないか!」
「そういうことを言いたいんじゃないの!」
悲しんだり、心配したり、怒ったり、鏡花はコロコロと表情を変えて竜胆に詰め寄っていく。
「はいはーい。鏡花さん、あなたは患者なのよ? 立ち話もなんだし、まずは病室に入りましょう、いいわね?」
環奈がそう告げると、鏡花は頬を膨らませて異議を主張していたが、竜胆には分かってしまった。
彼に触れている鏡花の体が震えており、内心では恐怖と戦っていただろうことを。
「……中に入ろうぜ、鏡花。ちゃんと説明するからさ」
「……りょーかい! もう、本当に心配したんだから、ちゃんと説明してよねー!」
「はいはい、分かってるよ。先生も一緒にいいですか?」
鏡花の不安を払拭するためには説明が必要だと判断した竜胆は、自分でも驚きの展開だったこともあり、彼女のサポートもかねて環奈にも声を掛けた。
「あら、私も聞いちゃっていいのかしら?」
「お願いします。鏡花のためにも」
「私のため?」
「……分かったわ、同席させてもらうわね」
「ありがとうございます」
クリーンを使い今は汚れが落ちているものの、返り血を浴びていた姿を環奈は目撃している。
それが何を物語っているのかは予想できずとも、衝撃的な事実が語られる可能性を鑑みて同席することにした。
そのまま病室に入り、鏡花はベッドの端に腰掛け、竜胆と環奈は壁に立て掛けていたパイプ椅子に腰掛ける。
「それでお兄ちゃん、いったい何があったの?」
「スタンピードの一報は鏡花も耳にしているだろう?」
「うん、聞いてるよ。……えっ、もしかしてお兄ちゃん、怪我でもしたの!」
「してないよ、そこは安心してくれ」
竜胆が怪我をしたのではないかと慌てて立ち上がろうとした鏡花を制し、彼は言葉を続ける。
「俺、スタンピードが起きた現場の近くにいて、モンスターに襲われたんだけど、なんとか退けたんだ。そこで俺、覚醒したんだよ――プレイヤーに」
グッと拳を握りしめながらそう告げた竜胆だったが、鏡花はまさかという表情で彼を見つめていた。
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