扇風機の憂鬱

ふさふさしっぽ

扇風機の憂鬱

 おれは扇風機。

 羽が回って首振りするタイプの扇風機だ。

 五年前、家電量販店で2480円で売られていたところを「ショーコ」という若い女に買われた。

 ショーコはアパートに一人暮らしで、暑がりの彼女は毎年五月ごろからおれを納戸から出し、使いはじめる。

 そして今は十月。季節は秋。おれはそろそろ納戸にしまわれるころ。

 おれは憂鬱だ。

 憂鬱っていうのは心が晴れないことだ。扇風機も心が晴れないときがあるんだ。

 なぜ憂鬱かというと、ショーコが「ダイエット」をはじめたからだ。

 ショーコはよく食べる。食べるのが好きな女だ。

 去年も食後のケーキを幸せそうに頬張るショーコを見届けて、おれはしまわれた。

 おれはたくさん食べるショーコを眺めながら扇風するのが好きだ。体が大きく、ちょっとぼんやりしたところがあるショーコは、しょっちゅうおれにぶつかり、おれをたおす。が、おれは壊れない。最近首振りの角度がおかしくなった気もするけれど、できるかぎり、ショーコといっしょにいたいんだ。

 おいしそうにたくさん食べるショーコを見てると、おれの羽も回りもよくなるんだ。

 それなのに……ショーコは食べなくなった。もう二週間も、菜っ葉をつつきながら、悲しそうな、辛そうな顔ばかりしている。両親からの食べ物の仕送りも、電話で断っていた。

 ショーコの独り言から察するに、ショーコは職場で「太っている・だから恋人ができない」と同僚に陰口を叩かれたらしい。たしかにこのアパートに男が来たことはないが、ショーコが恋人ができないことを気にしている素振りは今までなかったと思う。

 きっとショーコは繊細なんだ。同僚の何気ない言葉を本気にしてしまったんだ。そんな陰口、気にするなよ。また幸せそうにたくさん食べるショーコに戻ってくれよ。

 そんなおれの叫び空しく、おれは納戸にしまわれた。

「この扇風機、なんだか羽の回り方が遅くなったみたい。買い替えどきかな」

 ショーコが納戸を閉めながら呟く。ショーコ。ショーコのことが心配で、おれも元気がないんだ。羽も回らない。次に会うとき、ショーコはどうなってしまうんだろう。ショーコ、ダイエットなんてやめるんだ。本当はダイエットなんて、ショーコは望んでいないんだろう?

 ショーコーーーー!!



――五月


「扇風機って、これ? 勝子しょうこちゃん」

 おれは若い男によって、納戸から出された。若くて、ショーコと同じようにふっくらした体形だ。丸顔に眼鏡を掛けている。

「ありがとう、明人あきとくん」

 少し前からショーコと違う人間の気配を感じていたが……この男だったのか。

 どうやらおれの心配は杞憂だったようだ。

 ショーコとアキトは、一緒にたくさんの夕食を楽しそうに食べ、食後のケーキを幸せそうに頬張った。

 二人とも、食べるのが大好きで、食べ歩きデートの話なんかもしている。

 おれはそんな二人に全力で風を送る。羽を勢いよく回す。ショーコ、ダイエットをやめて、同じように食べるのが好きな恋人をみつけたんだな。

 よかったな。

 よかった……のに、ちょっとさみしい。変だな。扇風機もさみしくなるんだな。

 ショーコ、幸せになれよ。

 おれはできるかぎり、二人に涼しい風を送り続けるよ。

 これからもよろしくな。



 終わり。 

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