第三章 血族と信仰

第19話 じんわりと広がって

         1


 現実世界に戻ってきた。


 俺達は屋上の柵の手前で神化世界に入っていたから、その場で目を覚ました。


 気づけばすでに朝になっていた。


 街の放送機器から、朝七時を知らせる曲が鳴り響く。朝から犬の散歩に出ている人もいれば、仕事に行くために駅へと向かう人達もいた。




 なんでもない、毎日来る朝。




 しかし、そこに彼女、推野 瑛真の姿はなかった。


 彼女がこの朝を迎えること無く、神化世界と共に消えてしまったことを再確認させられる。


 横で世界に入り込んでいた榊も、目を覚まして周りを見渡す。


 「……やはり、いないのね」


 「ああ……」


 榊の、事務所に戻りましょ、という言葉で動き出す。


 もう二度と、救えない人がいないように。俺はもう一度、彼女がいた場所を睨みつけてから榊の後を追った。





         2





 その後、事務所に戻ってひと段落した後は、それぞれの生活に戻った。


 榊は大学の講義があるようだ。時間的にはそれ程急ぐ必要はないらしいが、色々やることがあるのだろう。


 俺も授業があるので、一旦家に戻って支度をしなければならない。


 家に帰ると、母親が心配した様子でこちらの様子をうかがっている。


 特に会話もなく、家を出る間際に、いってらっしゃい、という言葉だけが小さく聞こえた。




 



 学校に行く途中、あの謎の男について考えていた。


 なぜあの男は、彼女を撃ったのだろう?彼女が生きていて何かマズいことがあるのだろうか?


 そもそもアイツはいつ、どこから、どうやって入って来たんだ?少なくとも、探索中にはそれらしい痕跡も無かったはずだし、目的が謎だと探りようも無い。


 それに、向こうはこちらを知っていたようだった。初対面のはずなのになぜ知っていたんだ?


 謎ばかりが積み重なる。


 学校に着き、授業の準備をする。相変わらず周りからの目線が痛い。


 何も言われること無く、ただコソコソと見られる毎日。


 それでも、俺はこの選択をして良かったと思えるように。観測者との約束を果たすためにも、逃げない。








         3






 学校が終わり、帰路に着く。


 特にこれといった出来事もなく、ただぼんやりと授業を受けただけだ。


 それよりも、謎の男について榊と話をすることを考えていた。








 家に着き、いつものように夕飯を済ませ、そして事務所に向かう。


 依然母親とは距離を感じるが、食卓を挟んでの会話が増えていたり、朝や家を出る時に挨拶をしたりしているから、縮まっていると言えるだろう。


 約束のためにも、俺は頑張らなければならない。


 そんなことを考えていると、事務所があるビルまで来ていた。


 階段を登り、事務所の扉の前まで来た。すると扉越しから、榊のあまり聞くことのない、大きな声が聞こえた。


 「何しに来たの!!!」


 慌てて入る。すると、榊の前に一人の男がいた。


 「いやいや、そんな大きい声出さなくても聴こえてるよーーってアレ?君、誰?」


 男と榊がこちらを見ている。


 俺は、新たなる予感と危機感をもって、口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る