第17話 選択肢

         13


 「ダメ!諦めないで!!」


 「!?」


 「おい、こっちだ!こっちに来い!神擬キ!」


 「…クウ、オマエモクウ!オマエモオマエモオマエモオマエモクウゥゥ!!」


 あの二人が、アイツと私を離そうとしていた。男の子が別の部屋に走って行き、アイツは私からどんどん遠ざかっていた。


 なんで?どうして?この人達は関係無いのに……なんで……


 「なんで!なんでなんでなんでっ!私、あなた達となにも関わりないじゃない!なのに何で助けるの!?死んだって別にいいじゃない!」


 彼女に言った。多分、酷く醜い顔をしていることだろう。


 彼女は言った。酷く優しく、温かく。


 「あなたのせいじゃ無いから…だから、生きて良いんだよ。」


 「…!っ、わたし、もう…EmiRyだって居ないし、誰を信じて生きていけば良いか…分からないの」


 そうだ、口にして思い出した。EmiRyはもうこの世に居ない。どうして死んでしまったのかは思い出せないけど、死んでしまったことは確かなのだ。


 きっと、ペンダントを掴めば見えてくるだろう。だけど、それが酷く怖い。もう失いたく無い。


 「私を、信じて」


 「!!」


 「あなたが生きる理由を、私が創ってあげる。だから、一緒に帰りましょ?」


 彼女はそう言った。そんなこと言ったって、私の過去は消せない。記憶だってそうだ。


 それに、信じろって……そんな代わりみたいなもの、出来っこ無い。偽物だ。




 でも。それでも。




 「…っ、うぅ、あぁうぁああ!!……ゔああぅうわぁぁん!!………ゔん、じんじるっ!!だがらぁ……だすげでっ!」


 縋りたかった。信じたかった。誰でも良い、寄りかかって良い人が欲しかった。


 私は弱い。何かに寄りかかっていないと生きれない。きっと、誰でもあり得るのだろう。だから縋る。縋り続ける。


 たとえ、依代が無くなったとしても。




         ♭


 「はぁ…はぁ、なんとか撒いたか」


 神擬キを離すことには成功した。あとは榊次第だな…。


 信じることは神聖であり愚行だ。崇めることも縋ることも、自分が弱いことを暴露しているようなものだ。俺自身がそうだから。


 でも、人はそういうものなんだ。きっと何かを信じて生きている。無神主義者だろうがニーチェだろうが関係ない。


 彼女もその一人なのだから。



 


 「あれ?どうして君がここに居るんだい?」





 「!?誰だ!なんでここにいる!?」


 誰だ!?本当に分からない!


 「…ああ、そうか。君は僕を知らないんだった。まあ知らなくてもいいよー」





 そう言ったのは、男だった。





 青みがかった髪にひょうきんそうな表情をした顔。コートのようなものを着ていた。身長は標準といったところか。


 だが、直感的にこの男は危険だと感じた。本当に、直感的に、だ。この男のなにがそう思わせるのか。


 「ま、僕はもう用事は済みそうだし、君とはもう会うことは無いかもね」


 「お前はいったい何者なんだ!?どうしてここにいる!?」


 「そりゃコッチのセリフだよ~どうして君がここにいるんーーああ、彼女か。まあそうだろうな。」


 彼女とは榊のことか?聞いてみたかったが、今聞いてはならない気がして聞くことはしなかった。


 「とにかく、僕はもう行くよ。待ち人がいるんでね。」


 「ちょっと待て!お前は一体ーー」


 次の瞬きをする間に、男は消えていた。居なくなったのではなく、立ち去ったのではなく、消えたのだ。


 「いったい…何者なんだ?」


 「いた!さぁ、観測者の所に行くよ!」


 「お、おう!」


 いつの間にか、榊が彼女を連れて来ていた。彼女は榊の手を握り、恐らく泣き腫らした顔を見られたく無いのか、下を向いて歩いて来ていた。


 どうやら説得は上手くいったようだ。追いかけている途中で、どうにか出来ないか話をした結果、EmiRyによく似た榊が説得をする方向でまとまった。


 とにかく上手くいってくれて良かった。あとは、彼女がもう少し記憶の扉を開けば、無事戻れるだろう。


 「じゃあ、行くぞ」


 俺達三人は、あの場に一人残して来ていた観測者の元へと、歩みを進めていた。




         14



 「無事戻って来てくれて良かったよ。さあ、ペンダントを掛けてくれ」


 「……はい」


 戻ってすぐに、彼女がペンダントを一つ二つと掛けた。残るはあと二つ。


 俺達が持っていたペンダントを受け取ろうとする彼女の手は、小さく震えていた。記憶を辿るのが怖いのだろう。


 胸の痛みを覚えた。いや、甦った。


 彼女がペンダントに手を置いた瞬間、彼女は痙攣し、開かなかった記憶の扉をこじ開けた。



         III



 私は絶望した。深淵に誰も寄りつかないように、私からは何もかも無くなった。


 それでも私は、母のために生きようと思った。あれだけ苦しめられていながら、私を守ってくれていた。


 それに、まだEmiRyは生きてる。他の人は死んじゃったけど、EmiRyはまだ生きてる。


いつも通りの活動が続けられなくたって、EmiRyは生き続ける。きっと何処かで活動を続けてくれる。


 そう、勝手に信じていた。


 EmiRyは死んだ。いや、自殺に近い。睡眠薬の過剰摂取だったようだ。





         IV


 「………」


 報道によれば、EmiRyはまず、視えないことや聴こえないことを信じようとしなかったようだ。


 そして精神を病んでいった。


 実はそれだけじゃない。関係者に聞き回った情報によると、EmiRyには聴こえないはずの声が聞こえていたようだ。


 他の人たちは聞こえなかったそうだ。なのにEmiRyには聴こえていた。


 結果として、周りの人はそれを気味悪がったそうだ。そうしていくうちに、周りに誰も寄りつかなくなり、EmiRyは精神を病んだそうだ。





実際、死因や過程はどうでもいい。





 ただもう、この世にEmiRyという私の信じるべき主柱が居なくなったことだけが残った。


 もう、私には、寄る辺がない。


 生きる意味が無くなった。だから、死ぬことを選んだのだ。




         15


 記憶を取り戻した彼女は、酷く辛い顔をしていた。見ているこっち胸が痛くなってくる。


 ペンダントが観測者の首にかけられ、喜んでいる姿を、無表情の彼女が見ていた。一体、どんな気持ちで見ていたのだろう。



       

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