第9話 君への福音
8
扉があった部屋の先に、あの観測者が居た。前に見た時と変わらずそこにどっしりと構えている。
「やあ、君たち。本は集めてきてくれたかい?それとも、置いてきたかい?」
観測者はやはり知っていたようだ。この本を取ると、この世界の創造主の過去を見ることが出来る。
そしておそらく彼女もそのことを知っているようだ。二冊手にしたことで俺の生まれを知ったようだ。
「大丈夫だ。きちんと四冊持ってきたぞ。」
「そうか、そうか!では、君の手で四冊入れてくれ。そしたら出口を教えよう!」
「分かった。今から入れるぞ」
まず、自身の手元にあった二冊を空いた部分に入れた。
まるで、自分の記憶の欠片を自分で埋めてるような感覚で、何とも言えない。
そして、彼女が持っていた二冊を手にする。おそらく今回も記憶が甦ってくるだろう。
だけど、もう迷ったりしない。自分に向き合って、こんな世界から現実へと帰るんだ。そしてーーー
Ⅲ
「お前、片親だししかも本当の親じゃ無いんだろ?」
「なんかお前見てるとこっちまで呪われそうだわ」
「本当はキンダンの子なんでしょ?生きてて恥ずかしく無いの?」
「異常者からは異常者しか生まれないんだってな。てことはお前も異常者だろうな」
「「「「お前は、生まれてくるべきじゃなかった。」」」」
数々の心無い言葉。自分には関係のない奴なんてのはそんなものだ。なにを言っても良いと思ってるんだろう。
義理の母親である彼女が、事件の内容を近所に流していたことが原因だった。
高校に入って暫くした時から俺は、散々似たような罵詈雑言、何番煎じかも分からないいじめにあった。
次第に、小学校中学校と仲の良かった子達とも距離が空いてしまった。そして俺は、本の世界へと向かった。
本の中の世界では、自分と似た境遇でもまた違った境遇、世界観でもなんでもあった。次第に本へと傾倒し、偏愛を遂げた。
そんな時、あることが起こった。
Ⅳ
「お母さん。彼はクラスや学年でいじめに合っている可能性があります。」
担任の教師が俺と俺の義理の母を呼び出してこう告げた。
面倒見の良い教師だと思った反面、余計なことをしてくれた、とも思った。
そのいじめの原因であるあの事件の内容を広めたのは彼女だと言うのに。
その日はいつもより酷く、暴言が長く続いた。
親不孝、呪われた子、悪魔。
言われる筋合いはないが、彼女からはそう視えてもおかしくは無いと感じた。
いつもなら大丈夫、で済んでいたのに。いじめから来るストレスや、本の世界への傾倒。思考の変化によって訪れた我慢という砦の崩壊。それは、突然だった。
「アンタなんか、生まれてこなければ良かったのよ」
バアァン!!
そこから先のことは、この記憶の欠片にもあまり残っていないようだ。
結果だけを言うならば、家の壁に穴を開け、本をひたすら破き、家の中にあったあらゆるものを破壊した。したかったんだ。自分の境遇を、本の中にいる主人公のように壊したかったんだ。
物だけでは飽き足らず、彼女にも手を出した。今までされてきた分程では無いが、明らかにやり過ぎたであろう描写が見られた。
その時の自分の表情は、無に等しいと言って過言では無いだろう。
それから本を持ち、ページを千切りながら歩みを進めた。道を歩きながらひたすら破り続けた。
9
「この記憶を見ても、まだ現実に戻りたいかい?」
観測者は、心配そうにこちらを見ていた。おそらくこうなることを分かっていたんだろう。
それでも。
それでも、俺は現実に戻って一つずつ一つずつ向き合っていくのだ。
だから、俺は観測者に胸を張って告げる。
「ああ、俺は向き合うよ。」
そう、短くも覚悟の決まった声色で言った。
「……そうかい。なら、もう君は帰ることが出来る。」
「……え?出口を教えてくれるんじゃ……」
「出口なんて、最初から無いよ。ただ、君がこの世界に閉じ込めた記憶の欠片を集め、その上で帰ると言うならばいつでも帰れるのさ」
そんなシステムだったのか…
「それじゃ、この世界はもう閉じる。僕は君の一部。アイツも君の一部だ。君が告げた言葉、僕達は生涯忘れないだろう。だから約束してくれ。必ず、現実に向き合って、幸せに生きてくれ。僕達が一度諦めてしまった物語を、ハッピーエンドにしてくれ。」
「ああ、約束する。精一杯向き合うよ。」
「それと君。君には彼が世話になったよ。おかげで帰ることを決心出来たようだよ。ありがとう」
「…そう、良かったわね」
世界が崩れていく。俺達の体が浮いて、少しずつ気が遠くなっていく。
まるで、眠るようにーーー
10
目が覚め周りを見ると、そこはある事務所のような場所だった。
そして隣には、ついさっき目を覚ましたであろう彼女の姿があった。
君は何者なのか?何故世界に入って来られたのか?何故助けてくれたのか?
聞きたいことは多くあったが、短く、労いや感謝を込めてこう言った。
「ありがとう」
「いや、仕事をしただけよ」
そう言うと彼女は、事務所の奥にある冷蔵庫から麦茶を取り出し、二つ分のグラスに注いだ。作業をしている最中、少し嬉しそうにしていたから、案外満更でもないのかも知れない。
グラスをテーブルに置き、こちらに一つ差し出してくれた。
礼を言いつつ、彼女からの言葉を待った。俺から口を開いた方が良かったかも知れないが、何かを言うと思ったので待つことにした。
暫くすると、やはり彼女から口を開いた。
「
「……へ?」
「ごめん、なんでもないわ。それより、これから時間ある?」
「いや、とりあえず大丈夫、です。」
「敬語じゃなくて良いよ」
「あ、そうですか…それで、どんな用事で?」
「あなた、この事務所で働かない?」
「………え?」
俺の名前は、 本木
独白
やっと、やっと一人救われた。
今までが間違いでは無かったと言える出来事だった。
でも、本当にーーー
本当に、これで彼女も救われるのだろうか?
ーーー考えても仕方がない。
私は私。 榊
これは、私だけの物語。
第一章 書物と少年 ~完~
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