第49話 最終ゲーム【開始直前】
「……フラッグ、戦……?」
と、シャルルが首を傾げた。
その後ろでは、久里浜とモカもぴんとはきていないようで……。
女子には馴染みがないルールかもしれない。当然ながら、浦川と聖良は理解している。こういうのはやはり男子の方が詳しいのだろう。
ただ……、シャルルなら知っていてもおかしくはないけど、と浦川は思い出す。
二人でテレビゲームをしている時、フラッグ戦の経験はあるはず――。
「たいしょー」
「え? あー、そうだな……説明するか。特定の誰かを倒せば勝ち、ってことだな。ざっくり言えば――たとえば俺たちのチームの『フラッグ』がシャルルだとしたら、シャルル以外が倒れても負けにはならないけど……シャルルが倒れてしまえばその時点で負けだ。
シャルルだけが倒れても負けになる――だから俺たちは相手チームの、『フラッグ』を持つ誰かを狙って倒せばいい……んだけど、まあ、それが事前に分かっているのかどうかでまた戦い方も変わってくるよな……」
どうなんだ、天死――、という質問の視線が浦川から飛んだ。
「……フラッグは……明かせません。同時に、お互いに誰がフラッグを持っているのかも分かりませんからね……、倒されて初めて分かる、というシステムです。
なので全員に可能性があります……。囮になって倒された誰かが実はフラッグを持っていて……、その時点で敗北が決まってしまう可能性も充分にあるということです。なので、全員がフラッグを持っている、と仮定して動くのがいいと思いますよ」
腕を組んで静観していた聖良が口を挟んだ……彼らしい目の付け所だ。
「それ、倒れた奴に後付けで『フラッグ』だった、と言われても確認できねえってことだろ。向こうの天死がそういう不正をしねえ証拠があるか?」
「誰がフラッグなのか、という記録は事前に残しておきましょう……、後に答え合わせができれば不満はないですよね?」
「まあ……、それでいいか。構わねえよ」
その時、聖良の視線が揺れた。
不意に視線の端に見えた赤色――、
小柄な少女が、全員の視線の中に入る。
「一時間も必要ないんじゃねーの? 全員、準備万端って感じじゃねーか。というか、フラッグ戦で、誰がフラッグなのか分からないルールなら対策もできねえはずだ――作戦会議なんて時間の無駄だ……早くやろーぜ」
「きゃっ!? 急に現れて……っ!?」
驚いたシャルルが浦川の腕に飛びついた。
「天死は壁も天井も関係なく移動できる……キリンを見てたのに知らなかったのか?」
「……天死ちゃんは、わざと驚かせたりしないから……」
「ふーん……気遣いが行き届いたキリンらしいな……天死らしくはねえけど」
「やっぱりそうなのか……。天死から見ても、この子は異端って評価なのか?」
「見て分かるが、こいつが優秀ってわけじゃねえだろ?」
「あぁ?」
聖良の言い方にかちんときたらしく、眉間にしわを寄せる天死……もちろん、キリンではない。天死レオンが、聖良を睨みつける。
「こっちがキリンをボロクソに言うのは、なんとも思わねえけど……あんたらがキリンをバカにするのはムカつくな……。その首、刈り取ってやろうか?」
構えられた鎌を見て、聖良が両手を上げた。
「こんな下らねえことで評価――ってもんを下げるのは、バカのすることじゃねえのか? 浦川を引っ張り出してまで人数を合わせたのに、ここで減らすのかよ……」
「あんたらはそういう内側の事情を気にしなくていいんだよ、黙って従ってりゃいい……口を出すな。人数が合わないなら合わせるだけだ……別にそれは、増やすだけが手段じゃねえ」
つまり、減らすことで合わせる――ということだ。
「あー、そうかよ。悪かったな……確かに、気持ちは分かるぜ。オレが言うのはいいが、他人に言われるのは腹が立つ……そういう経験があるからな」
「あんたの共感は求めてねえんだけど」
「そうかよ」
聖良とレオン……、身長差がある二人が睨み合う。
彼女の鎌――デスサイズが、聖良の首に添えられた。
「あんたは殺しておいた方がいい気がするな……」
「オレの方を、か? 殺すべき奴なら他にいるだろ……本当にオレが最優先か? てめェが警戒するほど、オレが脅威になるとは思わねえけどな」
「あたしの中では。……あんたが一番の脅威だな」
どこを見るべきなのか……、レオンの判断基準があり、その中で危険水域にまで達したのが、聖良だったのだ……。
当然、聖良が警戒している相手と一致するわけではない。
「す、ストップですっ、二人とも! まだ始まってもいないんですからっ――じゃあもうさっさと始めてしまいましょう!!」
「だーかーらー、さっさとやろうって言ったんじゃん。あたしの気まぐれで前提が崩れない内にさ……――ふん、命拾いしたな、人間」
「拾った、とは思ってねえよ……チビガキ」
「あぁ!?!?」
「んだこら」
「――レオン! 大人なんだからがまんして! 聖良様もっ、負けず嫌いなのは分かっていましたけど、似たような性格のこの子を挑発しないでください……――終わらないです!」
間に割って入ったキリンの後ろで、舌打ちが聞こえてくる。
「……チッ、分かったっつの」
「へえ、こいつの言うことは聞くのか……意外と首輪が繋がっているのはお前の方か?」
「はぁ?」
「だからですねっっ!!」
止まらない喧嘩に泣きそうになるキリンが、全てを投げ出してしまいたくなった頃。
聖良の背後から、そっと近づく人影があった。
「はぁーい、聖良ちゃんはもう後ろにいなさぁい。まったく話が進まないからねえ」
「……モカ、離せ。羽交い絞めにしなくても分かってる……自分で歩けるからよぉ」
「ううん、無理ねえ……だって信用がないから」
「なんでだよ……」
「そんなの、普段のおこないでしょうねえ」
ずるずる、とモカに連れられ、レオンとの距離を取る聖良……。
これで話が進まなくなる小競り合いは起こらないはずだ。
「……たいしょー……もう、始まるよ……っ」
シャルルの震えている手が、浦川の袖を掴んだ。
「不安か? 大丈夫だ……開始時点で一人きりだったとしても、すぐに俺と久里浜が傍までいくから……一人にはさせないよ」
「浦川くん……、シャルルちゃんをフラッグだと仮定するの?」
「まあな。実際にフラッグでなくとも、守るのは俺の自己満足だけどな……文句でも?」
「ない」
文句なんてあり得ない、とばかりに、久里浜が首を左右に振った。
きっと、久里浜も同じ意見なのだろう。
「……今は、俺がいるんだ……久里浜が律儀にあの時の約束を守る必要はないんだけどさ……無理強いはしないよ。下りるなら早めに下りてくれ……言ってくれれば、久里浜を戦いの勘定に入れたりはしないから……。戦術には、組み込まない」
たとえ戦えるセンスを持っていても、気持ちがあるとは限らない。
実力者が誰しもその分野に興味があり、モチベーションが高いわけでもないのだ。
久里浜のセンスは認めている、けど……彼女は目立つことを好まない……前に出るタイプではないのだ。
シャルルを守るためとは言え、本人の意思を確認しないまま戦術に組み込むことはできない。いざ戦場で、寸前で立ち止まられても困るのだ。
「大丈夫。……それに、約束なんて関係なくて……、シャルルちゃんは大切な友達だから、守りたい……それじゃダメなの?」
「そんなわけないだろ」
「なら、わたしも守るから」
「あ、ありがと、たいしょーと……久里浜ちゃん、も……っっ」
感動するシャルルを見て、遠くで聖良がぼやいた。
「ほら見ろ、周りがああだから、甘ったれたお姫様が出来上がるんだ……。一人で戦えねえ奴が戦場に出ても、お荷物になるだけだぜ……。
空木が倒れるのはいいが、まとめて三人が倒れたりするんじゃねえぞ?」
「分かってるよ……――それで、聖良たちはどうする? 合流は、しない方がいいよな? 一網打尽は避けたいからな……、そっちはそっちで、任せてもいいか?」
「ああ――こっちは単独行動だ」
「滝上は?」
「臨機応変にぃ……かしらねえ」
羽交い絞めにして動きを制限している、だけなのだが……、モカが聖良を後ろから抱きしめているように見え……、それでもからかうことはしなかった。
この二人の場合、からかうような空気感はまったくないのだ。
喧嘩ではないだろうけど、ギスギスしている……、同じ輪の中にいても、意外と二人きりで接するようなことはないのかもしれない……。
珍しい組み合わせによる緊張ゆえのギスギスした空気感、なのだろう。
「そうか……まあ、二人なら大丈夫だろ」
「信頼、じゃないわねえ。浦川ちゃんの場合、私たちがどうなっても知ったことじゃない、って感じがするのよねえ」
「否定はしないな」
「ひどいわねえ」
「シャルル優先だ……んなこと、分かってたことだろ」
「まあねえ」
言いたいことは山ほどあった……でも、それを抑えたモカだった。
「それは、久里浜相手でも同じことで、」
「知ってる。こっちだって、そのつもりだし」
シャルルは守るけど、浦川までは守らない……自衛は各自で、だ。
「え、あのっ、え!?」
「――シャルル、大丈夫だから」
「安心してね、シャルルちゃん」
「モカ……手伝え、先手を取る」
「失敗したら、尻拭いは聖良ちゃんがしてよねえ?」
みんなは、自分の役割を理解し、明確なビジョンが浮かんでいるのだろう……だからこそ、迷いなく、戸惑うこともなければ、自分の進むべき道を理解している――。
ゆえに浮彫になるのは、空木シャルルという人間の『空っぽ』さだ。
守られるだけ……なにをすればいい?
……あれ?
「……あたし、お荷物……?」
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