第48話 最後の一時間
『キリン、早くやろ――』
『レオン。少しだけ、時間が欲しいのですけど……一時間で構いません。さすがにこっちのメンバーの準備ができていませんから……。このままだと一方的な蹂躙になってしまうでしょう。
勝つことが目的ではないはずです……、勝利するだけで評価が上がれば苦労はしませんよ。ゲームマスターを牽引する手際や、デスゲームのテンポ感、盛り上げ方……、諸々を含めての評価ですからね。レオン、足早に進み過ぎたあなたの評価は、果たしてどれほどの、』
『うるせえな、いいから早くやろーぜ』
『相変わらず、短気ぃ……っ』
思わず素が出てしまった天死キリンが、こほんと咳払いする。
『あのね、レオン――』
『一時間だ。それ以上は待てねえぞ? 容赦なく拠点を襲撃する……いいな?』
「――とまあ、流れで一時間、余裕を持つことができました。
準備をするなり、わだかまりを消化するなり、みなさんでご自由に過ごしてください……。人数もぐっと減りましたから、話し合いもスムーズにできるようになったのではないですか?」
「スムーズに、か……。
時間を作ってくれたおかげで、正気に戻った一人がいるから助かったけどな……」
「ひっでえ有様だったな……まさかお前がいの一番に泣き崩れるとは思わなかったぜ」
浦川と聖良、二人から視線を受けるのは、滝上桃華――通称モカである。
「遠慮なく持ち出してくれるわねえ……。忘れて、って言ったのに……っ」
「普段、大人っぽくて誰よりも冷静なお前が、あそこまで取り乱せばな……こっちも度肝を抜かれるってもんだ。
そりゃ、戸田と榎本を同時に殺されればああなるのも分かるが……こっちの勝手なイメージだが、『あらあら死んじゃったわねえ』――なんて、軽く流しそうな気がしたんだけどな」
「さすがにそこまで人間を辞めたつもりはないから」
「でもさ、早かったよね、回復……」
泣いたこと自体を持ち出してほしくないのと同じく、できれば触れてほしくなかった一部分をわざわざピックアップしたのは……シャルルだ。
彼女は純粋な疑問で聞いていた。
「……薄情だって言いたいの……? 一気に出したから……急速に落ち着いた、ってところかしらねえ……。やっぱり、冷たく映るものかしら……?」
「ううん……あれだけ泣いてくれたなら、雅ちゃんも恋ちゃんも、嬉しいんじゃないかな?」
「だといいけど……」
もう涙は枯れている。
死んでしまった二人を思い出しても、モカから涙はもう出ない。
「おい、これ――意味ねえかもしれねえが、一応は魂を『奪って』おいたぜ。ひとまずはまとめて、二リットルのペットボトルに入れてはいるが……。
ちょうどいい容れ物がなかったんだ、文句を言うなよ? 矢藤や野上みてえに最低限のコミュニケーションもできねえなら、魂だけ持ってきても……、って感じだが」
「そんなことない! ねえ、これ、あたしが預かっててもいい……?」
「いいけどよぉ……蓋を開けて魂が逃げれば、オレにしか掴めねえからな? 人の魂をどう使おうがお前の勝手だが……――ところで、空木。お前の能力は、なんなんだ?」
本当に魂が入っているのか? 浦川、モカ、久里浜は疑問だったが、シャルルの目はペットボトルの中身を目で追っている……、彼女にも、見えているのだ……。
「え? なに?」
「だから、お前の能力だ。……魂は、オレにしか見えねえし、掴めねえはずだが……?」
似た異能であれば、空木シャルルも例外ではなくなる。
聖良の中で、シャルルの能力をある程度は絞っているのだ。
「えっとね、あたしのは――」
「ちょっとっ、シャルルちゃん!!」
止めたのは久里浜だ。だが……、この五人は、今は仲間だ。いや、クラスメイトなのだから、最初から仲間ではあった、とシャルルなら言うだろう。少なくとも、この五人で殺し合うデスゲームではないことは確実――なら。
異能の中身を、説明するべき、なのだろう。
「もう隠す必要はないと思うよ……だって、チーム戦でしょ?」
「それは……、そうだといいけど……」
「…………」
シャルルの視線は、考え込む浦川に向いた。
「たいしょー、もしかして、なにか知ってる? ……言って」
一度で頷いてくれなかったので、口調があらたまり、「言いなさい」
「知らないよ……。俺だってこっちに引っ張り出されてからは、シャルルたちと同じ状況だ……俺は異能を持っていないしな。ただ、配ったみんなの能力は知っているから、情報を多く持っているという点では、不利ってことでもないはずだ……」
「あ、じゃあさ、この能力って、たいしょーがくれたの……?」
「まあ……。色々なパターンを考えたが、やっぱり今の持っている能力に落ち着いたんだ。結果、落ち込んでたシャルルも途中から元気になったみたいだし、この能力を渡して正解だったわけだな――」
「そっか……、これ、やっぱりたいしょーの……」
「俺の?」
「ううん、なんでもない。えへへ、なんだろ、頬が緩みっぱなしだよぉー」
「…………デスゲーム中なのにな。
まあ、肩肘張って疲れても困るし、これはこれでいいのかもしれないけど……」
「緊張感がねえのは困るがな」
聖良の一言で、シャルルの表情も引き締まる。
彼の声は他人を無意識に威圧してしまうが、同時に過度な緩みもさせない――。
油断をせずにいられるというのは、かなりのアドバンテージになるだろう。
「ねえ、浦川くん……」
「久里浜か……ありがとう、シャルルを守ってくれて」
図書室以外でこうして喋るのは久しぶりだ。……なんだか、密会場所以外で会って話すというのは、シャルルの目もあり、かなり緊張してしまう――それが顔に出ていたせいで、久里浜の異変にシャルルが気づいた。
「久里浜ちゃんは……どうして表情が緩んでるの?」
「え? 緩んでないけど……」
「ふーん……」
緩んでいる、という言い方で気づけないのであれば、にやけ顔だ。
久里浜は、滅多に他人に見せないような笑顔がこぼれてしまっていた……しかも、浦川だけに向けた角度で――。
「…………ふーん」
「シャルル?」
「なんでもなーい!」
気に入らない様子のシャルルだったが、怒ったわけでも拗ねたわけでもない。
一時間しか余裕がない以上は、彼女にばかり構ってもいられなかった。
「それで? 久里浜……気づいたことでもあるのか?」
「……どうしてわたしたちが選ばれたのかな、って……」
「選ばれて生かされた……本当に?
選んだわけじゃねえだろ、だってあいつ――天死……レオン、だったっけ?」
「もう名前、覚えてる……」
じー、という視線。
さっきから、シャルルからの視線がとても痛い。
「敵のことは把握しておかないと、こっちが死ぬぞ?」
「それはそうだけどぉ……」
「レオン、だったはずだ。あいつは選んで俺たちを残したってわけじゃないと思う……、もしも選んでいるなら、真っ先に聖良を殺すだろ?
久里浜と滝上を残したのは、やっぱり謎だな……。拮抗した戦いをしたいって理由なら分かるけど……、レオンは勝つことを優先させる性格に思えた。弱い奴だけ残して楽に勝つ……そういう戦法を取るだろう。
なのに、そうしていない……、たぶん考えていないだけなんだよ。たまたまで、偶然で……この四人が生き残った。聖良の場合は単純に攻撃を避けたってのもあるだろうけどな」
「あんな大振り、余裕があれば避けられる」
その余裕がなかったからこそ、大半が殺されたのだ……。聖良の基準で言えば、簡単に、と言えるが、たとえ余裕があっても、モカも「避けられる」と言えば嘘になるだろう。
分かっていても、簡単には回避できない。
「こうして残った俺たちに、残された理由はないんだよ。だからこそ、ここで戦闘に向いているメンバーが多く集まれたのは運が良い――」
「ねえねえ、たいしょー……あたし、喧嘩もしたことないんだけど……?」
「俺とあるじゃん。砂浜の上で殴り合い」
「小さい頃の話じゃん! わたしたちの背丈が同じくらいの年の時でしょ!!」
そうだっけ? とからかう。
……細かいところまで覚えているくせに、だ。
「……シャルルに戦わせるつもりはないよ。そもそも能力的に、シャルルが戦わなくていい能力を選んで渡したんだからな……お前が戦ってどうすんだよ」
「えっ、そうなの!?」
「能力の使い方は……まあ後で教える。チームだから共有しておこうは……まだ危険だな。ここは伏せておいてもいいんじゃないか?」
「同感だな」
「そうねえ」
「うん」
聖良、モカ、久里浜が頷いた。
それが当然である、とでも言いたげな、疑問のない同意だった。
「え、なんでみんなは納得できるの!?」
反発がある、と思っていたのだろうか……。共有するべきなのでは? と思っている(けど言わない)のがシャルルだけだったことに、孤独を感じているのかもしれない……。
シャルルの意見も間違いではない。
単に疑り深い性格が集まっただけだ。
「シャルルだけなんだよ、素直なのは」
「いや、あたしだって疑う時はあるよ!」
「時も。それじゃあダメなんだよ……常に疑うべきなんだ。だから俺たちは出し抜かれにくいとも言える……。騙されにくいが、騙されることもあるけどな。それでも、リスク管理はできていると思うぞ?」
「じゃあ……あたしの、ことも……?」
「?」と首を傾げた浦川だったが、すぐに思い至った。そんなこと、絶対にないのだから、分かるまで時間がかかってしまった……バカだな、と言いたい。
浦川がシャルルを疑うことなど、あり得ないのに――。
「――疑うわけがない、理由がないだろ。それに、シャルルになら出し抜かれてもいい……だったら疑うわけないじゃんか」
「おいおい、相変わらず贔屓がすげえな。浦川をどうにかしたいなら空木を先に射る方が手早いってことか? その依存を、利用されなきゃいいけどな――」
「――依存?」
「はあ? 今更、自覚したのか? 言わせねえぞ?」
「いや、自覚はしてる……それが悪いことだとは思ってないけど」
それが本気の言葉であると、聖良も分かったようだ。
「……お前ら家族の問題だから口出しはしねえが……。浦川、お前はいいだろうな、守る相手がいれば、守るために力をつけていくからな――だけど、空木はどうだ?
今回のデスゲームで刺激を与えられたかと思えば、お前が裏で贔屓したせいで……お前が戻ってきたことで、ほとんどダメージがなかったじゃねえか」
ちょっと! と割って入ったのはシャルルだ。
「友達が死んで……ショックを受けてないっ、みたいに言わないでよ!!」
「受けてるか? ……まあ受けてるんだろうが、だけど浦川との再会で霞んでるだろ。誰が死んだのか、一瞬だけ流れた顔に一度だけ手を合わせて、もう思い出すこともねえんじゃねえか? お前はいなくなった人間よりも、隣の浦川に意識が向きっぱなしなんだよ」
「それは……」
言われた通りだった。
天死レオンによって殺されたクラスメイトのことを、一瞬だけど、忘れていた……。
それ以上に、浦川との再会に、意識が向いてしまっていて――。
「ない、とは言わせねえ。死者が出て、あれだけ騒いだお前が、今は静かだ。……隣に浦川がいるからだ……違うか?」
「…………」
「箱に詰めて大事にするのはいいが、いざ転んだ時、自分の手で起き上がれない大人なガキを生み出すつもりかよ。ずっと、隣にお前がいるならいいけどな……だけど実際、お前は一度、リタイアしてんだよ、浦川――今後も絶対にないとは言い切れないはずだぜ?」
「分かってるよ」
「五人しかいねえんだ。空木を下がらせて、四人で守りながら戦うなんて作戦は聞かねえぞ。こいつもきちんと働かせる。もしもそれができねえって言うなら、オレは単独行動をするぜ――戦況によっては、向こうと手を組む可能性だってあるかもな」
「仲間を裏切った人を、向こうが引き入れてくれる……?」
仲間を裏切ったなら、自分たちもいずれ裏切られるのでは? そう警戒して取らない可能性もあるが、向こうも切るつもりなら関係ない。どっちが先に裏切るかの勝負になる。
一時的に利用できるなら、レオンの性格なら受け入れるだろう……。
「勝利だけが全てじゃねえなら、裏切りを面白さに変換できる……。
そこに価値を見出してくれるなら、あとは交渉次第だな……――突破口はあるんだよ。九割、信用されねえだろうけどな……それでいい」
聖良が言いたいことは、裏切るかもしれないからちゃんとやれ、ではない。
そういう脅しも含まれてはいるが、つまり――、
「総力戦になるってことだ……、誰か一人が欠けたら終わりだと思えよ」
「……あたしも……?」
「てめえが死んだら浦川が機能しなくなる……、お前が一番、死んだらダメなんだよ」
「…………機能しなくなる、か……否定はしないよ」
「しろよ」
呆れる聖良だが、だからこそ、シャルルが生きている内は充分に機能することに信頼を寄せている。シャルルがいなくなって困るなら、彼女を守ればいい……、目的がはっきりしていれば、行動に移しやすい。分かりやすくて、シンプルだ――。
「たいしょー……あたし、たいしょーがいなくなってからも堪えたんだから……せめて家に帰るまではがまんしてよ? もしも、あたしが死んじゃっても――」
「そんなことさせない」
絶対に。
がまんできないなら、そんな状況にさせなければいい――。
浦川大将は、最初から、ぶれていないのだ。
あの日から――兄として彼女を引っ張り、守ると決意した時から……。
自分の人生は、天涯孤独を知り、震えて泣いている小さな女の子のために使うと――子供だからこそ後先考えずに簡単に決めたことだったけれど、それが今の浦川大将を形成している。
だから歪まない限りは、曲がらない。その決意だけは、折れたりしない。
浦川大将は、シャルルを守りたいという欲求しか、知らないのだから。
「ここでシャルルを失ったら、なんのためにクラスメイトを死に追いやったのか……、犠牲を出したのか――無駄死にだろ。だから、シャルルだけは失うわけにはいかないんだよ」
「たいしょー……」
「帰るぞ。俺たちの日常へ」
「……うん」
「俺たちの幸せを、取り戻すんだ」
〇
「準備はどうですか? 心の方の、です。……落ち着きました?」
「ルールもなにも分からないのに準備もなにも……それに、念入りに作戦を決めると、レールから外れた時に慌てるからな……なんとなくでいい。
幸い、シャルル以外は緊急時に強いみたいだしな……臨機応変に対応するさ……って、痛っ!? 脛、蹴ったな!?」
がっ、がっ、と、シャルルが浦川の脛に狙いを定めている。
「またっ、あたしをっ、除け者にしてる!!」
「い、いいんだよ、それで――痛っ! 性格が悪い集まりの中に、まったく別の、素直なシャルルがいるってチームなんだからさ……除け者は褒め言葉だぞ?」
「それでも……チームなんだし、除け者は嫌なのっ」
シャルルの脛蹴りに慣れた浦川は、彼女の蹴りのタイミングに合わせて、ひょいひょい、と避ける。むうー、と頬を膨らませるシャルルの頭をぽんぽん、と撫で、
「はいはい、分かったよ……シャルルもそこにまとめておくから……。人を疑うってことを、意識してするようにしてみればいいんじゃないか? 難しいかもしれないけどさ……」
「分かった」
「だから疑えって」
やっぱり素直だった。
「あの、マスター」
「え? ああごめん……って、俺はもうマスターじゃねえって」
「あっ、ごめんなさい、つい癖で……まあ、いいですよね?」
浦川は言葉にしなかったが、いちいち訂正していたら時間の無駄だと察し、軽く手を振り「好きにしろ」と示した。
それに頷くキリンは、雑なジェスチャーでも伝わったのだろう。
たった数日だが、短いけど深い関係性が、二人の中にあった――。
「では、最終ゲームのルールをご説明します……シンプルですので、一言で言いますと」
五人の参加者が同じ舞台上で戦う――これまでの一対一とは違い、同時に複数人が入り乱れる異能を使ったバトルとなる。
勝利条件は全滅、ではなく――
最短であれば、一人でいい……つまり。
「フラッグ戦、ですね」
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