第46話 二人目の天死――【レオン】


 マスターである浦川も、その四輪車には気づけなかった。


 監視カメラは校舎の中に集中している。校庭やプールなどの屋外には、ないわけではないが、台数はかなり少ない。撮影できていない場所はかなり多いだろう。

 加えて、敷地の外にはカメラは設置されていない。――設置する必要性もなかったからだ。


 だから敷地外からやってくる侵入者の存在には気づけない。気づくとしたら侵入してからということになるが……、唯一、侵入者にいち早く気づけたのは、当然ながら天死だった。


 それは天死ゆえの能力ではなく、本能なのだろう……嫌な予感がしたのだ。


 学校の敷地外から、まるで空間を、窓を割るようにして突っ込んできた四輪車――、背景が映っていた破片が飛び散り、校庭に長いタイヤ痕を残す…………バギーだ。


 屋根のない車には、六人が乗車しており……特に運転席、一際目立つ少女は白い翼を広げている……――彼女も天死なのだろう。


 他の五人は、服はボロボロ、時間が経っているが、血が、頬に付着していた。

 見て想像できる年齢を見れば、デスゲームに巻き込まれた、シャルルたちとは別の……?


 デスゲームの、参加者か。


「おい、天死」


「…………(なんで、ここに……)おっと……、まだ木野様にはかろうじてですが、息がありますので、試合は続行です……。制限時間がくるまで木野様が生存していれば、引き分けとなりますので――」


「そうじゃねえだろ」

「……気づきますよね?」


 校庭。ど真ん中でその存在を主張しているバギーがあり、その扉を蹴り飛ばして出てきたのは、見た目からして攻撃的な少女だった。


 輝くような赤髪を持ち、前髪から全ての髪を後ろに流している……。

 整髪料も使い、その髪はカチカチに固められていた。


 かなり小柄だった。目つきは鋭く、刺々しい印象を抱かせる天死で――、

 背中の翼も、キリンとは違い、少し尖りが多い気がする……。


 近寄りがたい見た目だ。

 できれば関わりたくない種類の人物だったが……、向こうから近づいてくるなら、どうしたって回避できない。



「ッ――出てこぉいッ、キリンッッ!! 遅過ぎるンだよ待ちくたびれてこっちからきちまったじゃねえか早くしろぉッ! じゃねえと、あたしが介入して、テキトーに人数を減らしてやろうかぁー?」



 刺激的な見た目に注目がいってしまった瞬間、全員の目を盗んで彼女がその手に握りしめていたのは、身の丈以上の鎌だ。

 ――デスサイズ。

 赤黒いそれが、彼女の見た目と合っていて、禍々しく映っている。


「……なんだよ、あいつ……。今時、隣町の番長が学校に乗り込んでくる、なんつう展開もねえだろ……。キリン、とか言ってたな……。それ、お前の名前じゃなかったか?」


「天死にはコードネームがあります。確かに私はキリンですね……」


「じゃあお前じゃねえか。ってことはお前の知り合いってことだろ? おい、どうにかしろよ……それともこれも予定通り、デスゲームの内容なのか?」


「…………」


 キリンも戸惑っている様子だ。

 参加者を欺くため、と疑う必要はないだろう。

 彼女は、演技や欺くといったことには向いていない天死なのだから。


「予定の内だが、タイミングは予定外だったみてぇだな」


「……いえ、まったく、想定もしていませんでした……。こうして合流する予定なんてないですし、約束だってしていません……っ」


「あん? だけどあいつ、『遅過ぎる』とか言ってるぞ? 待ちくたびれた、ともな……。

 お前が待ち合わせの時間を忘れて、だいぶ過ぎているって前提じゃねえとあんなセリフは出てこねえだろ」


「だから私も戸惑っているんです……っ」


 予定になかった展開に目を回している天死は、使い物にならなさそうだ。

 かと言って、彼女抜きでもう一人の天死の相手はしたくない……、キリンの性格を天死の当たり前と捉えるのは早死にへ繋がるだろう……。少なくとも、校庭のど真ん中に立つあの赤い天死は、手を出すことを嫌がるタイプには見えなかった。


 自ら参加し、ゲームをかき乱すタイプに見える。


「……それにしても、早過ぎますね……もう最少人数まで減らしたってこと……?」

「五人か」


「あ。……いえ、もうばれても構いませんか。はい、最終的に、五人まで減らしたところで最終ゲームに移行するつもりでした……。

 デスゲームの内容は管理する天死によって多少は変わりますが、減らす人数はある程度の規則性があります。多くても少なくてもダメ……、五人くらいがちょうどいいというデータがあるんです。だからあの子が管理するデスゲームも、残り五人まで減らすのは変わらないのですが……、だからこそ、早過ぎるんです――」


 まだ四日目だ。


 キリンが減らした数は、三名……、木野が死亡すれば、四名となる(実際、浦川は死んでいないので三名だが、彼も含めれば一日に一人の脱落者を出している)。


 比べて、赤い天死はたったの四日で残り五名……、元々の総数が分からないので、単純にキリンと同じく四名を脱落させて、結果、残り五名になった可能性もなくはないが……。セオリーに従えば、デスゲームは大人数から開始される。


 そうでなければ、視聴数も上がらない。


「同じ日に始めたにしては……、まるで落とし穴にでも十名以上をまとめて誘導したような減り方です……」


「あっちの方が、やり方に情がねえってことだろうな……。それにしてもてめェら、競争してんのか……? デスゲームに巻き込んでくる奴らだしな、今更、犠牲者を出す早さを競っていても驚きはしえねし呆れるだけだが……。悪趣味だ、なんて言うのは遅過ぎるか」


「あの子、短気なんですよ……。普通は長引かせるはずですけど……、あっという間にデスゲームが終わっても、楽しめるポイントが少なくなってしまいますし……。

 短い動画は完走されやすいですが、チャンネルに定着しづらいんです……、共に進んだという共有する楽しみがないですから……」


「ノウハウはどうでもいい。

 お前と同じ天死なら、お前がなんとかしろ……あいつ、恐ろしいことを言ってやがったぞ……。人数を減らしてやろうか、だと? おいおい、スローペースかもしれねえが、こっちは一日一人を失ってんだ……充分だろ。なのに、一日で数十人も一気に殺されたら――」



「んだよ、まだこんなにいんのかよ――残り過ぎだ、下手くそ」



 壁をすり抜けたわけではない。

 移動の過程がなかった。

 まばたきをしたら――そこにいた。


 赤い天死が、デスサイズを構えて、教室の中心に立っている。


「レオン……、っ、待って!!」


「早くしろって、キリン――あたしが手伝ってやる。それで面白いことしよーぜ!」


「待って! 分かった話を聞くからっ、だから一旦その手を止めてっ、あなたはいつも、やり過ぎるんだからッッ!!」


「あたしに任せな」


 聞く耳を持たなかった。

 たとえ知り合いの仲でも――。


 天死コードネーム【レオン】は、鎌を振り上げて……、

 素早く薙いだ。


 一瞬で……、十数人の命が、狩られてしまった。


 生き残ったのはたったの…………四人、だった。



 咄嗟に伏せた者、横から引っ張られて転んだ者、既に最初から警戒して身を潜めていた者――別の場所で、他者を看取った者……その四人のみ。


 聖良道成、空木シャルル、滝上桃華……そして久里浜梢…………。


「あ、やば……っ、一人多く殺しちまったぜ」


「レオンッッ! だから忠告したのにっっ!!」


「あー、もう、うるせえなあ……。分かったよ、補充すればいいんだろ? だったらそっちのゲームマスターを引っ張ってくればいい……どうせもうゲームマスターは不要なんだ、人数合わせでこっちに連れ出したっていいだろ」


「勝手に進めないでっ! ここは私のチャンネルで、担当は私なんだからっ、こっちにはこっちのやり方があるのっ!!」


 抵抗している間に、レオンが空間に手を突っ込んでいた。


 壁もなにもないのに、レオンの腕から先が消えており……、

 まるで空間にあったポケットに腕を突っ込んでいるようだった。


「あ、いた。こいつがゲームマスターか? キリンが選んだにしては……へえ、いいじゃん。良い素材だな、こいつ――」


「レオン!!」


「ん? お気に入り? まあまあ、そう怒るなって」


 ぐい、とレオンが引っ張り、空間の穴から取り出したのは――――『浦川大将』。



「え?」


「ぁ……、」



「最終ゲームはもっと盛り上げていこうぜ。一度離れた神々を引っ張り戻すんだ――あたしら二人の企画力で、評価を上げる――もう逃がさねえからな、キリン」


 不意に再会した二人――、シャルルとたいしょー。



 そして……、最後のデスゲームが、始まる。

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