第45話 最速の決着!


 教室では、天死を含め、全生徒が試合の様子を見ていた……。

 これも三回目となれば、落ち着いて見られる生徒が増えてきている。


「四日目にしてやっと、面白い試合が見られそうですね……。先に能力を暴いた方が優位に立つでしょう……、似た能力ですからね。

 自分の能力から逆算すれば、答えが見つかるかもしれません」


「え、二人の能力って、似てるの……?」

「おっと、失言してしまいました……」


 彼女にしては、焦っていない態度だ。


 十中八九、意図的だ。


「わざとだろ。視聴者を意識した解説ってところか。

 似た能力……、そうか? なんだか、対照的な能力にも見えるけどな」


「対照的ゆえに似ている、とも言えますね……、では、正体の方はどうですか? 見破れましたか? 聖良様……その心は?」


「……久里浜は、本質を残してる……か? 逆に木野は本質を分解……無視している、みたいな気がするな……ああ、無効化かもな。なんにせよ、どっちも『奪う』側か」


 あ、と失言ではなく、声をこぼしてしまった天死の反応から、聖良の推測はまったくの見当違いではないようだ……どころか、ほぼ当たっている……?


「たった数分、見ただけでそこまで見抜くとは……デスゲームに向いているんですね……」


「向いてるってなんだよ。語弊があるだろ……できれば参加したくねえよ、こんなゲーム――」


 くすくす、と笑う天死。……楽しんでいるのだろうか。


 デスゲームというよりも、こういったコミュニケーションを。


「……対照的? じゃあ、もしかして勝敗がつかない……?」


「いや、それはねえよ。お互いに相殺して長引くかもしれねえが、結局、集中力が切れた方が負ける……、試合時間、90分……スタミナが持つか?

 久里浜も、木野も、そこはフェアだ――攻めがはまってる久里浜の方が今は優勢だな……だが、ひとたび重い一撃が入れば、それで勝負が決まるとも言える。

 あいつらは、殺すことに抵抗がねえみたいだからな……それに、能力も、殺すことに向いている能力だろうぜ。決着は、意外と早いかもな」


「…………そっか……」


「四日目という慣れ、既に二試合を見ているから広がった戦略の幅。互いに嫌悪している相手だ。状況が整い過ぎてる。そして、これ以上ないってくらいに『はまった』人選だ。これで犠牲者が出ない結果の方が珍しいだろ」


「……また、一人……いなくなるの……?」


 とっくのとうに、理想は崩壊している。

 誰一人欠けない結果は、不可能なのだ。


「魂なら拾っておいてやる。だから限定的ではあるが、犠牲は出ねえと言えるかもな」



 そして。


 ……聖良が言った通り、決着は早かった。



「壁、床をすり抜ける能力……? だったら破片も机もすり抜ければいいだけだよね……ってことは、すり抜けることが本質じゃないってことになる。

 木野の能力は、すり抜けるように見えているだけで、実際は、別の能力の結果だった――」


 異能は『与える』か『奪う』かで推測できる。

 すり抜ける能力だとしたら……なにを与え、なにを奪っているのか……分からない。


 自身は能力の影響を受けないため、おのずと自分以外に影響を与えることになる……、考えられるとすれば、『中身』を奪う……などだ。


 姿は見えるけど、そこに質量はない……、久里浜とは対照的。

 だからすり抜けることができるとすれば、納得もできる理屈だが……。


 タイミングの差、というだけかもしれないが、久里浜はすり抜けることができなかった。

 奪うものは、別のものか?


「(木野も、わたしの能力はまだ見破れていないようだし、まだ時間はある……けど。長くは続かないはず。それに、わたしの能力を暴く気なんてなくて、ごり押しで勝負を決めてくるかもしれない……、それをされたら……やっぱり男女差があるから……純粋な喧嘩で負ける可能性が高い。わたしの能力を暴くことにこだわってくれることを祈るしかないかな――)」


 とりあえず。

 給食室に顔を出した。めぼしい凶器は、元通りである。


 前回の試合で使われたが、綺麗になって所定の位置へ――。


「今の内に武器を確保しておかないと……。殺傷能力が高い武器はできるだけ手元に……それが攻撃にもなるし、相手に使わせないことで防御にもなる――」


「当然、それは俺も考えた」


「そうなんだ…………え、っ!?」


 気づけば、背後にいる――待ち伏せされていた!?

 入った時に気配はしなかったけど、野生の勘が鋭いわけではないのだ、見逃しは当然あるだろう……。それに、意識して気配を殺されたら、見つける方が難しい。


「給食室。……二番煎じだなんだと言われるかもしれないが、みながそれに頼るということは、確実性があるってことだ。

 ……包丁、フルーツナイフ、フォーク……、命を奪う武器になる。工作室にいけば、工具もあるが……、工具もそれなりに殺傷能力は高いが、女子なら給食室にくると思ったさ。工具に詳しいわけではないだろうしね。

 仮に、詳しいとしても、優先順位はこっちなんじゃないか? 俺に奪われることをまずは避けたいはずだ。――包丁は、能力なしでも充分に脅威となるのだから」


「木野……ッ」


 彼も同じことを考えていたようだ。

 だが、出てくるのが少し遅かった。久里浜の手には、既に脅威が握られている――包丁。


 少しの力ですぱっと指を落とせるような銀色の刃が、木野に向いた。


「(木野が二本目を隠し持っているかもしれないけど、わたしの手には包丁があるから……このまま刺してしまえば、木野が動く前に勝負を決められるっっ!!)」


「残念だけど、俺には通用しないよ」


「…………はったり、じゃないよね……」


 思えば、どうして声をかけた? 油断している久里浜の背後から刺してしまえば、それで決着だったはずなのだ……なのに。


「さっき押し倒した時に試しておくべきだったね……まあ仕方ないか。あの時は思いついていなかったんだから、今言ったって後の祭りだ……だからここで試す。

 能力は他者に影響を与え、奪うという仕様なんだから……自分自身に通用しないだけで、他人には適応される――だったら、これも可能か?」


 構わず、久里浜が包丁を木野に突き立てるが……、


「は……っ!? なんで、刃が通らないの……!?」


「俺に包丁は刺さらないよ……さて、久里浜は、俺をどうしたいのかな?」


「……殺したいに、決まってるじゃんッ! あなたが邪魔なのよッ!!」


 ふうん、と、細めた目で、木野が久里浜を見下した。


「なら――それを奪おうか」


 奪う。

 木野透夜の異能が、真価を発揮する。


「久里浜――君の『目的』を奪うよ」



 きょとん――と。

 久里浜は目をまんまるにさせて、事態を飲み込めないでいた……。


 あれ? 自分は、なにをしようとしていたのだっけ?


「やっぱりね……目的を奪うことで相手の行動も掌握できる……っ! どれだけ敵意を持って俺を狙ってきても、この能力で目的を奪ってしまえば、あとは抜け殻をこっちのタイミングで殺すだけでいい――ふはっ。は、ははっ――最初は使い道が限られてる、守るだけの能力だと思っていたものだけど、蓋を開けてみれば最強とも言える能力じゃないか……っ。それとも俺の使い方が飛び抜けていたのか?」


 ただ条件として、相手の目的を理解している必要はあるが。

 ……包丁であれば、切る、壁だったら、遮る……それらを理解した上で対象の目的を奪えば、木野の邪魔をする障害は消える。久里浜が木野を殺すことを目的として行動するなら、それを奪ってしまえば、今後、久里浜は木野を殺すことはできない――。


 できない、はずなのに……。



「あ、ぁが……? なに、が…………?」



「分からない? まあ、勝ち誇っている不意を突かれてしまえば、そうよね……」


 木野の胸には、深々と……包丁が入り込んでいる。


 まだ理解が追いついていないのか、痛みは分からない……だが、体内から溢れてくるような灼熱だけは認識できていた。


「ぁ、はぁッ、目、が……霞、む……胸が、熱い!!

 なに、を、ァ! したんだ――久里浜ァァッッ!!」


 致命傷だ……、今はまだ、理解が追いついていないだけ。

 これが時間を経て脳が理解をすれば、致命傷は一気に木野へ、牙を剥く。


「(目的、を……奪ったはずだぞ!? なのに、どうして――久里浜は俺を殺すことはできねえはずなのにッッ!!)」


 …………まさか。


 まさか、まさか――まさか!!


「……お前、俺を、殺す気がない……のか……?」


「ない、と言えば嘘になるけど、そんなのはついでだよ。わたしはシャルルちゃんを守りたかった……その目的が達成できるなら、あなたが生きていようが死んでいようが、どうでもいい」


 木野を殺すことだけに着目しているわけではない……執着も、していないのだろう。

 あくまでも殺害は目的を達成させるための手段の一つであり――、


 当然、手段を奪うことはできないのだ。


 木野の異能では、久里浜は止まらない。


「だ、ったら……ッッ、空木を守ろうとするその目的を奪って、」

「なんとなーく、あなたの能力は理解できたよ」

「ぐっ!?」


 膝が落ちる。見えないところから見えない攻撃が木野を襲っている……、よく分からないままに、木野は久里浜に、されるがままだった。


「(まただ……あいつは、なにをしてる……? なにも持っていないのに、体に、なにかが突き刺さっている感覚だ……、透明化じゃないのは、分かっているが、それでも透明化したなにかが俺を突き刺しているとしか思えない……。

 なのに、刺さっているはずの見えないそれが、どこにも――)」


 分からなことばかりだ。だが、それを解き明かす時間はない。


「……後回しだ……、まずはお前の戦意を、削ぐ――」


 あらためて、久里浜から目的を奪う――。


『空木シャルルを守る』という目的を――しかし。



「包丁が通用しないなら、さっき見つけたフォークで……ね」

「……き、消えた……? 透明になったわけじゃ、」

「違うわ」


 木野の右肩になにかが突き刺さった。

 ……フォークか、と思えばそこにはなにもない。

 抜け落ちたフォークも、貫通して抜けていったフォークもなく……。


「(フォークもそうだが、なんでこいつは、目的を奪ったのに俺のことを攻撃できるんだっ!?)」


 シャルルを守るという目的を奪ったはず……なのに、久里浜は止まらない。


「あなたを殺したい、と思ったのはシャルルちゃんを守るため。じゃあ、どうしてシャルルちゃんを守りたいと思ったのか……、きっと、そこを奪わないと止められないんじゃないの?」


「ッ、んの、クソが!!」


 ふらふらとした足取りの木野が、力を振り絞り、突撃する。


「下」

「あ?」

「消えるよ?」


 床が消えた。

 だけど、二人は立っている。


「なん、」

「驚いて足を止めたのは失敗だね、木野」


 久里浜の軽い掌底が、木野の胸にぶつかる。

 それだけで、木野のなにかが、ブチっと切れた――。


 木野は知る由もないが、形を失ったフォークの『刺突』の効果だけが、木野を襲ったのだ。


「がふっ」

「言ったでしょ、容赦しないって」


「……これで、終わり、なのか……?」


 力を失い、倒れていく木野が、最後の言葉を残す。


「最後くらい、教えろ……お前の、能力の、タネ、を――」


「教えるわけないでしょ、ばーか。気になったまま死んでいけ、裏切り者」


 そして、あっという間に、決着がついた。



 同時に。


 校舎に近づく、一台の四輪車がいた。

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