第44話 暴き、欺き


 扉の先――、久里浜が転移した場所は空き教室だった。倉庫のように雑多に物が置かれている。文化祭で使った小道具などを、一時的に置いているのか……。


(これまでの二試合を見ているから……、自分の能力をどう使えばいいのか、っていうのは大体分かってるつもりだけど……。それが正解じゃなかったとしても――もっと効率の良い使い方があったのだとしても、なにも分からずおろおろするだけの事態は避けられる。

 試合が増えれば増えるほど情報も充実していくから……、ここでわたしの能力を見せるのは良くないかもしれないけど、それで負けていたら意味がないし……。相手は木野なんだから、出し惜しみはなしね)


 そのためには、自分の能力を充分に理解している必要がある。


「……なんでゲームマスターは、わたしにこんな強い能力を……?」


 いや、強いかどうかはまだ分からない。

 あくまでも久里浜が感じた、第一印象からの異能の評価だ。実践で使ってみれば意外と役に立たなかった、という可能性もある。

 その場合は異能の中身ではなく、使い手の問題が原因であると言えたが……。


(強そうには思える……それに、能力って、与えられたものなのか、それともわたしの、潜在していた才能から引き出したものなのかは分からない……から、ゲームマスターが決めたってわけでもないのかな……)




『マスター。どうして久里浜様にあの異能を渡したのですか? 与えるか、奪うか……どちらを選んだとしても、使用者が誰でも、あの異能は最強格に分類してもいいと思います――。彼女には悪いですけど、あの異能を持つに相応しいとは……思えないんです……』


『もったいないって思うか?

 シャルルに渡した方が生き残る確率が上がるのに――ってことか?』


『いえっ、そこまでは!』


 慌てた様子の天死だが、怒っているわけではない。

 選んだ浦川も、よく知らなければそう思うだろうな、とは予想していた。


『……久里浜様ではなく、もっと相応しい人物がいそうではあります……。いえ、マスターの考えが優先ですので、この「天死の意見」に変える必要はありませんよ? ただ……、興味が湧いただけです』


『まあ、天死の言う通り、強い能力ではある……。戦い慣れしていなくとも、能力に頼れば勝てるバランスにはなっているはずだ。だからって、久里浜が弱いから、強い能力を渡したわけじゃない。正直なところ、今回渡した能力を加味した戦闘能力で言えば、聖良よりも久里浜が強いと思う……、もしかしたらクラス最強かも……?』


 それは言い過ぎなのでは? と天死は苦笑いだ。

 外部から見た久里浜の印象など、そんなものだろう。


『弱い彼女に強い能力を与えたわけでなければ……、しかし、久里浜様は強い人間には、やはり見えません……。マスターの言い方は、強い人間に強い能力を合わせて最強を作り出した、と言っているように聞こえます……。彼女にそこまで期待しているのは……なぜ……?』


『ジョーカーだな』

『はい?』


『いつでもどこでも使えて、一発逆転――これまでの悪循環を断ち切るような全ての前提を覆すような切り札を作り、持っておきたかったんだ……。聖良は単純そうに見えても色々と考えているタイプだし、ここぞという時にジョーカーとして組み込んでも、こっちが望む結果になるとも限らない。

 が……、けど、久里浜なら出しておけばきっと最善の状況にはなるだろうな……。大失敗や想定外の事態にはならないはずだ。順当に、想定内の結果を出せる――そういう信頼があるんだよ、あいつにはさ』


『だからマスターのジョーカーなのですか……』


『俺と気が合うんだから、本質は、もう一人の俺と言えるかもしれないな』




「木野は、どこにいるんだろ……?」


 久里浜が教室の壁に手を触れ、異能を発動させる――。

 すると、壁が消えた。


「手で触れたところから、範囲が決まってるのね……。

 壁に触れても全面が消えるわけじゃない……――あ、」


「は? な……っ、久里浜!?」

「なんだ、こんなにすぐ近くにいたんだ……まさか隣室だったなんて」

「ッッ」


 先手必勝っ、とばかりに飛び込んできた木野だったが……、だが、大きく空いた穴を通り抜けようとした木野は、――がんっ、という音と共に後ろへ弾かれる。


「がッ!?」

「気を付けて。見えなくなってるけど、ここには壁があるから――」


「ぐ……、まさか、透明にする能力か……!?」


 ルールに則って言うのであれば、姿 (もしくは形)を奪う……だろうか?


「壁があるってことは、わたしも攻撃できないんだけどね……迂回しないと」

「――いいや、その必要はないね」


 すぐに立ち直った木野が、すぅ――と。

 見えない壁を、すり抜けて近づいてきた。


「…………は?」


「不意を突かれたけど、分かっていれば対処できる。

 お互い、分かりにくい能力だね。これは騙し合いが主流になるかな?」


「通り抜ける能力……なんて単純なわけがない……よねっ!!」


「それを探るのが醍醐味だろう? ――そういう戦い……いや、殺し合いだ」


 一気に距離を詰めた木野が、久里浜の手を掴んだ。


 男同士ならすぐに振り解けるだろう……、掴んだ方が劣勢になることもある。

 だが、木野と久里浜だと、圧倒的に久里浜が不利だ。


「や、めっ……離して! 離せッ!!」


「女は男に、力では勝てない……鍛えているならまだしも君はインドアだろう? おとなしい方で、活発ではないはずだ。そんな女の子が、男の俺に対抗できると思うか? 俺がこうして君の腕を取れば、あとは簡単に押し倒すことができる――」


 こんな風に、と。

 足をかけ、転ばせる。


「きゃっ!?」


「可愛い声だね。……今頃、教室では俺を非難する意見が飛び交っているんじゃないか? 男が女の子に手を上げるなんて何事かっ、なんてさ――でも、デスゲーム中にそんなことを言ったら、認識が甘いんじゃないかって思うよね……。

 全員が敵。そう思っておかなければ、すぐに死ぬのは自分なんだからさ」


「わたし、は……」

「うん?」


「非難、しないよ……男女平等を主張する意見には、女だろうと顔を殴られても文句を言ってはならないって意見も、当然入ってる……。平等を主張しておきながら、女を相手に男が本気で喧嘩をしてはならないって、それはずるいって、女ながらに思うよ――」


「…………全員が君みたいな意見だったら良かったけどね。現実は、良いところだけを取りたい女の方が多い……いや、女でいることで受けるデメリットを失くしてほしいってのが主な意見なのだろうけど、ついでとばかりに良い思いをしたがる一部の女もいて……。その声がよく目立って聞こえてくるから、印象が良くないのかもね……。

 ――で? この状況で、なにが言いたいんだ?」


 床に倒れ、久里浜の上に馬乗りになっている木野――。


 久里浜は、絶体絶命だ……だが。


「あなたがこうしてわたしを押し倒し、女を相手に腕力で組み伏せても非難したりはしない――……接近してくれるなら、好都合だから」


「……、なにを企んで……?」


 ――パリィンッ、という音。


 それは木野の真後ろからだ。


「なにを投げた……? スマホ……? 窓を割って、なにを――」

「当然だけど、わたしも危ないんだけどね」


 久里浜は手で顔を覆う。片手だけを押さえていた木野の脇の甘さだ。

 この際だ、手の甲が切れてしまうのは仕方がない。


「……なんだ……? 違和感が――、割れたガラスの破片は……? 飛んでいな――」

「ううん」


 僅かに、左右に首を振った久里浜。

 木野の頬が、ぴッ、と切れる。


「見えないだけで、そこにある」

「ッ!」


 頬以外も、木野の肌が切れていく。


「痛っ! 見えない破片で、俺を――」


 だけど、たかが破片である。ナイフではない。包丁でも……。痛みは感じるが、ほとんどないようなものだ。……ただ、割れた破片でここまで体が切れるのも過剰な気がするが……。


 反射的に回避をしていた木野は、思わず遠ざかってしまっていた――久里浜から。


 拘束から抜け、立ち上がっていた久里浜が、膝をつく木野の顔面を蹴り飛ばす。


「がッ!?」


 ――所詮はインドア女子の蹴りである。構えはめちゃくちゃで、ただの脚力で繰り出された蹴りだ……さすがに痛いが、意識が揺れるほどではなかった。


「もう――いっちょ!!」

「机をぶん投げた!? はっ、そんな大振りが当たると思うのか!?」


「これまで散々、消える結果を見てきて、まだそんなことを言うんだね」


「……(見えない壁、消えた破片……なら、これも――?)」


 久里浜が投げた机が、宙でぱっと消えてしまった。


「(――落ちてくる!!)」


 出発点さえ見てしまえば、後の放物線は想像できる。急に進路が変わることはそうないのだから、避けることは可能だ……、姿が見えなくとも、危険度は低い――。


 素早く横へずれた木野。

 慌てて転がったことで、見えない破片に体が削られる。


 机の直撃は免れたが――真横に机が落下した。……思っていたよりも近い。

 その衝撃で、細々とした破片が木野の体を切り刻む。


「(衝撃で飛んできた破片が俺の体を……? いや、こんなに都合良くいくか……? やっぱりこれは、透明にするだけの異能じゃない!!)」


 もちろん、その予測を信じていたわけではない木野だが。


「(切る、という目的さえ分かれば俺の異能で無効化できるが……見えないからこそ、相手の意図が読めない……。そうなれば無効化が発動しないこともある――)」


 木野が歯噛みする――劣勢から抜け出せない。


「……仕方ない。こんな手は使いたくなかったが……。女子を相手に戦略的撤退なんて……なによりも自分が許せないが……」


「逃がすと思う?」

「いいや、逃げられる」


 さっきと同じだ。

 すぅ、と、木野の体が地面に沈んでいき――。


「え!? 木野が、下にすり抜け――」


 久里浜が手で触れ、床を見えなくすれば、真下の教室が見えるようになる。

 既にそこに、木野の姿はなかった。


「……逃げられた……ッ、木野の能力……――なんなのよ、いったい……っっ!!」


 それはこっちのセリフだ、と木野に言われそうなセリフだった。

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