第三試合 久里浜vs木野
第43話 悪魔退治
四日目。
対戦カードは、久里浜vs木野――である。
「久里浜様の希望を通したのですか、マスター」
「そうなる、のかな……だけど全体のバランスを見て、だけどな。好戦的なのはこの二人だった……互いに潰しておきたい者同士って部分は、過激な試合が展開されるだろうって分かるし……。そろそろ盛り上がる試合の一つは見せておかないとな。……視聴者から不満が出る」
「……なるほど。つまりシャルル様への贔屓や、聖良様、榎本様にマスターの生存がばれているマイナス点をフォローするための対戦カード、というわけですか。
過激な試合を見せることで八百万の神々の目をずらし、目立っていたマイナス点を覆い隠す――目論見通りにいけばいいですけど……」
「フォローにならないかもしれないけどな。でも、しないよりはマシだ……。ミスによっては、一発アウトで引きずり降ろされる可能性もあるんだろ? だったら――、デスゲームの展開で、せめてイエローカードまで引き上げるよう、満足させるしかないってことだ。少数でいい……まだ見たいと思わせることができれば、多数の退屈に対抗できる意見として上がるはず――」
「そのために、好戦的なお二人に過激な殺し合いをしてもらう、ということですか……。デスゲームマスターとしては、充分過ぎるほどに成熟してしまってますね……」
「して『しまってる』? いいことだろ……。シャルルのためだからな、他の命は知ったことじゃない……これは一番最初に決めた、覚悟なんだよ」
〇
「都合の良い対戦カードだな……」
「これ、もしかして浦川が……?」
昨夜――、正確には今日になっていたが、聖良と榎本が希望を出していた。
空木シャルルが選出されないように――。
こうしてその通りにはなったが……この対戦カードはまったく予想していなかった。
「浦川……かもな。違う可能性もあるが。……木野を排除したいのは分かるが、ならどうして久里浜なんだ? って話ではあるな……。昨日のことを考えれば、一番殺意が高い人選ではあるがな……、だからと言って、抵抗感がないだけで、戦いに向いているとは言えないだろ。
一度、選出された人間を選べないのだとしたら……オレやお前が弾かれるとしてだ……滝上か戸田あたりを使えば、木野を始末できる可能性も上がる。
……それにしても、久里浜か……正直、よく知らねえしなあ……喋ったこともねえ。こんな環境にならなければ、一生、喋ることもなかった相手だろうな。オレが知らない一面を持っているなら、また話は変わってくるのか……? ああ見えて荒事には向いてんのか?」
「アタシも喋らないから知らないわ。向いていなくても、今は異能があるんだから……それ次第では、一番のネックは抵抗感だけになるんじゃない?
だから木野を許せない久里浜は、ぴったりの人選とも言える……」
「木野も、黙って殺されるつもりはねえだろう」
「さすがに三試合目だし、周りも慣れてきた……みたいね。いや、裏切り者の木野が選ばれたから――ここで殺しておけ、って全員が思っているから静かなのかもね……」
「両方じゃねえのか? 慣れがあれば、木野への嫌悪感もある。今回はどっちを応援するべきか、はっきりと分かってんだ……全員が安心して試合を見ることができる……ただ、」
「ただ?」
聖良にしては珍しく、言うか言うまいか、悩んでいるようだった。
結局、相手が榎本だからか、配慮はしなかった――野上がいない今 (白骨模型として存在こそしているが、あれでは人をまとめられない)、榎本 (モカ、戸田の手を借りながら)が、女子たちをまとめるしかないのだ。
「木野が勝ち、久里浜が負けて、死ねば――デスゲームはピークに達する。試合外の殺し合いが当たり前の状況になるだろうな……
それを警戒して、一瞬も気が抜けない生活になる。しかも食糧難も含めて――二重苦どころじゃねえ数が、オレたちを追い詰める状況が迫ってきてるんだよな……。それを狙って選出したのかもしれねえ――浦川でなければ、本来のデスゲームマスターが」
「……正直、木野はどうなの? 強いの?
アンタみたいに喧嘩が強いって風には見えないけどね……」
「得意じゃねえだろ。だが、弱くもねえな。
まあ関係ねえよ。勝敗は異能で決まり、身体能力はこの際、関係なくなっている……オレだって矢藤には苦しめられたんだ。
普段目立っている奴が、教室の隅で、暗く一人ぼっちで過ごしている奴に足をすくわれることなんていくらでもある――それがこのゲームの狙いって部分でもあるだろ。……群れる奴より一人でいる奴の方が、自分の世界がある……異能の使い方にはこだわるもんだ」
「じゃあ……久里浜にも勝ち目がある……?」
「だが、木野は自分が喧嘩向きじゃねえってことを分かってる。そういう奴も強い……。力で勝てなければ工夫する、あいつはそういう試行錯誤を怠らないタイプだ。
力づくで相手を倒す、なんて不安要素しかねえ戦法を取るとは思えねえ。この試合、衝突せず、出会い頭の一発で決まるかもな……。それくらい、策が重要な一戦になりそうだ」
「……こうやって、殺し合いをエンタメとして見ている時点で、デスゲームとしては順調に、ピークに向かっていっているのよね……。
その自覚がないことが、既にゲームマスターの手の平の上、ね……」
「エンタメとして見てねェよ。生きて脱出するためだ――依然、食糧問題がある。片方が消えてくれた方が、オレが生き延びる時間も増えるんだ。これは嫌いな奴がただ消えればいいって思ってるわけじゃない……オレが生きるために死ね、と思っているだけだ……――遊びじゃねェ」
真剣に、殺し合いをしている……私怨ではない。
娯楽で見ているわけではないのだ。
そこを勘違いしてほしくはなかった。
「……こっちは悪ふざけで犠牲者を決めてるわけじゃねえんだ」
「――聖良、アンタって意外と……」
「あ?」
その先の言葉を予想し、敵意を向けることで言うなと言ったつもりだったが……榎本は理解しながらも止まらなかった。
言葉にすることで、確定させたかったのかもしれない――聖良が『そうである』ことで事態が好転することを願うように。
もしかしたらまったくの見当違いかもしれないけど、それでも希望は残しておきたいから。
「……このクラスのこと、好きなのね」
〇
「偶然じゃないだろうね……好都合じゃないか、久里浜」
「…………」
「ね、ねえ、木野くん……? クラスのみんなを裏切ったって……嘘だよね……?」
木野のファンは、木野の反逆を認められなかった。
――いや、どうして頼ってくれなかったのか、相談してくれなかったのか――そっちを認める方が、怖かったのかもしれない。
木野透夜にとって……ファンの自分は?
いなくてもいい存在なのだということを。
「なにかの間違いでしょっ、いつもの優しくてかっこいい木野くんに戻っ――」
「そんな奴いないよ」
「え?」
「木野透夜は君たちが思っているような人間じゃない。どうしても、このデスゲームから脱出して、生き延びたい人間だ……、たとえ、クラスメイトを踏み台にし、犠牲にしてでも……。こんなところでちんたら過ごして、食糧不足で餓死するわけにはいかないんだよ……ッ」
「そ、そんな……っ」
「目を覚ましなよ。そんなんだから君たちは置いていかれるんだ……それとも、一度死に目に遭わないと理解してくれないのかな?」
「木野……、よくもまあ、その状態でいながら強い言葉で吠えることができるよね……」
椅子に座らされ、ロープでぐるぐる巻きに固定されている……当然、身動きは取れない。
口をテープで塞いでしまえば、意見を言うこともできなくなる……助けの声だって。
――ここに味方はいない。
「試合に選ばれたんだ……俺に危害を加えようとすれば、天死が止めるだろ? もう既に、俺はデスゲームに必要な『駒』なんだ……、それに、こんな俺をまだ妄信しているバカには、やっぱり強い言葉で伝えなくちゃ全部が伝わらないって分かったんだ……。
殴ってくるかと思ったけど、しないか……だって渦中にいながら無関係みたいな顔して、解決を人に委ねるクズなんだからさあ!!」
「木野っ、言い過ぎ――」
「そうかな? なにもしないで黙ってついてくれば助かると思ってる奴を見るのは、腹が立つだろう? 聖良は、そんな奴でもまとめて助けようとするだろうけどさ……、聖良が良くても俺は嫌いだね」
「……それは、そうだけど……」
久里浜は否定をしなかった。
言い方はどうあれ、内容に間違いはないように思えたのだ。
「久里浜も!? 木野くんだけじゃなくて久里浜もいつもと雰囲気が違うんだけど!」
「普段は暗ーい、おとなしい子でも、こういう場では強い意志を見せるんだよ……、なのに君たちはいつも通り……良くも悪くも、だけどね。個人的には悪いかな。いつもと変わらないままでいてくれた方がいいって言う層もいるだろうけど……だから全部を否定しているわけじゃない」
否定はしない。ただ嫌いなだけなのだ。
「嫌いだ、虫唾が走る。気持ち悪い――お前らなんかに貴重な食糧を分けていると考えると、先に『食う側』を処分した方がいいんじゃないかって思うよ――」
「ひっ!?」
「木野!! ……もういいよ、あとは、試合で」
「ああ、そうだね……君は俺を殺したいんだろう? だったら存分に……。俺も、空木の前にいるお前は、邪魔だと思っていたんだ……。お前を殺して、空木を殺してやる」
「そんなこと……ッ、させるもんか……ッッ!!」
睨み合う両者。
視線の先で火花が散る中で、足音が聞こえた。
久里浜の背後に立つのは――、
「久里浜」
「……なに、聖良くん」
「ここで決めろ。お前が死んだ後、空木を守るつもりはねえぞ。……正確に言えば、目を離した隙に空木が殺される可能性は充分にある。だから、お前が生き残って面倒を見ろ。こいつを殺さないと、空木が危ない――そして食糧不足も深刻だ……お前に懸かってる」
「…………」
「ここでは誰を殺しても、誰にも咎められねえよ」
「……そのつもりだけど」
分かってるならいい、と聖良が離れた。
入れ替わるように久里浜に抱き着いたのは、シャルルだ。
「久里浜ちゃんっ!」
「シャルル……、ちょっと待っててね、こいつ、すぐに殺すから――だって、彼が悪いんだよ。シャルルを、殺そうとするから……」
「……いいの?」
「…………?」
「友達だったんだよ……っ、それに、人なんだよっ。殺しても、平気なの……?」
「……うん、大丈夫みたい。もう、三日も過ごせばさ、麻痺もしてくるよ。殺す、殺された……死んだ、生き残った……もう、なんだか遠い世界の話でもないし、抵抗もなくなってきた。
――なによりも、殺らないと殺られるの。だからやる……分かってよ、シャルル」
「久里浜ちゃん……分かりたい、けど……」
「もう既に、環境に毒されちゃってるの……わたしも……木野も――」
視界を埋める白い羽根が、試合開始寸前であることを知らせた。
「では、お二方。教室の外へ。……三試合目ですので、もう分かりますよね?」
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