第42話 真相に近づく
「……お見事、ですね……」
「俺が入れ替わったから……そのせいでばれたのか……?」
「理由の一端にはあるでしょうけど、致命的な失敗を、マスターはしていませんでしたよ。シャルル様『贔屓』は、今に始まったことでもありませんし……いずれ、違和感として持ち出されるとは思っていました。
……どの道、聖良様はこの推測に辿り着いたでしょうね。なので、お見事、ですけど……惜しいですね。一枚噛んでいた……、という言い方だと、マスターが死亡している前提で、シャルル様を贔屓するように事前に私に指示を出していた、なんて推測をしているのでしょうね……。
まさか、マスター自身がまさに今、生きてデスゲームマスターをしているとは想像もしていないのでしょう――」
「……いや」
「マスター?」
浦川は一つ、ミスを思い出した……。徹底すべきことを、少しの気の緩みで「まあいいだろう」と省いてしまった行程だ。
……もしかしたら……それがヒントになったのではないか……。
「でも、シャルルならまだしも、聖良がそこまで細かく見ているか? だけど、俺は致命的なミスを、やっぱりしているのかもしれないな――メモ用紙だ」
「聖良様に仕込んだメモ用紙のことですか? でも、おかげで女子の寝室に、聖良様がやってこれたわけですよね?」
メモを利用し、聖良を誘導したのは、浦川の狙い通りだったが……。
「ああ……だけど現場で、咄嗟に思いついて実行したからな……証拠隠滅をする頭では回らなかった……、気の緩みだな……。
天死の体で書いているとは言え、内容と書き方は俺だ。内容ならいくらでも人格から遠ざけることができるが……――『癖』は誤魔化せない」
そう……『文字』、だ。
「字には個性が出る。匿名にしたのが失敗だった……、聖良のことだ、全員に字を書かせるくらいのことはするだろ。そして、誰にも当てはまらなければ――魂さえその場にいない、たった一人がメモを残した『犯人』だってことに気がつく――」
『このゲーム…………、浦川が一枚、噛んでたんじゃねえか?』
加えて、聖良はこうも言ったのだ――監視カメラを、じっと見て。
カメラの奥にいる、デスゲームマスターを睨みつけながら。
『それとも、今まさに「そっち」で見てやがんのか? 浦川――』
推測ではなく、希望でもなければ、当然ながら口に出してみた冗談でもない。
その言葉には確信めいたものがあるのだろう。
「あいつは、答えに辿り着いている……、だけど。――答え合わせがないその答えを、お前は信じ続けることができるのか……? 聖良――」
『おい浦川――残したこのメモ用紙……これはお前の、「筆跡」だろ?』
〇
「……やめてよ」
「あ? なにをだよ、お前を疑うことか? それとも――浦川を非難することか?」
「これ」
シャルルの手が伸びた。
聖良の手から、メモ様子を奪い取る――。
「おい! まあ、見る分には構わねえが……、内容はこの部屋に呼び出すためのメッセージってだけだ。それとも、お前にしか分からねえ暗号でもあったのか?」
「…………たいしょーの字……」
「お前が言うなら、マジで浦川が書いたものなんだろうな……。
だったら……おいおい、じゃあ、ってことはよお……――この監視カメラの向こう側で、本当に浦川が見てるってことかよ……!?」
「やめてって言ってるじゃんッッ!!」
怒号が響く。
シャルルの両手が聖良を突き飛ばそうとしたが、聖良は一歩も引かなかった。
「やめる? なにをだよ。さっきからお前はなにに怯えてなにを嫌がってんのか分からねえ。浦川が生きているかもしれねえってのは、お前にとってはこれ以上ねえ朗報だろうが」
「…………」
「それとも、いない方が良かったのかよ。浦川は死んだ――それをやっと受け入れられたと思えば、今度は生きているかもしれねえって言われて……期待に堪えられなくなったか」
嬉しい悲鳴は、本当に『悲鳴』になってしまったのだ。
生きているかもしれないという期待をすれば、そんなわけがなかった、という裏切りに、最初以上に落胆するだろう……その差が、今度こそシャルルを苦しめて、潰してしまうかもしれない――それが、シャルルは怖かったのだ。
「浦川がいない世界で生きる覚悟を決めた途端に、その意志が砕かれた……てめェの恐怖はそこにあんのか」
「……たいしょーが、生きているかもしれないのは、嬉しい……けど……。また、たいしょーはもうどこにもいないって分かった時……、」
「今度こそ立ち直れねえ、か……だろうな。期待がでかければでかいほど、そこから落ちた時の絶望感が増す。期待していない方が、ダメだった時に軽傷で済むからか……これ以上の期待はさせるなってことかよ」
「うん――お願い。だから、たいしょーが生きているかもしれないとか、言わないで……っ」
切実だった。
だけど……――空木シャルルが、それを言うのか?
「それはお前が……。――分かった、言わねえ。証拠もねえ推測でしかねえからな。浦川が死んだのは、目の前で見てるしな……あれを見て生きているだろう、とはさすがに言えねえし」
「…………」
言葉にならないシャルルの小さな悲鳴。
表情が、言葉以上に苦痛を訴えている。
「てめえは浦川が生きていてほしいのか死んでいてほしいのか、どっちだよ。殺された時のことを思い出して泣いてんじゃねえよ――わがままな奴だ」
「だ、だってぇ……っ」
「あと女子共。オレを責める目を向けるのは筋違いだ……、こっちは朗報だと思って言ってやってんだよ。空木をいじめるつもりはねえ」
「……つもりがなくても、こうして泣いてるけど?」
「それは知らねえよ。そこまで面倒を見られるか、甘えんな」
その通りだ、とも思った榎本が聖良にそっと耳打ちする――「外に出て」
「ああ、そろそろ戻るつもりだったさ。いつまでも女子の寝室にはいられねえ。そのメモで誰かがオレを呼び出したわけじゃねえなら、この部屋にい続ける理由もねえしな……木野のことは任せた。好きにしろ」
木野がこぼした「聖良……ッ」という恨めしい声には、反応をしなかった。
「連れ出した目的はなんだ、榎本」
寝室を出てすぐだ。誰にも聞かれたくない秘密の話、ということでもないらしい。
ひんやりとした廊下。壁に背を預けて腕を組んだ聖良は、ただの雑談ではないと理解している……、気を抜くタイミングなんてない生活ではあるが。
「アタシは……あると思うのよ――浦川の生存説」
「証拠はあのメモ用紙の筆跡だけだ……空木を贔屓しているように見えるのは、偶然って可能性も高い。まだ数日だ……そういう風に見えても仕方ねえ部分もある。空木と同じように、他にも贔屓されてるように見える奴もいると言えばいる――」
空木シャルルよりは、贔屓の度合いは低く見えるが、それでもいないわけではない。
「悪い扱いを受けていないだけで、贔屓と言うのはどうかと思うけどね……。
今回の木野の闇討ちの件、真っ先に狙われるのは空木だったわ。それを知り、だけどアンタに指示を出したのは、やっぱり自分の手は出せないから――運営側としては行き過ぎた贔屓ではあると自覚しているからだと思うのよね……」
「だが、贔屓だとしたら、確実ではないだろ……。オレが動かない可能性だってあったわけだ。その時は……、久里浜の機転がなければ空木はそのまま殺されていたわけだろ?」
久里浜の対策を知っていて……、加勢として、聖良をあてがった……とも言えた。
「自由に動けないってことね」
「制限がある……? 仮に、浦川が上で見ている【デスゲームマスター】なのだとしても、自由自在になんでもかんでもできる万能な立場ってわけじゃねえ、ってことか」
「うん……堂々と空木を助けられない理由があって、アンタを利用することで助けにいかせることが、今できる最大限の贔屓なのだとしたら――賭けになるのも納得できる」
「…………」
「だから……、浦川は生きていて、このゲームを見ているのよ……そして、この会話も、今もまさに聞いているとか――」
「だとして、どうする。見ているだけで、手助けがほしいと訴えても無理だろ。空木でさえこんなやり方だ――あいつが自由に動けるわけじゃねえってのは、お前が言ったことだぞ」
「明日の対戦カード……いじれるか聞いてみる?」
「……、だが、ここで言った対戦カードが実現したとしても、あいつじゃねえ可能性もある。それ一枚で、浦川の現状を予想するのは無理だ……それに」
浦川大将の最も怖い部分を、聖良は理解していた。
「――浦川は、空木の味方かもしれねえが……オレらの味方とは限らねえ。どっちかと言えば、あいつは敵側に近いだろ……」
浦川大将が死亡した(?)時の状況を考えれば……彼の敵意がどこに向くのかは明白だった。
たとえ、それが彼の志願によるものだったとしても――。
「あいつが志願した、とは言えだ……あいつを満場一致で犠牲者にするために投票したのはオレたちだ。復讐されてもおかしくはねえってことだが……」
「でも、復讐はされてない……見殺しにされてるって部分がそうかもしれないけど……助ける気がないってことが復讐であるとも限らない。単純に手がないだけかもしれないし――」
「あいつは復讐する気がねえんだろ」
「良くも悪くも……空木優先だからね……」
浦川大将は分かりやすい。
だからこそ――、なにが引き金で、どういう行動を起こすのか、すぐに推測できる。
もしも。
空木シャルルが死亡すれば――、彼は。
浦川大将は、どういう行動に出る?
「このまま考えても答えは出ねえよ。あいつが生きていて、このゲームを支配……しているなら――それでもオレたちのやることは変わらねえ。ルールに則り、生き残るしかねえ」
自分の手で……それが最も確実だった。
「……果澄が死んだ時も、なにもしてくれなかった浦川、だからね……」
「どうにもできねえことの方が多いんだろ。とにかくだ……、浦川がいてもいなくても、空木は守った方がいい。空木がいなくなれば、その時こそ、復讐を始めるかもしれねえ。
後先考えねえ自分自身を巻き込む自爆――オレたち諸共全滅させるつもりかもな。――だから、オレたちの生命線は、空木だ」
「……アタシたちが、空木を贔屓しろってこと?」
「死にたくなければな。その方が生き残れる可能性が高い――」
「なによそれ……、周りが信じると思う? 絶対に反感を買うでしょ……」
「だから周りには言わねえよ。説明はなしだ……、したところで混乱させるだけだろうからな。湧いて出る多い注文に、上にいる浦川が苛立ったら最悪だ。
制限があるとは言え、ある程度のことならできるあいつを不機嫌にさせたら、今度こそなにが起こるか分からねえからな……問題は起こしたくねえよ。……お前が守れ、榎本」
「……いいけど、手が届かないところにいかれたら無理なんだけど……」
別行動を許さないことで管理できるが、しかし、一日一試合だけは、別だ。
扉を隔てて、舞台に立ってしまえば、空木シャルルを守ることはできない。
「……明日の対戦カードに選出されないことを祈るしかねえな――」
〇
翌日――四日目。
生活にも随分と慣れてきたが、この時ばかりは、やはり緊張感がある。
対戦カードが発表された。
「それでは、本日の対戦カードはこちらになります」
久里浜
――開戦。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます