第41話 闇討ち【後編】
「俺はお前を蹴落とすぞ……これから先も――。今の内に、始末しておいた方がいいと思うけどな……、しないのか? その手にはナイフがあって、簡単に殺せる状況でありながら!」
「ッ、聞かないで! ダメよ、シャルル!!」
ナイフを握り締めたシャルルは――、
「ううん、刺さないよ」
「……なんでだよ」
「みんなで脱出することを、まだ諦めたわけじゃないから」
「……まだ、そんなことを言ってるのか……。叶いもしない理想論を掲げてさ……、そんなものは邪魔でしかない! どうしたってクラスメイトは削られていく!! 全員が助かる道は、この先ないんだよッッ!!」
「それを理由に殺し合いをするの? みんなで助かる道を捨てるのは、もったいない気がするけど……」
奇跡が起きるかもしれない……シャルルは本気で、その僅かな可能性を信じている。
「今いるみんなが揃って脱出できるかもしれないなら……最後まで可能性を捨てないために、理想を掲げ続ける必要があると思う――だって、願うのはタダなんだから……」
理想を切り捨てる理由がないから。
一つのプランとして持っておくことは、悪いことなのか?
「――おい、騒がしいな、なんだよこれ……これがあるから呼び出したのか?」
「聖良……くん……? え、夜這い……?」
「違ェよ。差出人不明のメモ書きを見つけたんだが……、この部屋にこいってよぉ。誰だ――まあ誰でもいいか。この状況は……なるほど、なんとなく読めたぜ。失敗したな、木野」
最低限のマナーを守るつもりなのか、顔は出したものの部屋には入ってこない。
入る必要がないと言えばそうだが……。
「アンタ、知ってたの……? 木野が夜這い……いいえ、空木を殺しにいくことを……――というか、もしかしてアンタが指示を出した……?」
「指示はしてねえが、好きにしろ、とは言ったな……止めはしねえって意味だが。オレは仲間内に殺し合いを勧めはしねえが止めもしねえよ。当人同士でやればいいと思ってる……周りを巻き込むなら考えるがな。
まあ、食糧不足の今、こうなることは予想できたが……、木野の事情は知らねえが、食糧に余裕を作るため、他で似たようなことが起こるかもしれねえ――そうなったら、止めたくても無理だろうな」
木野の行動が引き金となり、今後、仲間内での殺し合い、裏切り、闇討ちが増えていくかもしれない――個人の行動に制限がなくなっていけば、聖良でも止められなくなる。
「どうするつもりなのよ、リーダー」
「木野のことか?」
「含めて。闇討ちした実行犯を……どうするかって話よ」
「全員でリンチにしてもいいが、縛って持っておくのも手ではあるな……――木野が言うには、天死の行動が気になるらしい。なにをしてくるか分からねえ以上は、囮でも実験体でもいいが、使える人材を一人や二人、持っておいても損はねえだろ」
「おい、聖良……お前――」
組み伏せられた木野が、裏切り者を見る目で聖良を睨む。
独断行動をして失敗し、捕まったのは木野だ……自業自得である。それを助けるほど、聖良は木野に価値を見出してはいなかった。
いれば使う……いなければ別の誰かを空いた穴に埋めるだけ……その程度の関係性だ。
デスゲームによって変わった関係性、ではなく……元より、そんなものなのだ。
「闇討ちが成功しようが失敗しようが、こうなることは目に見えてたはずだがな……どうせお前は処分されるか、監禁されるか……、闇討ちを決行した時点でお前に戻る居場所はない」
「それが分かってて、いかせたな……?」
「分からないわけがねえと思ったが……。
まあ、実行したのはお前の判断だろ――責任は自分で取れよ」
その後、聖良が木野を見ることはなかった。
「木野は任せる――提案はしたぞ、生かすも殺すも好きにしろ」
聖良の視線はナイフを握るシャルルへ向いた。
あっ、と気づいたシャルルがナイフを聖良に返す……もちろん、刃は自分側に向けて。
「……違ぇよ。あと、そうやって持つな。今だけは自分に刃を向けるんじゃねえ。オレがこのままそのナイフを押し込めば、刃がお前を突き刺すんだぞ?」
「でも……、聖良くんはしないじゃん」
「気分次第だな」
「違うよね? 状況次第、でしょ? ……自分を悪く見せなくていいのに……」
「うるせえ。じゃなくてだな、空木――聞きたいことがある」
「なに?」
「お前は……スパイか?」
彼女が握っていたナイフの刃が、聖良に向いた……。
それが答え――かと思ったが……。
「……? 違うよ。天死ちゃんと関わりがあるのかってことなら、やっぱり違う――クラスメイトを危険な目に遭わせるようなこと、あたしはしないよ」
「それこそ、スパイだからこそ言ってるだけもしれないんだがな……」
刃の向きが変わったのは、単純に、聖良の言いつけを守った結果のようだ。
質問するタイミングが悪かったのは、聖良のミスである。
もしも聖良が指摘した通りにスパイだった場合……、あのまま刺されていた可能性もある。
「天死は、お前を優遇しているように見える……、木野からの報告によれば、お前は天死に救われたらしいじゃねえか」
「それは……、天死ちゃんが言ってたけど、面白さのため……らしいよ」
「デスゲーム中なのに、殺し合いを止めることが面白さに繋がる、か……まあ、完全否定することでもねえのか。だが……なんだか、天死がお前のことを優遇し、庇っているように見えるんだよな……。それはお前と天死が裏で繋がっているから、なんじゃねえのか……?」
空木シャルルだけが、確実に脱出できると、保証されているとすれば……。
「安全地帯にいるからこそ、お前は理想を掲げられるんじゃねえのか?」
違うか、空木?
――聖良の疑う目がシャルルを射抜く。
「……同じだよ。あたしもみんなと同じで、贔屓なんてされてない」
「…………」
「あたしはそう思ってるの。
でも、天死ちゃんがどう考えているかまでは、さすがに分からないよ……」
「……フン、天死がお前を優遇しているとして、お前にそれが知らされていなければ把握はできねえってことか……まあそりゃそうか。天死の特別扱いを、お前が自覚していなければどうしようもねえ――お前は『周りと同じだ』、としか認識できねえわけだからな」
「贔屓されてないと思うよ? だって、あたしである理由が分からないもん。あたしを贔屓して、どうするの? あたしを特別扱いして、庇って、助けて――、あたしが天死ちゃんに返せるものなんてなにもないのに……」
受け取ってばかりで。
――なにも返せない。
その関係性はまるで――、シャルルが自覚している、浦川との関係ではないか?
「……あたしを贔屓しても、面白さに繋がらないと思うよ?」
「だろうなあ……だけど、個人的な事情でしかない理由があれば、話は変わってくる――」
「??」
シャルルは気づけない……当然だ。
聖良以外、誰も想定していなかった可能性なのだから。
「あまりにも、あっさりと退場したな、とは思っていたんだ……デスゲームだからだと言われてしまえばそういうもんかと思うが、それにしたって――『あいつ』の覚悟の上だとしても、淡泊だ。だからずっと違和感があったんだよな……だけど『この』可能性は、ないわけじゃねえ」
「聖良くん……?」
「このゲーム…………、浦川が一枚、噛んでたんじゃねえか?」
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