第40話 闇討ち【前編】


「……ばれてなかったよな?」


「おかえりなさい、マスター。

 ……私になりきれていましたよ……ただ――いえ、たぶん大丈夫だと思います」


「いや、今のは心配するだろ……」


「ほんとに大丈夫です! ……一つ、言うとすれば、マスターの方がゲームマスター『らしい』感じがしたんですよね……。私の方にダメな部分があると思いますし、自覚しているんですよ……だからその、ダメじゃなかったので、それが逆に私じゃないというか……」


「難しいな……適度に抜けているところがあった方が良かったのか……」


 とは言え、加減を間違えれば一発でばれてしまいそうな綱渡りになってしまうだろう。

 そのハイリスクを負うくらいなら、完璧な天死を演じた方がまだばれにくい。

 結果、浦川のなりすましは、失敗ではなかった――。


「ふう……やっと自分の体に戻れた……」


 一気に肩の荷が下りたようだった。


「お疲れ様です」

「戻ってきて早速だけど、木野の動向を追う――」


「木野様が、シャルル様を襲うかもしれないからですか?」

「ああ……。ないとは思うが、それでも要注意人物だ」


「……このマスターの行動に、視聴者は満足するでしょうか。八百万の神々が、退屈だ、つまらないと言えば、マスターを変えなければいけなくなってしまいます……。今のところ、その声は少ないようですが……しかし実際に、少ない意見はあるようです」


 天死の元には神々の要求が届いている。その全てに応える必要はないが、無視しても視聴者数が減っていくだけだ……応えた方が、良くなるというのも事実――。


「一人の参加者を贔屓し過ぎている、という意見が多いですね……このまま露骨になっていけば、シャルル様が過酷な状況へと追いやられる可能性がありますけど……。

 彼女のことを思うなら、平等に扱った方がいいと思います……マスター……?」


「分かってる。だからお前に化けて止めるのは、これで最後だ……。

 それに、戻ってくる時に、一つの仕込みはしておいたよ――あれがどう活きるか、だな」


「たった一枚のメモ書き、ですか……」


「信じるしかないな」



 深夜である。


 食糧が少ない分、一人あたりの分量は減ることになる……、もちろん、満腹になるはずもなく、空腹を紛らわせるために早く眠ることになった――意外と、なにもしていなくとも疲弊はしているので、横になってしまえば眠ることができる。不眠に悩まされないだけまだマシなのだろう……これが今後、どうなるかは分からないが。


(……意外と熟睡できるから、こうして夜這い……目的は違うけど――が、簡単にできるわけだな。試合外での殺し……それって本当に、なるべくしてほしくないことなのか?)


 トイレにいくフリをして寝室から出た木野が向かったのは、拠点を挟んだ反対側の隣室――そう、女子の寝室だ。


(デスゲームらしくない。あの天死は、もしかしたらゲームマスターとは別で動いているのかもしれないな……、俺の知ったことではないけど)


 最も睡眠が深いであろう時間帯だ。そっと、木野が扉を開ける。


 建て付けの悪さで音を心配したが、少し浮かせてずらすことで、音は最小限にできる。


(さて、女子部屋に忍び込めた……そして俺が犯人であることを隠すつもりもないから、悲鳴を考慮する必要もない……。このナイフで、一突きだ――これで空木を始末する)


 校舎内を探索すれば、簡単に入手することができるナイフだ。

 木野だけが特別ではない……誰でも入手できるものであり、実際に自衛のために懐に隠している生徒がいてもおかしくはない。

 だが……それを『使う』となると、できる人数も限られてしまうだろう。


 防衛のために使えても、殺人のために使えるかどうかは別の話だ。


(抵抗がない……それに一番、驚いてるな……。自分が助かるためならこういうこともできてしまえる――本当の自分が出てきたか……意外と嫌いじゃないんだよな――)


 部屋の中は真っ暗だった。

 ただ、カーテンを閉めても隙間から漏れている月の光で、薄っすらとは見えている……、全員が掛け布団を深く被ってしまえば分からないが、しかし目標の相手は目立つ色の髪をしているので、よく分かる。


 目元まで覆ってはいるが、その綺麗な金色の髪は誤魔化せない。


(その金髪を恨むんだな……空木。寝相が悪くてずれたのかもしれないが、そこにいるってことはすぐに分かるよ……。

 勘違いするなよ、逆恨みじゃない。フラれたから――じゃない。それはついでだ。本命は、天死と繋がっているかもしれないから――天死が、お前に目を付けたかもしれないなら、ここで排除しておく……それが、俺が生きてここを脱出するために必要なことだ。

 その可能性が高いのなら、やっておくべきなんだ)


 やって損はない。それだけで動くことができる。

 その判断と行動力を発揮させたのは、この異常な環境のせいだ。


 ……デスゲーム開始から三日が経ち、人間性も壊れ始めている……。


(どうせじきに崩壊するクラスなんだから、今更……人間関係や信頼関係を気にする必要もない……だろ?)


 壊れるものなら、壊れてしまって構わない。

 だから――、


(浦川が待っているはずだ……、すぐに向こうへ送ってやる)


 そして。


 息を潜めた木野が、ナイフを振り下ろした。




「はずれよ、ばーかっ」


「!? おまえ、は……久里浜!?!?」


 ナイフが枕を突き刺した。当然、そこにはもう誰もおらず……、起き上がった久里浜が、木野の横顔を容赦なく蹴り飛ばした。


 油断していた彼の体は、女子の蹴りにもかかわらず重く入ったようで……、倒れた木野は、すぐには起き上がれなかった。


 刺さったままだったナイフは回収された。本物のシャルルに。

 そして、久里浜の頭から金色が剥がされた――。


「文化祭で使ったのかもね……金髪のウィッグ――明るい部屋なら違いが分かると思うけど、薄暗い部屋でなら、シャルルの自慢の金髪とウィッグの金色の違いなんて分からないでしょ――だからわたしとシャルルを見間違えるのよ」


 蹲る木野の姿が鮮明に見える。

 物音に気付いた女子が、部屋の明かりを点けたのだ。


「罠、か……クソッ!」

「木野くん……危ないよ、こんなものを持ってくるなんて……」


 シャルルの手にはナイフ。

 木野の武器が、シャルルの手に渡った。


「空木……っ!」


「久里浜ちゃんが必死になって言うから、半信半疑で入れ替わってみれば、まさか本当にくるなんて……。さすがに、これで殺すつもりはなかった、なんて言わないよね? ううん、責めたりしないよ? だって今はデスゲーム中だもん、仲間割れをするように仕組まれているんだから……木野くんの判断は間違いじゃないし、責められることじゃないの――でも」


「でも……なんだよ」


「これで全員を敵に回したね。

 でも……皮肉なものだよね、この行動が一番、たいしょーらしいと思うの」


「……そう言われると、浦川って――もしも生きていたら、油断もできないやばい奴じゃないか。……闇討ちが最初から選択肢に入っているとかさ……、こっちは必要に迫られてやっただけなんだぞ……?」


「たいしょーだってそうだよ。必要に迫られたらやる。必要ならすぐにでも……。

 たぶん、みんなよりも悩む時間が少ないだけで、平気でできるわけじゃないよ……たいしょーを誤解しないで」


「誤解……なのか?」


 部屋の電気が点いたことで、熟睡していた女子たちが目を覚まし始める……。寝ぼけていたが、次第に状況を理解し始めた生徒は手を出しこそしないが、臨戦態勢は整え終えていた――だからすぐに行動に移すことができた。


「――みんなっ、木野くんを取り押さえて!」

「よし任せろ!」

「はぁーい。……惜しかったわねえ、木野ちゃん」

「戸田……ッ、モカ……ッ!!」


「暴れないでねえ。男子に力では勝てないから数で勝負するわあ……それでも勝てない場合は骨を折るから――暴れない方がいいわよお?」


 モカが言うなら本気なのだろう……暴れたら、腕の一本、二本は折られる……冗談ではなく。

 現に今、少しでも力を入れれば折ることができる体勢に追い詰められているのだ。


「クソ……ッ」


「ちなみに、アンタに気がある子はあらかじめ縛っておいたから。助けを求めても意味ないわよ……まあ、野放しにしても機能していたかどうかは怪しいものだけど」


「榎本……」

「果澄もいるわよ」


 上から押さえつけられ、布団の上ではなく硬く冷たい床に頬がくっついている……。

 そんな木野の眼前には、倒れてきた白骨模型の頭部があり――、


「うぉっ!?」


「果澄が抱きしめてくれるって……それがそのまま拘束具になるわ」


「だから逃がさないから、木野――」


 久里浜が仁王立ちで、木野を見下した。


 ……どうやら、この場で木野を殺すつもりはないようだ。

 ――甘い、と、木野の焦りが消え、頭の中が冷たくなっていく。


「…………空木、そのナイフで、刺せばいいだろ……」

「え?」

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