第39話 前哨戦【後編】

 教室に戻った木野は、すぐに聖良に報告した――フラれた、とはもちろん言わない。


「聖良」

「ん? 木野か……なんだよ、探索中に報告しにくるってことは、なにか見つけたのか?」


「空木のことだ――あれは、殺した方がいいな」


 予想もしていなかった答えだが、聖良は顔には出さなかった。


「……理由は?」

「天死と繋がっている可能性がある」


「詳しく」


「空木の後ろに天死がいた……裏で繋がっていれば、あいつだけは生還が保証されている可能性がある。やろうと思えば、別の誰かを脱落させることも簡単にできるかもしれない……俺やお前が対象になる可能性も、0ではないはずだ――」


「牙を剥けば、それこそこっちが返り討ちに遭う可能性もあるだろ」


「かもな……だけど、そこまでの繋がりは薄いように見えた。深い繋がりはまだない……だが、それも時間の問題だろうと思う――やるなら、今だ」


「試合外で殺せってことか。確かに、あいつが掲げる理想論は、希望よりも鬱陶しい絶望を与えてる……。全体の士気に関わるからな……いない方がスムーズに事が運ぶ。

 だが、いないと、それはそれで空気が死ぬぞ」


「そんなものはモカと戸田に任せておけばいい……空木ほどでなくとも盛り上げられるだろ」


「別に、止めるつもりもねえし、許可を取る必要もねえよ。やりたければやればいい――それとも、オレが手を貸さないといけねえことか?」


「いや……確認だ。

 お前の中で、空木をゲームクリアのための勘定に入れていたら消すのはまずいだろ?」


「そういうことか……入れてねえから大丈夫だ。ただ、試合外で殺人をするとなれば、停滞していた空気が一変するぞ……デスゲームらしくなってくる。……いいのかよ」


「どうせリミットはすぐそこだろ? 人がばたばたと死んでくれた方が生き残りやすい」


「それ、お前が生き残る前提で話を進めてんじゃねえか」


「それはそうだろ……俺は生き残るぞ。……帰るんだ、こんな場所で死んでたまるか――」


 全員が同じ気持ちだ。

 自分だけは絶対に――その感情は、時間が経てば経つほどに強くなってくる。



 その後、散り散りになって探索していたメンバーが戻ってきた。

 全員が暗い顔をしているので、収穫は……言わずもがなだ。


「……一日、手分けして探しても食糧は見つからなかった――か。

 こりゃ隠されたよりも処分されたって方が濃厚だな。探すだけ無駄な行動だ」


「……どうするのよ。食糧、限られてるけど……」


「今ある中でやりくりするしかねえだろ。そういう計算は、作る側のお前じゃねえと分からねえはずだ……榎本、お前に任せる」


 聖良は椅子に座り、大股を開いて王様のようだ。……実際、クラスをまとめ、どこへ向かうべきなのか決めているのだから、これくらいは許すべきなのだが……。


 批判の的になることを覚悟し、誰の意見も聞かずに自分で判断して決定している――その責任は全て自分が負うことも約束して、だ。


 それでも、王様であってもそれ以前に友達であり、人と人だ……最低限の礼儀くらいはしてほしいものだった。


「……お願いする態度じゃないのよね……アンタの分だけ少なくしてあげようか?」

「好きにしろよ。怪我人が増えるだけだぞ?」


「力づくで奪う気満々ね……。分かったわよ、多くするから機嫌を直して」


「普通でいい。他の奴と差を作るな……お前も、必要以上に味見をして、自分の分をちょろまかすんじゃねえぞ? 一人だけ太っていったら、犯人の特定は簡単だからな」


「そんないやしいことするわけないでしょ!!」


 ならいいがな、と聖良は疑っているような口ぶりだが、本当に榎本が食糧を盗み食いするとは思っていないだろう……彼なりの不器用なコミュニケーションである。


 彼に近い人間にしか分からなかったことが、こうして共同生活を送ることで、段々と周知されていっている……、彼が支配者として君臨しているのは、裏切り者が出ないためだ。


 彼の恐怖政治を、心底嫌だと思っている生徒は少ないのだ。

 誰もやりたがらない責任感が重い役目だ……彼でないとできないことである。



「――木野」


「久里浜か……なに」


 全員が、拠点である三年二組に戻ってきたということは、当然、木野と久里浜も再会することになる。


「……シャルルになにをした」


「聞いていないのか? ただの口喧嘩だよ……ちょっとデリケートな部分に踏み込み過ぎたんだ……。空木にとって、浦川は絶対に消えない大きな存在になっていたようだね……、あの穴を埋めることは、誰にもできないって分かったさ」


「……あなた、やっぱり告白を――」


「したよ。でもダメだった……、一定以上、踏み込むには、浦川という壁を越える必要がある。だけど、空木のために自分の命まで犠牲にした男を越えるなんて、不可能だよ……。自分のために死んでくれるのか? なんてお願い、素直に頷ける男はいない。頷いたら、それはそれで正解ではないし……空木も、実際、命を簡単に投げ出す男じゃ無理だって言っていたんだ。……空木をどうこうできることはない。それが分かっただけでも収穫はあったさ」


「……シャルルの傷は、まだ癒えていないのよ……。少なくとも、このゲーム中は、誰になびくともないでしょうね……。たとえ木野が相手でも、さ……」


「だろうな。だから空木を気にかけることは、もうやめたよ。

 久里浜も、もう俺を敵視する必要はない」


「そこまではっきりと敵視していたわけじゃないけど……まあ、これ以上、シャルルに近づかないなら、私もあなたにちょっかいをかけるつもりはない――」


「安心していいよ、君が危惧していることはもう起こらない……捕まえる気もないからね」


「…………」


「――デスゲームを進めよう。

 ルールに則ってクリアを目指した方が、遠いようで一番、近道なのかもしれないからね」



 久里浜は、素直に喜べなかった。

 木野がシャルルを諦めたのは、良いことのはずなのに……。まだ見落としがあるのではないかと、探るように彼を監視してしまう。


(……フラれたのに、どうしてこうも清々しくいられるの?

 シャルルに執着していた時よりも、吹っ切れて、新しい目標を見つけたみたいな今の木野は……、以前よりも怖くて、不気味――)


「榎本、なにか手伝うことはある?」

「余計なことはしないで。座ってていいから。暇なら女の子の相手をしていなさいよ、モテ男」


「他の男子を刺激するからあまりしたくはないけど……分かったよ。

 精神こころのケアもした方がいいのは事実だし……相手しておくよ」


「木野」

「ん? なんだ、やっぱり手伝う? 野菜を切るくらいならできると思うけど」


「楽しそうね」

「そう? 楽しくはないけど……でも、一つの大きな腫瘍がなくなった気分だ」


 シャルルとのことだろう……だが、それを『腫瘍』と表現したところは、久里浜からすれば指摘したい部分だったが。


「ふうん。ま、調子に乗って失敗をしないことね」

「忠告、胸に刻んでおくよ――心配してくれてありがとう。頬にキスでもしようか?」


「キモイ。そういう失敗をすんなって言ってんのよ――調子に乗るな」

「冗談だよ。じゃあ俺は女の子のところにいくけど……いいの?」


「早くいけ」

「嫉妬しないの?」

「死ね」


「さて、先にそうなるのは……どっちだろうね?」

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