第38話 前哨戦【前編】
「けほ、こほっ……! はぁ、はぁ……てん、し、ちゃん……?」
「邪魔をするのかよ、天死」
「試合外での殺人は禁止、されてはいませんけど、できればしてほしくないというのがこちらの事情です……、ここらへんでお引き取り願えますか?」
「その鎌を首元に突きつけておいて、『お引き取り』を『願う』……? 一択じゃないか」
「理解しているなら話が早いです」
「天死ちゃん……」
シャルルは言葉にできない違和感を抱いていた。
だけど感覚的なことであり、確証はないから――なんとも言えなかった。
「空木様はこちらで介抱しますので。
あなたはこちらに向かってくる久里浜様の対応を考えた方がよろしいかと」
「……なんだ、もう戻ってきているのか……いや、時間をかけ過ぎたな……」
「言い訳に自信がなければ、こちらも話を合わせることもできますが――」
「いらないよ。それにしても運営側が贔屓するとはね……格が下がった気分だよ」
「こちらは面白さを重視していますから」
「そうかい、必要なことだった、と……? まあ、禁止でなければペナルティもないのだろう? それならやめてもいいかな――」
木野の視線は、天死の背後――シャルルへ向いた。
「空木。もしも試合で当たれば……容赦はしない、覚えておけよ」
「…………」
居心地が悪くなった、わけではないだろうが、木野が立ち去った。
――数秒の静寂の後、鎌を担いだ天死に、シャルルが声をかける。
……理由はどうあれ、助けてもらったのだ――恩人には、言うべきことがある。
「あの……ありが、」
「こちらは運営ですから。視聴者が面白くない、と思われる展開は避けたいわけです。それだけ、ですので……私があなたたちの味方であるとは勘違いしないように――」
「そうなんだね……それでも、助けられたのは事実だし、ありがとう……」
「……どういたしまして」
その時、たたたっ、と廊下から足音がして、部屋に飛び込んできたのは、久里浜だった。
彼女の手にはフェルト人形が握られている……無事、矢藤が見つかったようだ。
「いたっ、シャルルちゃん!! ――と、天死!?」
「久里浜ちゃ……って、びしょびしょだね!?」
「そんなことより!! 木野は!?」
「木野くんは先に戻ったよ……えっと……ちょっとね、喧嘩しちゃった……っ」
「なにもされてない!? 触ってみた感じ、怪我はなさそうだけど……」
首は絞められたけど、見て分かる痕は残っていないようだった。
ぺたぺた、と久里浜に触られるが、不思議と嫌ではなかった。
「口喧嘩だから……気にしないで」
「気にするよ! シャルルちゃんは友達なんだからっ!」
「わっ……!? ……その、濡れた制服で抱き着かれると……」
「あ、ごめん……」
「ううん、濡れてるけど、びしょ濡れではないし……大丈夫だよ。
もしかして矢藤くん、プールにいたの?」
プールの底に沈められていた、と言うべきか迷った。木野の仕業ではあるだろうけど、証拠はないし……、決めつけてクラスメイトを悪く言うことをシャルルは良しとしないだろう。
シャルルと二人きりになるため、という明確な理由があるとは言え……、木野に追及しても簡単に逃れられる弱い理由だった。
だから……伝え方に困った。
「それが……」
「あの……これ、着替えですけど、使いますか?」
天死が差し出したのは、久里浜の濡れた制服の代わりとなる、新しい制服だ。サイズは合っているはずだ……、合っていなくとも大きめのサイズを持ってきているから――多少ぶかぶかになるだけで、入らないということはないだろう。
「…………貰っておく」
多少渇いているとは言え、やはり不快だった。天死の出現には戸惑ったものの、新しい制服を持ってきてくれたのなら、警戒するべきではない――いや。
たったそれだけのために、天死が降りてくるか?
「……なんで天死がいるの……」
「喧嘩の仲裁に」
「……天死がわざわざ? やっぱり、ただの口喧嘩じゃないじゃない……ッ!」
天死の失言に、シャルルが、じとーと、非難の目を向ける。
天死はどこ吹く風で、シャルルの視線には気づかないフリだ。
「……ねえ、なにを言われたの?
傷ついてなさそうだから良かったけど……、言われたことを教えて。内容によってはあいつ、絶対に許さないわ……! もう既に、許さないことは決まってるけど」
「……たいしょーのことを、ちょっとね」
「…………」
天死は口を挟まなかった。
「陰口?」
「似たようなものかな。だからあたしも、カッとなっちゃって。それくらいのことだよ」
「言い合いの、喧嘩になったの……? その後、木野は素直に引き下がったの? 聖良くんみたいに分かりやすい怒りをぶつけてくれればいいのに……、木野みたいな、中途半端に冷静だと、長い目で嫌がらせをしてきそうだから質が悪いのよね……」
「それは言い過ぎじゃ……」
「言い過ぎじゃないと思う」
実際、木野と決裂したシャルルも同じようなことを思っていた。容赦はしない、と最後に捨て台詞を吐いていったが……あれは試合で当たれば、という意味だ。
当たらなければ、恐らくみんなの目に見えるような分かりやすい攻撃はしてこないはず……、水面下で、シャルルにしか分からないような嫌がらせが連続することもあり得るのだ……。
質が悪いというのは、予想ができる。
久里浜の評価は、言い過ぎではない。
「では、私は戻りますので」
翼が広がった。
「あっ、天死ちゃ」
「――天死」
と、シャルルの呼びかけを遮ったのは、久里浜だ。
「……なんでしょう」
「次の対戦カード、わたしと木野にして」
「久里浜ちゃん!?」
「できるでしょう? あなたではなく、ゲームマスターが決めているんだっけ? だったら、あなたが持ち帰って、伝えておいて。
絶対に盛り上がる試合にするから……面白ければいいんでしょう?」
「……彼を、殺すおつもりで?」
「変な質問をするのね。デスゲームでしょう? 殺すことを疑問に思うの、天死が?」
「…………」
違和感のはずだが、しかし久里浜は気にしなかったようだ。
……この天死がデスゲームに向いていないのは、久里浜も勘付いているのかもしれない。
「殺した方がいい。あれは、生きていたら女を不幸にするクズ野郎よ」
「……伝えておきます。ですが、お望み通りに反映するとは限りませんので」
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