第37話 告白【後編】
動画が始まった。
カメラが移動すると、見知った顔がいた――空木シャルルだ。
去年の自分を見て、恥ずかしそうに顔を伏せたシャルルだったが、恐らくは撮影者だろう――その声が聞こえてきて、照れがなくなった。
食い入るように動画を見ている……否、聞いている。
『おい、浦川……空木ばっかりを撮るな』
『いや、平等にみんなを撮ってますよ……たまたま平等に撮っている途中で、シャルルにレンズを向けている一瞬を先生が見ているだけです』
『そうか? いや、さっきからずっと、レンズが空木を追っているんだが……』
『距離がありますからね、撮影したいところに、大雑把にレンズを向けています。シャルルに向けているように見えていますけど、他の生徒のことを撮っているんですよ……。
毎回毎回、シャルルばかりを見ているわけじゃないんですよ……。ちなみにですけど、先生。この映像、あとで貰えますよね?』
『家族用と学校用を混同させるな、まったく……、妹を可愛がる気持ちも分からないでもないが、あまり贔屓はするなよ……みんなを平等に見てやれ』
『それは無理な相談ですね。二十四時間、一緒にいる相手ですよ? 自然と贔屓してしまうのは当然じゃないですか』
『お前の場合は自覚的に、わざと贔屓してるだろ。それ、敵を作りやすいからな? 浦川じゃなく、空木の敵も増えることになる……』
『シャルルの敵は俺が排除します』
『それがダメなんだろうが。お前な……もっと他にも目を向けてみろ、空木というフィルターを通してしか、周りを見れていないんじゃないか? 空木にどう影響するか、それだけを考えて周りと仲良くするか、敵対するかを選んでいる節がある……お前が損をするだけだぞ?』
『こっちはこっちで、上手くやってますけどね……』
『教師は心配になるんだよ。お前みたいに、感情よりも損得で動く生徒は――』
『…………』
『空木が大切だからこそ、空木が損をするか得をするか――感情を失くして行動できる。説得しやすいが、簡単にどちらにも転ぶところは危ういよ、お前は……。
浦川は、空木のためなら自分の命もあっさりと差し出しそうな感じがするんだよな……』
今考えれば、教師の人を見る目は確かだったようだ。
去年の時点で、当然、デスゲームに巻き込まれることなど、誰も予想できない。
『さすがにそれは……ないですよ。俺、別に怖いもの知らずじゃないですからね?』
『それはそうかもしれないが――。反射的に動いて、その行動を途中でやめたりしないだろう? お前はいくところまでいく気がする……、たとえ進んだ先が「死ぬ」ことであったとしても、きっとお前は止まらない――やると決めたらやる。
それは必ずしも、「美点」になるわけではないからな?』
『あ。先生、そろそろ出なきゃいけな種目なので、撮影、任せてもいいですか?』
『ああ……競技が終わったらすぐに戻ってこい。空木の――って、もういったのか……しかも、うわぁ……真っ直ぐ集合場所へ向かえばいいものを、まず空木のところへいくのか……。相変わらず妹バカだな――。
さて、こんな会話を残すわけにはいかないな……あとで誰が見るか分かったものじゃない。……面白くもない雑談だが、一応はカットしておかないとな……ボツにした映像は……まあ、分けておけばいいか――』
映像が激しくぶれる。
録画中のまま、教師がカメラを雑に持って、歩き始めたのだろう。
『……あいつが卒業した時……それとも結婚した時か? こんなことも言っていた、なんて笑い話になればいいけどな――』
映像はここで途切れている。
次に再生された映像は教師が撮影した映像で――浦川は登場していない。
それが分かって、シャルルは映像を停止させた。
「……そう言えば、撮影係をやってたね、たいしょーは……」
「なにが怖いもの知らず、だよ……お前……死んでるじゃん」
「…………」
「空木を守るために自分を犠牲にするなんて……結局、お前に空木を守ることは、最初からできなかったってことなんだよ――浦川」
「ねえ」
と、シャルルの顔が木野に近づいた。
だけど甘酸っぱい雰囲気は一切なく、そこにあるのは、刺々しさだ。
「たいしょーを、バカにしてる?」
「バカにしてるわけじゃない。俺ならもっと上手くやれた、と挑発してるだけだよ。……この挑発に乗ってくれても、浦川が戻ってくるわけじゃないけど――」
すると、木野の手が、シャルルの手に伸びた。指が触れ、シャルルが引っ込める前に、木野の手は逃がさないとばかりにシャルルの手を捕まえた。
「空木……、俺は、浦川みたいにいなくなることはないと……誓うよ……。ずっと、君の傍にいる。あいつの意志は俺が受け継ぎ、やり残したことを俺がやり遂げる――だから空木。
俺が浦川大将の代わりになる――君が好きだ。君を、俺にくれないか――?」
「木野くん……」
「答えに困るのは分かる……だからすぐでなくてもいい……考えておいてほしい。こんな状況でこんなことを言うのは卑怯だと思っているけど、空木のことを、守りたいんだ……。
脱出したら、なんてことは言いたくない。生きている今この時、君の傍にいたい――浦川がいた場所に、俺も立ちたいんだ……っ」
浦川大将がいない今、ぽっかりと空いた穴を埋めるには、今この瞬間しかない。
「――君を、守れる」
そのためならば……。
「たとえ、相手が、聖良だとしても――」
「なら、自分を殺せる?」
「え?」
「あたしを守るために、自分を殺せるの?」
「…………」
「それができないなら、たいしょーの代わりなんて……一生無理だよ」
「それは……――でもっ、浦川は死んだっ、それで君を守れなくなっているなら、あの時に自分自身を犠牲にしたのは失敗だったじゃないか!!
俺はそんな失敗はしない……っ、ずっと傍にいて、君を守り続けると誓うよ――そのためには、絶対に自分だけは犠牲にしてはいけないんだ!!」
「……意志は受け継げるって、木野くんも言ってたよ……たいしょーから意志を受け継いだ、だったら木野くんの意志も、誰かが受け継いでくれるはずだよ――。自分がいなくなった後のことはなんとかなる。だから絶対に死んじゃダメなんてことはないの……」
「……空木?」
木野は違和感を見た。
空木シャルルは、普段と変わらない表情と口調で、だけど――言葉は鋭利だった。
歪み……。
浦川大将がいることで隠れていた歪みが見えている……いや、彼が死んだことで空木シャルルに歪みができたのかもしれない。
「あたしを守るために、死ぬ覚悟がある人が最低限。だけど……最初から死ぬつもりの人と添い遂げるつもりなんてないの……。絶対に死にたくないと思いながらも、いざその時がくれば自死を選べる人じゃないと……、あたしの隣は、荷が重いと思うよ」
「……それは、遠回しに、断っているのか……?」
「そうだね……少なくとも、木野くんにはたいしょーの代わりは務まらないし――そうじゃなくて、純粋にあたしのことが好きで、告白してくれているなら、それでもやっぱり受け入れられないよ。あたしの中に、空いた穴なんてないの……誰かで埋めようとは思わない」
シャルルは、自分の胸に両手を添えて。
「だってまだ、ここにはたいしょーがいるから」
「…………浦川は、死んだんだ。いい加減、認めたらどうなんだ?」
「みんながそう思っているだけで、あたしの心の中にはいるから……。忘れないことが罪になるの? いなくなった人を見続けることが停滞していることだって思うの? 違うよ、たいしょーは……あたしの勇気、そのものだから。ずっと、一生、彼はあたしの傍にいてくれる」
ぎゅっと、手を握り締めれば、そこには信じた人の温もりが残っている。
「他の誰かで埋めようとは思わないし、埋められない。他の誰かが、代用になるもんかっ。たいしょーは一人しかいないっ。恋愛目的で近づいてきた人に、たいしょーのことを好き勝手に言われたくないッッ!!」
「…………」
「木野くんには無理だよ」
「無理……だって?」
「たいしょーには勝てないよ。顔がいい? 気を遣える? 優しくて、頭が良くて、きっと強いのだろうけど……、でも、それでもたいしょーには勝てないよ。だって、あたしの心はたいしょーに向いているから。今後、絶対に、あなたに好意を向けることはない――」
すぅ、と深呼吸し、良くないものを吐き出した木野の努力を踏みにじったのは、次のシャルルの言葉だった。
「木野くん……あなたがたいしょーの上をいくことはまずないから……――きゃっ!?」
シャルルの片腕を取り、ぐっと上へ持ち上げる。
……シャルルの片足が浮き、たったこれだけで満足には動けなくなる。
「……さっきから黙って聞いていれば、ことごとく、俺のアイデンティティを否定してくれているね……。告白を断られるくらいならまだいい……それも傷つくけどね。それよりもだ――浦川より上にはいけない? 俺の全てに劣るあいつに、俺が負けるって? ……ふざけるな、あらゆるスペックが、あいつよりも俺の方が上なんだよッッ!!」
「……スペックがあっても、あたしにフラれてる」
「なに?」
片足立ちを強制されている中、木野になにをされても抜け出せない状態にもかかわらず、シャルルの攻撃は止まらない。
「もし、たいしょーが告白してくれれば、あたしは頷いた……その差だよ」
「お前……この状況で火に油を注ぐか? 大した精神だ。このままお前のことを――」
「あっ!?」
木野の片手が、シャルルの首に真っ直ぐ伸び――、
「お前を、絞め殺すことだってできるんだぞ? ……試合以外での殺人は、禁止ではないよな? なら、やろうと思えば殺すこともできる……なのに、ここで挑発してどうしたいんだ」
「あ、あたし、のことを、好きだ、って、言ったのに……、もう殺すことを、考えてる……。結局、可愛い顔に釣られただけの、性欲剥き出しの男子、だったって、ことでしょ?
……いるよ、そういう人。これまでたくさん、近づいてきた、有象無象の一人でしかない……。大量生産品の一つとして、木野くんは、加わっただけ――高いスペック? あなたより上なんて、ごまんといるよ」
ぐ、と、無意識に手に力が入る。
シャルルの表情が、苦痛に歪んだ。
「……自分のものにならないなら、いない方がいい……そう考える男も、少なくないぞ」
「うぇ……っ」
「久里浜がくる前に済ませておきたい……矢藤を見つけるのに手間取れば、まだ時間的な猶予はあるか……。だが、あまり長居もしていられないな――最終勧告だ。
俺の女になるか、死ぬか――選べよ、空木シャルル」
僅かな力の強弱でも、喉を絞められれば一気に意識が遠くなってくる。
デスゲーム中でなければ強がることもできるだろうが、この環境でのこの状況は、そのまま殺されてもおかしくはない――見逃す方が、珍しいだろう。
従うべきだった。
だけどシャルルは――、
「あな、たの、おん、なに、……なる――」
「……その目は、なんだよ……ッ」
「――なるのは、死んでもごめん、だねッ!! 死んで、たいしょーと再会できるならそれでもいいのかも……、あたしは、あなたなんかにっ、屈しないっっ!!」
死を実感し、恐怖していても、その目の光は変わらない。
自分が信じた道を真っ直ぐ進む――逆境を跳ねのける強い意志と覚悟があった。
「たいしょーの背中を見てきた……力にも、権力にも、屈しない!! たとえ長い物に巻かれても、決して心だけは負けないッッ――死んでもあなたを呪ってあげるから!!」
「……そうか……なら、やってみろ」
木野が動いた。
その手に、人を殺す力を加える……もう彼に、抵抗はなかった。
彼の瞳から分かるのは――本気、だということだ。
(ごめんね、たいしょー……あたし、死ん、)
「――待てッ!!」
白い羽根が見えた時、既にシャルルと木野は離されていた。木野は壁に叩きつけられ、シャルルは床に尻もちをつく。咳き込むシャルルが見たのは……、……天死――。
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