第36話 告白【前編】


「矢藤ー、いる……?」


 仮に、プールの中、水の底に沈んでいたとしても、今の彼はフェルト人形である……。

 なので二回目の死を迎えることはないと思うが……。


「あっ! もしかして……あれ……?」


 プールに戻った久里浜は、底に沈むフェルト人形を見つけた。連れてきた覚えはなかったけれど、自立できるのだから自由に動き、この場まできた可能性も多いにある。

 ……そうなるとプールに入る二人を覗きにやってきたことになるが……それは後だ。


 今は救出するのが先である。


「あー、もうっ、せっかく着替えたのに――もういいわよ、下着までびしょびしょになってももう知らない!!」


 制服のまま飛び込み、底に沈んでいる矢藤に手を伸ばす……、そこで気づいたが、矢藤の体に小さいが、石がくくりつけられており――意図的に沈められたのだと分かった。


 矢藤が自分でこんなことをするはずがない――……誰かかが……誰だ……?


 小さい石だ……矢藤にはどうすることもできないとしても、久里浜なら簡単に持ち上げることができる。矢藤を石ごと持ち上げ、水面へ――。


「はぁっ、はぁ……はぁ……矢藤、大丈夫……? って、ホワイトボードがないから話せないんだよね……、色々と聞きたいことがあるし、早く文字が書ける場所に――」


 プールから上がった久里浜は、体に張り付く制服が不快になり、脱ぎ捨てる。

 スカートは穿いたまま、上は下着一枚だ。気温が高いのが救いだったか……、濡れても肌寒いとは感じなかった。……感じていれば、シャツは脱がなかったかもしれないが……。


 矢藤にくくりつけられていた石を外す。

 久里浜であれば簡単に解ける固さだった。


 水分を吸って重たくなった人形をブラジャーに挟んで……この際、矢藤に胸の感触が伝わってしまうがどうでも良かった……、彼を沈めた意図が、分かってしまったから――。


「…………やられた……っ」


 プールの底へ沈めたのは、久里浜が辿り着くと思ったからだろう……、矢藤の不在に気づいた久里浜が、プールに戻ることを想定している――実際、そうなったわけだ。


 そして、プールと校舎を繋ぐ扉が施錠されている……、久里浜が潜っている隙に施錠したとしか考えられない……――なぜこんなことを? 目的は一つだ。



「わたしを誘導している内に、シャルルと二人きりになるためなのね……木野ッッ!!」



 下心があってもまずは仲良くなりたいだけ……恋愛はしない。それは、それっぽく聞こえる方便であり、木野の本音ではないと考えれば分かったはずなのだ。


「……シャルルが木野を受け入れるとは思えないけど、でも……浦川くんを失って大きな穴が空いている今のあの子だったら……分からない。

 万が一がある……、ひとまず、埋めるために木野を受け入れるかもしれないし……。そうなってしまえば、ひとまずの対応がいずれ、浦川くんの代わりになってしまうかもしれない……、そうなったら――」


 浦川大将が、いなくなってしまう。

 空木シャルルの中で、上書きされてしまうのではないか……、それは、とても悲しいことだ。


「シャルルには、浦川くん以上の人を作ってほしくない……これはわたしのわがままなんだけど……っっ」


 ガチャガチャ、と何度、ドアノブを捻っても扉は開かない――なら。


 久里浜の視線は、身長以上の高さの柵に向いた。金網なので、よじ登れば越えられないこともない――スカートだし、上半身は下着姿だし……でも、恥ずかしがってもいられない。


 シャルルと木野を二人きりにさせることは、避けなければならないことだ。


 久里浜の手が、金網にかかった。


「っ、こうなったら、下着姿のまま出ていって止めてやる!!」



「あれ? もういくの? 久里浜ちゃんのこと待たないと……」


「それが……矢藤がいなくなったんだ……、だから俺たちも探そう。空木は矢藤がいきそうなところに心当たりとかあったりするか?」


「え、矢藤くんが……? うーん……、さすがに分からない、けど……呼んだら出てくるかな……? 木野くんが探索している最中に、間違えて教室に閉じ込めちゃってたりとか、あり得る? ほら、今の矢藤くんじゃ、教室の扉を開けられないし」


「それは――否定はできないな。近くの教室を確認してみよう」


 シャルルと木野は近くの教室を覗いてみる……その中の一室に、シャルルが興味を持ったようで――……顔を覗かせるだけのつもりが、部屋の中に入ってしまった。


「ここって……プロジェクターだ! 視聴覚室、とは違うみたいだけど……?」


「簡易的なものだね。写真部があったんじゃなかったっけ? 写真も動画も似たようなものだから、映像も取り扱っているのかもな。それをここで鑑賞する……分からないけど、そのための教室なのかもしれない。

 他は……、運動部だったら相手チームの試合を鑑賞したりとか……家庭でも使えるプロジェクターならしっかりとした設備がなくとも使えるし、どの部のもの、ってわけじゃなくて、誰でも使える部屋なのかも――」


 シャルルと木野は使ったことがないのでよく知らなかった。誰でも使える、と大々的に公開されていても、意外と使う人は固定されているのかもしれなかった。


「へー。……じゃあこれ、なにが映るのかな?」


「パソコンのデータが残っていれば見れるだろうけど……ここは偽物の校舎だし、まさかパソコン内のデータまで本物を再現しているわけ――いや、あるね」


 スリープモードになっていたパソコンを操作し、データ内を見る。


「なにがあったの?」


 ノートパソコンを二人で見ているため、必然、距離は近くなる。

 木野は平常心を保つように意識して、シャルルの方は意識するまでもなく平常心だった……その差が、つまりは答えなのだろうけど……。


「……た、たぶん体育祭だ……いや、文化祭もあるね……これは――去年のものだ。その前の年のものもある……そうか、歴代の映像が残っているんだ。

 先生が撮影して、データが残ったままで――」


「ほんとだっ、懐かしいね――去年の文化祭は風船アートがテーマだったから、どのクラスも風船ばっかりで――学校中が風船だらけだったんだよね」


「後始末が大変だったから二度とやりたくないけどね……、きてくれた子供は喜んでくれてたけど……あの笑顔と後始末の大変さは、あまり釣り合わないって気がするよ」


「うん……それは分かる……」


 シャルルでさえ子供の笑顔よりも後始末の大変さの方が記憶に残っているようだ。……大変だった、とは言え、ただの掃除だろう、と思うだろうが、萎んだ風船が地面を覆ってしまっていた。取っても取っても風船が出てきて地面が見えてこないあのエンドレスな後始末は二度としたくない……、冗談ではなく、風船は億、あったのではないだろうか。


 割れたものも含めれば、確実にあったはず――。

 今でも、たまに棚の上に落ちていたりする。


「……今年のテーマはなんだろうね」

「まだ決まっていないと思うよ……、決まっていても、俺たちには分からない――」


「みんなで帰ることができたら」


 シャルルが言った。

 既に、欠員は出ているから……去年のメンバーで、は不可能である。


「……中学最後の文化祭と体育祭、参加したいよね――」


 期待をするのは自由だ。

 それを咎める者はいないだろう。


「うん……そうだね」



 マウスを掴んでいた木野の手を、シャルルの手が覆う。


「ん?」

「去年の映像……見てもいい?」

「いいけど……使い方は分かる?」


 バカにしないでっ、と怒り顔を見られるかと期待した木野だったが……、彼女は困った顔をしていた。そんな顔を見たかったわけではないが、これはこれで可愛いので得だった。


「……分かんない」


「それは……使い方が分からない? それとも使えるかどうかが、まだ自分でも分からない?」


「……あたしがパソコンを使うとね、なぜかフリーズするの。どの子も決まってあたしを狙ったように……。使い方は分かるんだけど、パソコンに嫌われてるのかも……」


 パソコンを『あの子』と呼ぶところは、シャルルらしさが出ている。


「それは……空木のパソコンが偶然、調子が悪いだけだったんじゃ……?

 パソコンも気分屋みたいなところがあるしね……」


「確かに、たいしょーが持ってたパソコン、かなり古いタイプだったかも……っ」


 じゃああたしが悪いんじゃないんだっ、と気を取り直したシャルル……。パソコンの調子が悪いのではなく、きっとシャルルが変なところを押してしまっているから、という可能性の方が高いが……、今言うべきことではないだろう。


 全てを終えてから。

 忘れていなければ、教えてあげればいいだけのことだ。


「じゃあ俺が操作しておくよ――はい、これで見られるよ」

「これは去年の映像?」

「だと思う……うん、去年の体育祭の映像だね」

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