第35話 プール探索【後編】
「……着ろ、とは言ってないんだけどな……提案をしただけだ。
水着、あるだろうけど、着るかどうかは任せる……久里浜にも言ってるからな?」
「え、わたしのことも狙ってるの?」
「ねえよ。……隠れてプールに入るなら今しかないぞ。シャワーとは別で、水浴びしたい人は、聞けば多いと思うしな……。水着だって多くはない。先着順で、二人はもう、入れることは確定したわけだ……このチャンスを棒に振るかどうかはご自由に」
ここ数日は、簡易的なシャワーしか浴びていない……全身浸かる、なんてことはしておらず、たとえ冷水でも飛び込みたいという衝動は小さくない。溜まったストレスもある……、手足を伸ばして誰の目も気にせず水中に潜りたい欲望は、かなり強かった。
チャンスは今しかない――なんて言われてしまえば。
「卑怯な言い方……っ!」
「さあ? 選ぶのは二人だけど?」
うぅ、と悩む久里浜は、ほとんど入る方向へ考えが寄っていたが、木野の提案、同時に彼の目もあることが、最後の最後に砦として建っているらしい……。
入りたいけど、入りたくない、という感情が右往左往しており――、誰かの手がなければ、この場でずっと悩んでいただろう。
だからシャルルの声は、救いだった。
「入ろっ、久里浜ちゃん」
「ちょっ、っと――」
「軽く全身、浸かるだけだよ。簡易シャワーと違って豪快に飛び込めるし」
久里浜の手を引いたシャルルが、職員室へ向かった……まずはスペアの水着を探しにいかなくてはならない。
「あ、ちなみにだけど、俺は入らないから。覗きもしない……本当に。プールの探索は二人に任せるよ。いいよね? それくらいは任せてもいいと思うんだけど……」
「うん、それくらいはいいよ……木野くんはどうするの?」
「近くを探索してる。二人の声が届く位置にはいるようにするから……困ったことがあればすぐに呼んでくれ――駆けつけるから」
「……なに企んでる」
当然ながら、すぐ傍にいる、という木野を疑っている……、覗かない、という言葉を素直に信じられるはずがなかった。
「なにも。仮に、企んでいたとして、教えないだろう?」
「…………」
「……冗談だよ、ない、なにもないよ。今の状況じゃなにもできないし、するべきじゃない」
「どーだか」
「そうやって警戒されている以上、俺は動けない。そりゃあさ、ちょっとは空木と仲良くなれたらいいな、くらいの下心はあったけどね……でも、その程度のことだよ。こんな状況で恋愛をするほど、俺だって余裕があるわけじゃないんだ……そろそろ分かってくれ」
「……わたしの考え過ぎ……?」
そうやって警戒を解いたところを狙われる……、全面的に信用するわけではないが、疑ってばかりいても進展しないだろう。
久里浜も、少しはやり方を変えなければならない。
「ぴりぴりし過ぎは久里浜だって疲れるだけだ。
でも、空木みたいに無警戒ってのも心配になるけどね――」
「……はぁ。……まあ、別にいいよ……プールにいても」
「……ん?」
予想していなかった言葉が聞こえ、木野が首を傾げる。
だが、聞き返しはしなかった……聞こえている。
その上で、なにを言っている?
「水着、どうせ授業で見たことがあるんだから……今更でしょ。三人で行動しておいて、一人だけ除け者は不自然だから……入ってもいいけど――」
「いや、いいよ。俺は近くを探索してるから……楽しんでおいでよ」
「……こっちが歩み寄ったのに、あっさりと外してくれたわね……っっ!」
「はは、一矢報いたか? 思い通りにいくと思うなよ、久里浜――」
スペアの水着を取りに向かう二人――。
「やっぱり、木野くんはプールにこないって?」
「うん……紳士の対応をして、好感度を稼ぐつもりなんでしょうね……」
「うーん……そっか。まあ、水に入らないならプールにくる必要もないってことだし……」
「でも、シャルルちゃんの水着が見れ……いや、学校指定のスクール水着なら、見る価値がない……? 確かに、見慣れてはいるでしょうけど……」
やがて職員室へ辿り着く。
先生の机がいくつも並んでいたが、名札があるので体育教師の机はすぐに分かった。
引き出しを調べてみると、ぴったり二着、スペアの水着があった……スクール水着だ。
ちなみに、男子の分もきちんとある。女子のものだけを持っていたわけではない。
「スペアなのに新品だ……」
もしかしたら、スペアを消費するのは、今回が初めてなのかもしれない。
「こっちが久里浜ちゃんのだね」
「……サイズ」
「え、そっちが久里浜ちゃんでしょ?」
「大した差がないのに、どうして大きなサイズをシャルルちゃんが取るの?」
「だって……胸が……」
「大した差はないはずだけど!?」
「でも、あたしの方が大き……、どっちかと言えばだから!! そう怒らないでよ、久里浜ちゃん……」
「怒ってないよ!!」
実際、シャルルの方が大きいので、二着ある水着のどっちをどっちが着るかは決まっているようなものだった……。互いに、どちらでも入るとは言え、余裕を持って着るならシャルルが言った水着を着るのがベストである。
それが分かっていても、一言、言いたくなるのは仕方がないことだ。
「……いずれわたしも――」
「大丈夫っ、きっと大きくなるよ!」
「……ええ、きっとね。デスゲームから脱出できたらの話だけど!!」
遺伝は関係なく。
大きくなる未来があったとしても、『死んで』しまえばなかったも同然だ。
〇
「――ふぅっ、気持ち良かったねっ、プールの水も綺麗だったし!」
「そうだね……天死が、ちゃんと清潔に保ってくれていたのかな……。そう言えば、天気もまだ変わっていないよね……ずっと晴れだった。
学校の校舎がそのまま舞台になっているから、そっくりな別の場所だとは思っていたけど……そもそも天死がいるくらいだし、ここは別世界って可能性も――」
「おっ、タイミングが良かったか?」
「木野……」
プールから上がり、水着から制服に着替え、更衣室から出たところで、ばったりと――タイミングが良過ぎる気もするが、まさかずっと監視していた……?
じっと睨むも、木野は「?」と首を傾げている。睨まれることに心当たりがない、と表情が物語っていた……、この反応は……やましいことはないようだ。
「分からないけど、俺は無実だよ。こっちはこっちで、探索してみた……けど、収穫はなしだ。そう言えばタオルを見つけたけど、二人は持って……――なさそうだね。というかまだ乾いていないじゃないか。使う?」
言うのが遅い、と責めるのはさすがに可哀そうだろう……、タオルを用意していなかった自分たちが悪い。プールに入るならタオルは必須だった……、制服の下に水着を着ていって、着替える時にパンツを忘れたよりはマシとは言え……。
一度着てしまった制服は、若干濡れていて不快だった。
今更、水を拭ったところであまり変わらない気もしたが、しないよりはマシである。
「うん、使うよ……ありがと、木野くん」
「……ありがと」
「苦々しい顔で言われてもね……それでも、どういたしまして」
湿っていた肌を拭い、水気を取ってから再び更衣室から出ると……木野が待っていた。
「え、まだいたの?」
「久里浜に聞きたいことがあったんだ……矢藤がいないんだけど、そっちにいる?」
「え? ……いない、けど……」
「そうか……どこにいったんだ? 小さい体だから、細い道に入られたら見つけられないぞ?」
「…………」
「久里浜?」
「ちょっと、プール見てくる」
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