第5章

第31話 天死が持つ異能


『マスター、シャルル様のことが心配なら、この体、お貸ししますが……どうしますか?』

『は? ……借りる?』


『はい。私とマスターの魂を、入れ替えることができます……天死が持つ異能ですね』

『…………それができるなら、なぜもっと早く言わない……』


『マスターにはやることがありましたし……でも、それが落ち着いた今なら、少しの間だけ現場に復帰することを咎めたりはしませんよ。

 ただ、あまり長居し過ぎると、マスターが実は生存していた、ってことがシャルル様や他の方にばれてしまいますので、そこだけはお気をつけください。視聴者である八百万の神々は、その失敗を大減点とするでしょうから――』


『……減点が貯まれば、どうなる……』


『当然、マスターの立場が剥奪されます――同時に、それはマスターの死でもありますね。以前にも言いましたけど。これだけは絶対に変わりません――ルールですので、お忘れなく』


『……ああ、分かったよ。じゃあ……体を借りるけど……いいんだよな?』

『構いませんよ。提案したのは私ですし……』


『体を借りる。そんで、現場に復帰だ』


『……シャルル様を助けるため、ですか? いいですけど、あまり贔屓のやり過ぎはしないでくださいね? シャルル様は、マスターが傍にいるだけで正体に気づきそうな勘の良さがありますから……』


『いや、さすがに分からないんじゃないか? 魂が違うだけで、見た目は天死なんだろ? ……あ、でも聖良は気づきそうだな……。あいつ、魂を奪う異能を持ってるから――』


『あの異能は死者にしか通用しませんから。別の体に入っている魂の正体を見破ることはできませんので、杞憂ですよ……。マスターは私のフリをして現場へ復帰するわけで――なので私の言動の真似はしてくださいね?』


『できる限り』


『できなければばれるだけなんですけど……』


 不安そうな天死を見ていると、冗談でも「やらない」とは言えなかった。


『……分かったよ、ちゃんとやる……それで? 俺が席を空けている間、お前はなにしてるつもりなんだ?』


『マスターの体に入ったからって、なにかしたりはしませんよ……、本当に。仕事を多く押し付けてしまって眠れていないようだったので、代わりに寝ておきましょうか……。心の疲れは取れなくとも、体を好調にしておいて損はないですからね』


『それ、お前が寝たいだけなんじゃないか?』


『それもありますけど?』


 ダメですか? という圧を感じたが……浦川は肩をすくめるだけに留めた。


『でも、本当に、マスターのことを思って提案していますよ? あまり眠れていないのは事実ですよね? 仮眠こそ多いですけど、全体で見れば少ないですし……ショートスリーパー、ってわけでもなさそうですし……。多く寝た方がいいのは、人間感覚では合っているはずです。まあ、こんな状況に立たされて、ぐっすりと眠れる方が珍しいとは思いますけど……』


『実際、死者が出ているからな……、それとも、俺みたいに実は生きていて、裏方で働いているって可能性は――』


『ゼロですね、それはあり得ません。聖良様の異能で魂は取られているわけですし、だから間違いなく、現在の死者数は、マスターを除けば二名となっています――

 矢藤様と、野上様……このお二人が生きて戻ってくることはありません』


『…………』


 絶対に、と念押しをされた。

 そこまで言われると、逆に戻ってくるフラグになりそうな気も――。


『それは……ないか』


『直接的ではない、とは言え、渡す異能と対戦カードを決めたのはマスターですから……眠れない気持ちは分かります。それを考えれば、眠れている方だとは思いますけどね……』


『俺が薄情みたいな言い方じゃん』


『そんなつもりは……、でも、シャルル様を救うためならその他の犠牲を出すことを躊躇しない……ですよね? だからこそ、マスターは「マスター」に向いているんです。

 あなた以外に、適任はいませんでした――』


『……いや、いるんじゃないか? 俺によく似た奴なら、一人、心当たりがいるけど……』


『いましたか? 天死の目には、そうは映りませんでしたけど』

『そうか……見ただけじゃ分からないか……』


『マスター以外に適任はいませんよ――天死はあなた様が一番だと思っていますから!』


 背中に乗っただけのような、小さな翼をぴょこぴょこと動かす天死である。

 熱がこもる天死の意見に、はいはい、と浦川は一歩引いて返答した。


 天死が熱を持つなら、浦川は冷静にならなければいけない……。


『分かったよ、分かったから忠誠心をアピールしてくんな。別に、お前が他の誰かに目移りしようが怒ったりしねえからさ――』



 そして、天死の体に、魂だけとなって入った浦川が、部屋を出る。

 真っ白な部屋とも、少しの間だが、お別れである。

 ちょっと寂しく感じたのは、こんな部屋でも、長くいれば愛着を感じていたからだろうか。


『では、マスター……、いってらっしゃいませ』


『ああ、いってくる』



 手を振っているのは自分の姿だった……。

 そこで初めて気づいたが……、天死が心配するのも無理もない。かなり疲弊した顔色だった。


 眠っていないから、だけではない気がする……、日頃の疲れが溜まっているのだろう。

 自覚がないだけで、人がゲームマスターとなった時に感じるストレスを、きちんと蓄積しているのだろう……。


 天死は浦川の代わりに睡眠を摂っておく、と言っていた……、余計なお世話だと思っていたが、必要なことかもしれない――。


 体調不良で倒れる前に、天死がブレーキをかけてくれたのかもしれない……だとすれば、彼女は命の恩人だ。……一度殺されているけど。


 蘇生もしてくれているが、元々するつもりだった……だからこそ一度殺している……。


 そんな相手を命の恩人と言うのは、間違っているとは思うけど――。


「……分けて考えれば、恩人ではあるのか……」


 天死やデスゲーム関係なく、彼女――『キリン』本人を単体で見れば……嫌いではない。彼女を天死のオーソドックスとは思わないが……彼女よりも甘いとなると、デスゲームがデスゲームではなくなるだろう。……ゆえに、きっと彼女が最も接しやすいのだ。


 人の気持ちを考えることができない天死よりは、全然マシだ。


 ……ただ彼女の場合、端々で感受性が豊かな傾向があるけれど。その性格は伸ばす方向次第では脅威にもなるし弱点にもなる……、さて、彼女は一体、どっちだ?

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