第29話 望まぬ勝者


 その頃。

 仮眠から起きた浦川は、戦況を見て戸惑っていた。


「……やべ、また寝過ごした……試合がまた勝手に進んで……あれ?」


 ……なんだこれ?


 ゲームマスターとは思えない動揺だった……無理もない。彼は『代役』である。


 仲直りの機会を作るために、という思惑が少しだけあっただけだが……それが、なにがどうなってこんな結果になるのだ……?


 なんで――



「野上と榎本が……どうしてこんなに険悪で、殺し合いをしてんだ!?」



 仲直りどころか悪化している。

 それとも、元々ここまで険悪だったのだろうか……いや、そんなことはないはずだ。


 浦川は、冷水を顔に浴びるまでもなく、一瞬で意識が覚醒した。

 すぐに天死を呼ぶ――


「天死!!」


「はい、マスター。ここにいますけど……、今日も遅いおはようございますですね」

「シャルルに起こされないから起きれなくて……じゃなくてっ、なにが起きてんだよ!?」


 天死はきまずそうに目を逸らす。

 その意味まで、分かる浦川ではなかった。


「……なにが、とは?」

「野上と榎本がなんでマジの殺し合いをしてんだ!?」


「デスゲームですから……お互いに、覚悟を決めたのではないですか? 殺し合いを促しておいて、実際に殺し合いをしているのを見たら動揺するなんて……マスターらしくないですよ」


 浦川の立ち振る舞いも見られている……、過度な動揺はマイナス点だ。

 指摘され、すぐに冷静さを取り戻した浦川は……訊ねた。

 浦川のミスであることは自身でも自覚しているが、他にも原因はあるだろう。


「……お前が唆したのか?」

「はい、と言えばそうですけど、そんなことは最初からしていますし、今更ですよ」


 今に始まったことではない、と言えばそうだが……。


「…………」


「八百万の神が、マスターに低評価をしたとしても、挽回のチャンスはありますよ。もしなければ私が作りますから……安心してください、マスター」


「そうか……それで、戦況は?」


 事態に動揺し、凹む時間は終わりだ。

 いつまでも引きずっていたら、それこそ視聴者に興醒めされてしまう……。


 代役とは言えゲームマスター……、調子を取り戻さなければ。

 浦川も、同じく命の危険を孕んでいるのだから。


「野上様が優位に立っていますけど、榎本様も相手の異能には気づいたようですので、まだ分かりませんね……どちらにも優位が傾くでしょう……」


「二人の異能は戦闘向きじゃないだろ……そう簡単に人殺しができるとは思えないな」


「いえ、異能がなくとも人は殺せますよ、マスター」


 異能は道具である。

 道具がなくても、人を殺すことは可能だ。時間はかかるかもしれないけど、証拠だって残るけれど――遠慮のない殺し合いであれば、人間が出せるパワーがそのまま脅威となる。


「殺す気があれば、両手でも、片手でも……人を殺すことはできるのですから」



「恋……同じことを繰り返すの? まだ……分からないの?」


「アンタも一つ覚えでしょ? ひたすら包丁を振るだけ? 分かりやすい脅威だし、殺傷能力も高いけど……扱い慣れていないのがよく分かる。食材を切ったことがあっても、人を切ったことがないんだから――体は無意識に、他人を傷つける寸前でブレーキをかけるわ。今のところアタシが致命傷を喰らっていないのはそういうカラクリでしょ?」


「錆びたロボットみたいな動きになる時があるのは……自覚してるよ。でも、それももう少しかな……。ロボットと違ってこっちは慣れてくるもの。

 振れば振るほど油が染み込んでいくように、無意識のブレーキもやがてなくなっていく……そうなれば今度こそ、恋を切る……本気でね」


「本気、と口に出している時点でまだまだな気もするけどね……」


 一直線の廊下。

 二人は向かい合っていた。


 左右への逃げ場は狭く、後退か直進か……選択肢は限られてくる。

 互いに、後退する気はなかった。


「フォークを握って突っ込んでくるだけなら同じことよ!」


 ポケットに忍ばせておいたフォークを握り締め、榎本が突撃する。


「じゃあ、こうすればいい」


「!? っ、投げて――」


 切っ先が、野上に向かって一直線に飛んでくる。


「だけど、これでフォークはもう手元にはない!!」


 飛んできたフォークを避ける。

 簡単に避けることができたのは、隙を突かれてもフォークの速度がなかったからだ。恐らくは命中精度を意識したせいで、フォークの速度に意識を割けなかったのだろう……、速度を重視するあまり、明後日の方角へ飛んでいくことを避けたのだ。


 だけど、避けられていたら同じことだとも思うが。


「丸腰ね」


「そう? 身近なものでも使い方次第では凶器になるって話よね」


「いぎ、っ……!?」


 野上の手の甲に突き刺さっていたのは……シャーペンである。


「へえ? 意地でも包丁は離さない? そりゃそうよね、離せば奪われるものね――」


 パターンを奪う、という異能は、道具に限らず行動も制限できることは、榎本も予想がついているだろう。フォーク、シャーペンはもう使えない……だがそれに限らず、榎本は『鋭利なものを振り下ろす』こともできなくなる――という効果も、野上は発揮できるのだ。


「恋、あなたはもうそのシャーペンを攻撃に使うことはでき、」


「落とさないなら、もう一回」


 再び、手の甲に、シャーペンが突き刺さった。


「ひぅぎ……!? な、なんで――異能が、発動していないの!?」


「いや、発動してるけど? 無自覚にアンタが異能を切っていたら分からないけど、たぶん発動してるでしょ……イレギュラーが出たわけじゃない。アンタは正しいの……だけどね、目の前にいるアタシの異能のこと、すっかり忘れてるんじゃないの?」


「恋の、異能……?」


「アタシだけ貰っていないとか、そんなバカな話がある?」



 どんな異能なのか、聞いて答えてくれるだなんて、それこそバカな話だ。


「心の中が透けて見えるようね。

 自分の異能を明かさなかったのに、アタシがアンタに教えると思うの?」


 教えない。

 榎本でなくとも、手の内を晒すことはないはずだ。


「……異能の、無効化だったりして……」

「…………」

「当たり?」


「まあ、分かるか。アンタの異能を突破したなら、突破したやり方よりもアンタの異能を消した、と言われた方が納得できるものね」


「あ、本当に無効化する異能だったんだね」


 カマをかけられた、と思うことはなかった。

 誤魔化しても、意味がないと分かっていたのだから。


「異能を奪う――それがアタシの異能よ」


 解釈は人によって変わるだろう……

 野上は案の定、自分の異能が『奪われた』と誤解しているようだ。


「アンタの異能を奪ったわ……これで条件は同じね――」


「奪うと言っても、私の異能を奪う……『盗む』ってわけじゃないよね。もしもそっちなら、最初からしているはずだもの。

 それとも、使いづらいからいらなかった……? それでも一方的に攻撃されるなら、不要でも奪った方がいいわよね? でも、そうしなかったのなら、別の使い方ってことなのね」


 奪う、とは、盗むのではなく使えなくすること――野上は自力で正解に辿り着いた。


「恋の表情を見れば、なんとなく分かるよ……」


「あっそ。だけど奪えなかったとしても、無効化はしているわけだからね……こうしてアンタの異能の影響を受けずに、押し倒せているんだから――」


 握力を失った野上が、包丁を落とした。

 からん、と音が響くと同時、榎本が上に、野上が下で――床に倒れる。


「やっと……離してくれたわね」

「恋……」


「これでもう、身動きも取れないでしょう? そして、アタシの手にはアンタが手離した包丁がある……この状況の意味、分かるわよね?」


「…………」

「アンタの負けよ」


 野上が、ゆっくりと目を閉じた。

 諦めた、と思わせるには充分な反応だった。


「お互い、受け身の異能よ……ここからピンチを覆す手が、アンタにあるの!?」


 最後に、だった。

 榎本が感じたのは……脇腹に、灼熱。


「な、ん……」

「包丁じゃなくて、小さくて細い……フルーツナイフ。予備の武器は用意しておくもの、だよ」

「か、かす、みッッ……!!」


「優位を取っても、油断をすればすぐに殺されてしまう……。せっかく、私に馬乗りになっている恋が、油断して脇腹を刺されたようにね」


「ふ、ふふ……はっ! そんなに死にたいなら殺してあげるわよッッ!!」



 ――うん、それでいい。


 ――最初から、この試合は私が死ぬことで幕が下りるって、決めていたんだから。


 ――私が死んで、私一人分の食糧が浮く……それでも、まだまだ足りないけど、でも、時間は稼げるはずだから……。



「――だいっきらい!! このっ、裏切り者……ッッ!!」


「…………そう」



 ――最後まで気を緩めてはダメ……私は、恋の悪者で、い続けるって……。


 ――決めたんだからっ!!



「恋だから、裏切ったんだから」

「……なによ、それ……バカにしてるの!?」


「ほら、早く」


 榎本の手には包丁が。

 野上は、自分の心臓を守る素振りも見せない。


 両手を左右に広げて、はいどうぞと言わんばかりに、弱点を晒している。


「裏切った上に、バカにまでして……ッ、アンタはどこまで――」


「遅いのよっ、恋!

 殺すなら早く殺してッ――私だって、あんたのことは大嫌いなんだからっっ!!」


「だったら――泣いてんじゃないわよぉッッ!!」


 無意識だったのだろう……野上は自覚していなかった。


「ぁ、が、ふ……」

「え? ……ち、違うわっ、まだ、アンタを刺してはいないのに……っ!!」


 野上の心臓には、深々と刺さった、包丁がある。


「果澄……ッ、アンタ、自分で……!?」

「ぁ、はぁ、ん、ぅぐ……はぁ。これで……大丈夫……」


「なにが!!」

「私は、もう死ぬから……」


「かす、み……?」

「クラスのことは、恋に、任せたから……」


「……え?」


 それだけ伝え、野上果澄は目を閉じた。

 今度こそ、演技ではなく、本当に――諦めたのだ。


 彼女は自身から溢れ出る真っ赤なそれに沈んでいく――。

 そして、試合が終了した……決着という結果を残しながら。



 ――第二試合 勝者 榎本恋



 そして――。


 野上果澄……死亡。

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