第28話 異能の謎【後編】
野上果澄の異能を読み解く――。
(硬直の理由は、フォークを使ったから……? でも、フォークを使ったら体が硬直する異能だとは思わない方がいい……そんな異能じゃないだろうし)
当然だ。異能には最低限のルールがある……『なにか』を奪うか、与えるか――。
硬直を、『奪っ』た結果だと判断すれば、あとは『なにか』を解き明かせばいい……のだが。
(違和感があったのは、給食室から別室へ逃げようとした時……他の部屋は大丈夫だったのに、なぜか理科室には入ることができなかった……。体が硬直して、動けなくなって……結局、理科室には入ることができなかった……)
これを、どう読み解く?
「……アタシが一度、入った場所だから?」
野上を探す際に、別の教室に顔を覗かせてみたが、入ってはいない。部屋の中に『入った』のは理科室だけだった……、同じ場所に入れない異能であることははっきりしている。
(なら、フォークはなに? 一度使ったフォークだったから? 使った、と言っても、果澄には避けられたんだけど……。もしかして果澄の異能は、一度使った道具……もしくは一回やった行動? ……は、できなくなる……?)
そんなことを言い出したら呼吸はどうなるのだ?
歩く、走る、も、一回やった行動になる?
現状、榎本は挙げたそれらをできている……、異能による匙加減のおかげで除外されているのだとすれば、考え方としては合っているのだろうか……。
まだ足りない……。
もっと、情報がないと――。
「もう少し……、でないと、アタシの異能は発動しないんだから……っ!」
それに、一度した行動が使えなくなっていくなら、今後、徐々に狭められていく行動範囲によっては詰むことになる。
どこにもいけなくなり、硬直している間に包丁でぐさり――と、一突きされれば死んでしまうだろう――榎本恋が、三人目の犠牲者となる。
(聖良が異能で魂を拾っておいてくれるとは言っても、殺されたいわけじゃない……っ、そんな奴、いないでしょ。誰だって、自分の身が一番、可愛いに決まってる!)
野上から距離を取り、一休みを入れる榎本は壁に背を預け、ずるずると下がっていく。こういう行動も今後できなくなるのだろうか。
だけどそれは、野上果澄がその目で見ている場合にしか効果はない……なんて条件もあり得るだろう。
深刻に考え過ぎなくともいいのかもしれない。
「……どうして果澄は……。アタシを殺して……。一人分の食糧を浮かせたいに決まってるだろうけどさ……でも、あの果澄が、そんなことを考える? 考えて、実行する……?」
食糧が大幅に減った焦りもあるだろう。
どうにかしないといけない極限状態と重たい責任感に、おかしくなったのかもしれない。
(おかしくなった、なんて言えるほど、アタシは果澄を知っているの……?)
距離が近づいたとは言っても、ついさっきの話だ。
まだまだ、知らない部分などたくさん出てくる。
(必要以上に踏み込んでこない、深い関係性を作りたがらない果澄の事情も知らないし……、今だってその理由は分からない。ちょっと仲良くなったくらいで、あの子を知った気になるのはまだまだ早いわね……本当に、生きるためにアタシを殺すことを決めたなら――)
その覚悟を、受け止める。
「……受けて立つわよ、果澄」
(悪いけど、アタシは浦川みたいに、自己犠牲で誰かを守りたいとは思わない――)
一度入った部屋へは入れなくなっている……、再度確認してみたが、変化はなかった。
「……二度目が使えなくなる異能……『二回目』を奪う……かもね。だとしたら、毎回、新しいことをしないといけないってこと……? これ、把握しておかないと、逃げるために咄嗟に入ろうとした部屋の前で硬直する可能性もある――」
野上にとっては、絶好のチャンスとなる。
と、その時だった。
ぼと、という、榎本にしか聞こえないような近くで、低い音が聞こえた。
視線を下へ向けると――足下に。
不気味な、フェルト人形が落ちている――。
「ひゃあ!?」
思わず出てしまった悲鳴が響く。咄嗟に口を塞ぐも、意味はないだろう。
その人形は自立した。
手の平サイズの人形が歩き出し、尻もちをついている榎本の靴の上へ乗る。
「あ……、アンタ、矢藤……、なんだっけ……?」
矢藤喜助の魂が入ったフェルト人形だ。
確か久里浜が管理していたはずだけど……。
(試合に選ばれた生徒以外は教室の外には出られないはずだけど……まあ、異能による効果だし、試合に介入できても納得ではあるけどさ……)
「――って、やばっ、今の大きな声で、果澄に気づかれたかも――」
靴の上に乗る矢藤を掴み、立ち上がる……。
どうしてこの場にいるのか分からないが、このまま置いていくのはもったいない。
「はっ!? アンタなに指差してんのよっ、アンタに行き先を決められるほど切羽詰まってはいな、」
そうではない。
矢藤が示したのは行き先ではなく――、
「あ」
「は?」
「か、果澄!?」
ばったりと、だった。偶然である。
「恋!?」
走り出していた榎本は止まることなく駆け抜け、野上とすれ違う。
不意だったので、二人ともなにもできずに――。
かろうじて言えたのは、野上に向けた、悪態だった。
「ッ、裏切り、者……ッ」
「ふふ、信じてたんだね」
「ッッ!!」
階段の踊り場で止まる。
視線は斜め上――榎本は、期待を胸に、質問する。
「――約束、は」
「?」
「デスゲームから帰ったら……お菓子を一緒に作ろうって、約束……」
「それは叶わないよ……だって、どちらかがここで死ぬのだから」
「……本気なのね?」
野上が肩をすくめた。呆れているようだ……ずっと、本気だったのだから。
「食糧不足は死活問題。
今日で一人は減らさないと、本当にしんどくなるのよ……分かるよね、恋」
「……ええ、よく分かるわよ!! だからアタシを裏切ってっ、殺してッ、自分が助かろうとしているわけでしょ!?」
「運営の思い通りに動いているから嫌? でも、正攻法はね、確実に多くの人を救えるの。少数は見捨てることになっちゃうけど、総合的に見れば、犠牲は最小限……。
私は、それを判断するまとめ役だから……――理想のままじゃ、前に進めない」
「全員でなくていい……アタシと、アンタが救われる道は……」
「ない。今残っている全員が救われる道も、ないの――だって既に犠牲者は出ているし、これからも出てくる……浦川くん、矢藤くん……そして次は、恋なの」
「果澄……」
「死んでほしいんだけど、なんて頼んでも頷かないよね? だったら殺してあげる……まだ私の異能も見破れていないようだし……楽勝よね」
「……かす、みぃッッ!!」
「私の目にはね、勝利『パターン』が、見えてるの」
野上に立ち向かおうとしたら硬直した……。
これは野上の異能なのか……それとも。
(アタシの、心の問題……?)
逃げるように、榎本はまだ入っていない空き教室へ入る……、そろそろ、逃げ込める部屋も限られてきている。
早く決着をつけないと、一休みもできないほど、移動できるエリアが狭まってくるだろう。
すると、肩に乗っていた矢藤が、榎本の手に滑り落ちてくる。
そして、頼りない腕を動かして、手の平をくすぐってきた。
「なによ、やめて。構ってちゃんなの? こんな時に――……違うか。指文字? いいけど、難しい字は分からないからね?」
手の平に文字を描く矢藤……、榎本はその文字を理解できなかった……文字というよりは、これは……「記号……じゃないか、アルファベット?」
頷く矢藤。
分かったのは、P……それから、アルファベットが連続していく。
「英単語……これは、『pattern(パターン)』?」
「(そう言えば……果澄も言っていたわね……『勝利パターン』とか、なんとか……。必勝法とか、毎回使っている、慣れた戦法とか……そういうこともパターンと呼ぶけど……あ)」
――もしかして。
「行動の、パターンを奪う……?」
だとすればしっくりくる。榎本がした行動が、二回目からできなくなるのも、使用した道具を再び使うことができなくなるのも……一度目の行動が繰り返されれば、それはパターンとなる。
それを『奪う』とするなら、行動がどんどんと制限されていくことになるのだ。
「それが分かれば――アタシの異能の対象範囲内になる……!」
――異能を奪う異能……つまり、相手の異能を『無効化』する異能だ。
「この予想が当たっていれば、戦況は元に戻る……あとは、ただの女の喧嘩ね」
その言葉にゾッとしたのは、彼女を見上げる矢藤だった。
「はぁ……――ふう。覚悟ができたわ、果澄」
――こんな状況で、他人を信じるべきではなかった……それを、野上から教えられた。
……ありがとう。口の中で、そう呟く。
「アンタを殺して、アタシは絶対に、このデスゲームを勝ち残ってやるわ……っ」
視線を上げる。
榎本が睨みつけたのは、監視カメラだ――その先にいるのは、一人。
「そこで見ながら笑っているんでしょ……ゲームマスター……。今の内に笑っておきなさいよ」
榎本恋が、立ち上がった。
「最後に笑うのは、アタシよ」
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