第二試合 野上vs榎本
第27話 異能の謎【前編】
野上果澄 vs 榎本恋
その対戦カードを見た瞬間、動揺したのは榎本だけだった。
「ちょ、――ちょっと待ちなさいよ! どうして、果澄と……っ!!」
「……対戦カードはマスターが決めていますので。末端の天死である私には、マスターの意図は分かりません……、狙いがあってのことでしょう。マスターのことですから、誰でもいいから、なんて理由でテキトーに選んだわけでもないはずです」
「変更を提案するわ。果澄とは戦えない――」
「そうですか。それならそれで、戦わなければいいと思います。時間制限・90分がありますので、その間、なにもせずに過ごせば戦っていないようなものですから。
……まあ、その選択が、自分たちの首を絞めていることは、言わないでも分かっているはずでしょうね……あえて言いませんよ?」
「ッ……アンタ、が……ッ!」
天死は目を逸らした。
榎本が動揺し、野上が落ち着いているその差の理由を、彼女は分かってしまったのだろう……、自分で煽っておいて同情している……そんな自分に、天死は吐き気を感じていた。
死神か、悪魔か……いいや、ただのクズである。
「偶然、当たった対戦相手が親友だったから戦えない……そんなこと、これから先、何度もあると思いますよ? 戦うか、戦わないか、それは皆様の自由です。対戦カードの変更はすることができませんので……悪しからず」
「待――天死ぃ!!」
天死に掴みかかりそうになった榎本の肩を、ぽん、と叩いたのは、野上だ。
「恋、私はもういくね」
「はぁ!? ちょっと果澄ッ、アンタはこの対戦カードに不満とか、」
「ないよ。だから天死さんが言ったような、時間を無駄に使うこともしない――」
「……果澄……?」
野上果澄の目は、黒く、黒く――
濁ったわけではない。
真っ黒な、目をしていた。
「じゃあ、また後でね、恋――」
〇
(なんなのよ……なんで乗り気……ではないと思うけど、抵抗もないみたいに――)
扉の先へ消えた野上に疑問を残しながら。
(時間いっぱいまでなにもしないつもり……? には、見えなかったけどね……、これは早く合流した方がいいってこと……? いったい、果澄はなにを考えて――)
分からない。
それを確かめるためにも、榎本恋は、扉を開けて、戦闘の舞台へ足を踏み入れる。
「ここは……理科室?」
ガラス棚の奥にはいくつものビーカーやフラスコ。
さらに部屋の隅には人体模型が数体、並んでいる。
つい先ほど訪れた場所だ。
だからこそ記憶に新しい……もしかして、それが出現場所の条件になるのだろうか……。
検証が必要な推測だ。
「……果澄? いる?」
声をかけながら、廊下に出る。
やはり近くに転送されているわけもなかった。
「やっぱり、少し歩かないとダメね」
異能を『奪う』異能――それが榎本恋が受け取った異能だった。
「(奪う、と言っても、相手の異能を自分のものにできるわけじゃない。単純に、一時的に使えなくする異能ってことだと思うけど……。
果澄相手だから関係ないけど、こっちから仕掛けられないのが弱点ね。それに、異能を奪えば結局、異能を使わないただの喧嘩になるし……。こういう異能こそ聖良が持つべきでしょ。相手の異能を無効化したところで、素のアタシで戦えるわけじゃないもの……。
相手が女子なら、まあ優位でなくとも拮抗するくらいには持っていけるんじゃないかしらね……でも、自信はない――)」
殴る、蹴る、なんてこと……したこともない。
普通に生きていれば、する機会がこない方が普通だ。
「(果澄相手なら尚更したくはないわね……雅なら遠慮なくできるんだけど……)」
おい!? と聞こえてきそうだ。
「給食室には……いないわね。集合するならここかも、と思ったんだけど……」
互いに、最も長く一緒にいた場所だ……、ここでなければ、どこになる?
教室を除けば、該当する場所はなかった。
「果澄……どこよ、どこにいるのよ……」
入れ違いになることを恐れ、給食室で待つ榎本……、野上はただ遅れているだけで、いつかこの場所にやってくるのではないか、と期待している。
待っている間、逸る気持ちを抑えるために、減った食糧を確認する――
冷蔵庫を開けてみると、
「……随分と減ってるわね……まあ、人数を考えれば減っていなくとも少なかったけど……。それが今や、すかすか、か。ほんと、これからの献立どうしよう……。
急に食事の中身を減らしたら違和感に気づくでしょうし……難しいわね」
料理に慣れた榎本でも苦戦する残量だ。一食のメニューであり、数人程度なら問題はないのだが、今いる人数と、数日も続くことを考えれば、どうしたって食糧不足は大きな壁になる。
やはり、ネックなのが、人数だ……多過ぎるのだ。
だからと言って、減らす選択肢は、論外である。
冷蔵庫を閉めて、没頭しそうになった冷静な思考を取り返す。今考えることではない……、今後、ゆっくりと野上と話し合えばいい――と頭を切り替え、調理室の隅まで目をやっていると……気づいた。
「…………あれ?」
食器。道具。――数が、足りていない。
誰かが持ち出したらならいいけど……いや、それはそれで問題だ……だって。
「ない……。戻し忘れただけ……?」
そんなわけがない。一本ならまだしも、全て。
――包丁が、置いてない……?
からん、と、音が響いた。
「え!? ――果すm」
「ごめんね、恋」
「っ!?」
ぶおんっ、と、風を切る音。
耳のすぐ真横を、包丁が通ったのだ。
「――なに、を――果澄ッ!!」
ぴり、とした痛みを感じた。
通り過ぎた刃は、気づけば榎本の耳の端を切っていたのだ。
――今っ、躊躇いなく包丁でアタシを狙って……ッッ!!
「アンタッ、なにしてんのよ!!」
「……今日、犠牲者が出なければ……どうなると思う? 食糧は早々に尽きて、全滅もあり得るわ……。だから必ず、この試合で――、一人は犠牲にならないといけない……。だからさ、分かってよ、恋!!」
「っっ!!」
包丁を持って近づいてくる野上に、榎本は硬直してしまう。
こんな状況に遭ったことがないので、当然の反応と言えた。
「(異能を使わないで、包丁一本で……?
もしかして果澄も、戦闘に向いた異能ではないってこと……っ!?)」
だったら。
「ご丁寧に包丁は隠したわけよね……でも、フォークには手が届くわ。これでも充分な武器になるでしょ!!」
――アンタがその気なら、アタシも……!
ぎぎぎ、と錆びた関節を無理やり動かすように――榎本が動き出す。
勢い任せにフォークを振るが、当然ながら、リーチが短いため……避けられてしまう。
「おっと、」
「包丁に比べれば脅威は下だけど、そもそも喧嘩慣れしていないアタシたちなら、フォークも包丁も、脅威はそう変わらないでしょ――当たったら怪我をする。それが怖くないわけ、ないんだから!」
小さい方のフォークだ。野上が持つ包丁よりも、随分と軽い。野上が振り回すよりも早く、小回りが利くフォークで隙間を縫うように突き刺せば……充分に勝機があった。
包丁は、当たれば一撃で致命傷だが、その分の重量がある……そう何度も脅威がやってくることもないはずだ。
「(一瞬の差がある……大丈夫、アタシの方が早く――)」
「恋、躊躇ったら死ぬよ?」
「え?」
刃が横切る。
縦ではなく横へ――、少しの軌道修正なら、横移動であれば可能だ。
振り下ろしたものを持ち上げるよりも、真横へ移動させたものを上下にずらすなら、前者よりも修正がまだ利く……。
(左肩、を……ッ、傷は深くないから大丈夫……だけど、どうして寸前で体が硬直して……もしかして、躊躇った、から……?)
野上のセリフは、自覚していない榎本の本音を言い当てたのだ。
(躊躇って、動きが止まって……でも、そんなの――止まるに決まってる!!)
だって。
約束したのだ。
『デスゲームが終わったら……次はお菓子でも作ってみる?』
――約束、したんだからっ。
「恋。本気でやって」
「うっ!?」
包丁ではなく、野上の蹴りが、榎本の腹を捉えた。
床を転がっている途中で、からん、とこぼしてしまったフォークに、手を伸ばすが……、蹴りを受けた衝撃で、拾う気力がなかった。
棚に激突して止まった時にはもう、フォークはさらに遠くにある……。
「もうフォークは使えない」
「……まだ、拾えば……」
「そういうことじゃないよ。勘違いしていたら教えるけど、あの時、動きが止まったのは恋が躊躇ったせいじゃない……とも言い切れないけど、大半は私の異能のせいだね」
「い、異能……」
「タネ明かしまではしないからね?」
タネは分からない、けど……あれが異能であることが分かれば……重要な情報だ。
(どんな異能か分からなければ、アタシの異能は発動しない……だから――果澄の異能を読み解くところから始めないと……っ。こんなの、手加減なんかしていられない!!)
『恋、本気でやって』
「……本気じゃないと、こっちがやられる!!」
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