第25話 天死の暗躍


 遅れて理科室を訪れた野上は、動く白骨模型に出迎えられた。


「遅いですよ野上様」

「ぃ……っ!? ……お、驚かせないでください……天死さん」


「さん、じゃなくて『天死ちゃん』と気さくに呼んでくれると嬉しいですけど……」

「……いえ、天死さんでいきます」


「長い付き合いのお友達にもさん付けですから、野上様のこだわりなら無理にとは言いませんけどね……ちょっと寂しいです」

「様付けのあなたが言うの?」


 よいしょ、と白骨模型を横にどけて……天死が机に腰を下ろした。

 野上が、座るところではありませんよ、と指摘しなかったのは、言っても無駄だろうと感じたからだ――デスゲームを運営している相手に、常識は通用しない。


「あっ、ここは座るところじゃなかったですね……つい癖で、ごめんなさい」

「……いえ」


 呆気に取られたが、気を取り直して、野上と天死、向き合って椅子に座る……まるで個人面談である。


(デスゲーム運営としては、この子……向いてないと思うのよね……。今のもそうだけど、常識があるもの。参加者を弄んで楽しむ、なんて素振りはないし……どちらかと言えば、ずっと申し訳なさそうにしていて……。それを隠しているからより分かりやすいと言うか……)


 天使ではなく天死であるとよく言っているけれど、彼女に限れば天使でいいのでは?


 時間が経つにつれて、彼女から常識人ぶりが滲み出てきている……まあ、この態度がゲームを面白くさせるための演技で、野上はまんまと術中にはまっている、としたら、天使ではなく天死だし、天死以上に死神寄りになってしまうが――悪魔とも言えるか。


 向いていない、とは、二度と言えない。


「聞きたいこと、ありますか?」

「あ、はい。……給食室の食糧をごっそりと持っていったの、天死さんですか……?」

「はい、私の仕業ですね」


 隠すことなく打ち明けてくれた……、教えることが目的なのだろう。

 だからこそ、こうして接触してきたのだろうから。


「……どうしてですか……ッ。このままじゃあ、数日で私たちは食糧難に陥って――」

「だと思います。だってそれが目的ですから」

「…………」


 にこ、と、天死が笑った。

 見間違いか……引きつった笑みだったけれど。


「デスゲームを盛り上げるため……です。それに、最初の食糧の多さは、途中で減らすための仕込みでした。場にある食糧を見て、計算し、節約をするつもりでしたよね? まだ大丈夫、という余裕は、私もマスターも望むところではなかったですから……。

 エンタメとして、刺激が少ないんですよ。ですので、予定通りに、本来の少ない量にしました。数日で食糧難と言いましたけど、まだ数日あるのですから……悲観することはないと思いますよ?」


「こっちは、まだ人数がいる……っ、二日、三日を堪えても、それ以降はあっという間に――」


「ですから……奪い合い、殺し合い? 平和的な生活は無理ですよね……それこそが、神の――いえ、我々が望むところですから」


「…………悪魔ね」

「はい、天使であって死神ですが、悪魔でもあるかもしれません――」


 それだけ伝え、翼を広げて去っていく天死……、――彼女は気づいているだろうか。


 白と黒が入り混じっていた翼は今、――黒がなくなっているということに。



『それではこれで。野上様、あなたはどう乗り切りますか、この食糧難を――』



 そんな問題を置いていった天死……、野上は、どうするべきなのか……。

 一人で抱えることは、もう限界なのか……?




「果澄、なにしてんの?」

「っ、れ、恋……」


「理科室に一人で……じゃないわね、羽根があるから、天死といたのか」

「…………」


「あいつ、いると思えばすぐに消えるのよね……敵のくせに、たまに味方みたいなスタンスでいるから、質が悪いというか……」


 落ちていた白い羽根をつまむ榎本……、その羽根はすぐに消えてしまった。

 無言で肩をすくめ、榎本が机に腰を下ろした。


「恋……おはよう、起きられたのね……」


「まあ、ね……ふあぁあ……ふう。雅とモカから聞いたの? まあ隠すようなことじゃないし、どうせばれることだからいいけど……朝は弱くてね……。でもやっぱり、いつまでも寝ていられないって潜在意識があるのかも。随分と早く起きられたわ……、寝足りないけどね。存分に寝るためには早くこのデスゲームをどうにかしないと――」


「うん……そうね」

「……なにそれ」


 机の上に座っているのになにも言われないことに、肩透かしを感じた榎本は早速、本題に入ることにしたようだ。


「ところで――聞こえたけどさ、食糧難って、なんのこと?」


「! ……それ、は……」

「ま、見れば分かるってことか――保存してる食糧を見てくるわ」

「待って、恋!!」


 理科室を出ようとする榎本の腕を掴んで、引き留める。

 だけどその後の言葉が続かない……胸中で、考えが錯綜する。


「……離して。手の方よ。説明してくれないなら自分で探るしかないじゃない。……頼ってくれないなら、待つのだって無駄でしょ」


「違うの……、ううん、そうね……分かった、共有しましょう……。

 でも、私たち、二人だけで」


「……はぁ。やっとか……ええ、聞くわ。なにがあったの?」



「……天死が食糧の大半を持っていった、か……やられたわね……っ」

「ごめん、恋……」


「なんで果澄が謝るのよ。クラスメイトの仕業なら、ちゃんと管理していなかったことに自分を責めるのも分かるけど……それでも、果澄のせいじゃないけどね。天死の仕業なら避けようがないわ。問題は、これからどうするのか、よ。アタシたち二人だけの秘密にするとしたら、誤魔化せても一日よね……、昨日みたいな豪華な料理はもう出せないわ。急に貧相な料理になれば怪しく映るし……聖良は気づくでしょうね。食糧難が発覚すれば、まずは人を減らそうとするでしょうし……。元々デスゲームだけど、より、殺し合いが加速するかも――」


 食糧の奪い合いが勃発すれば、仲間割れが起きてしまうだろう……。

 ギリギリの綱渡りをしている状況だ。今、仲間割れなんて起きたら――。

 生きて脱出なんて、夢のまた夢の話だ。


「ど、どうしよう、恋……っ」


「とりあえず、今日の夕飯は、予定よりも減らして……、信用できる数人には話した方がいいわね……モカと……雅はやめておきましょうか。あとは、木野――」


「空木さんは?」


「解決のために身勝手に動かれても困るから……なしね。だからモカと木野よ。この二人なら、現状を知りながらも対策を考えてくれるはず……そして、出過ぎた真似もしないから、秘密裏にこれからの予定を立てられる……明かすとしたらこの二人ね」


 聖良には伝えない。

 解決は期待できるが、犠牲者も出るだろう……。


「うん、分かった。その二人には伝えるよ」


「昼食は……今日は抜きにしても良さそうね。食べたい人にだけ、昨日の残りとスープやパンで誤魔化して……パンも、もう多くはないか……」


 今日一日の献立を考える榎本だったが、その前に一つ、重要なことがある。

 野上がぼそっと呟いた。


「その前に、『一日一試合』の試合があるわ……」

「そうね。その対戦の結果によって、一人が減ることになる……けど」


「…………」

「一人減ったところで、ごっそりと奪われた食糧難が解決するわけじゃない」


「それでも。……今日、一人減るのと明日一人減るのでは、違う――」


「今日減れば、明日も減って、二人の食費が浮くってこと? それはそうだけど、それこそ運営が狙うところでしょ。思い通りになるのは癪よ。

 食糧難程度で、今の環境を崩壊させてやるものか……ッ!」


 運営の思い通りにはならない……それは野上も気持ちは同じだった――だけど。


 実際、人を減らす以外で、食糧難を解決へ近づかせる方法があるのか? 減る一方の食糧は、恐らく増えないだろう……自分たちで作る? しかし、すぐに結果が出るようなことではない。

 育つ前に野上たちが餓死するだろう……、だから今ある食糧で、なんとか繋いでいくしかない……――人が減るまで。


 だからこれは、殺し合いを加速させるための、後押しなのだ……。


 スローペースを嫌がった運営が、急かしてきている――。


「…………」

「果澄? 教室に戻るわよ? そろそろ試合でしょ?」

「そう、ね……」


 野上は自問する。

 自分はまとめ役の一人だ……、だったら……。


(誰一人死なせない、なんて理想論は語れないわ……。空木さんの言いたいことも分かるけど、聖良くんの方が現実的な方法だって、言える……。このゲームから脱出できなければ、どうせみんな死んでしまうのだから――。浦川くんは、たった一人のために、自分の命を捨てた。それが彼女を救うために必要な一手だと分かった上で……)



 ――私は。


 ――やっと手に入れた、この手にある欲しかったものを……ここで捨てることができるの?



「恋」

「なによ?」


「私を頼ってね」

「はあ? そんなの、当たり前でしょ」

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