第23話 最後の安息【後編】


「…………たいしょーも、好き嫌いが多かったなー」

「そうなんだ……意外……でもないかな」


「多いけどね、でもあたしが手作りした料理に混ぜると食べてくれるの――嫌な顔をがまんして、美味しいよ、なんて言ってくれてねっ。嫌いな食べ物以前に、あたしも料理が上手なわけじゃないから、そもそも料理自体が美味しくなかったと思うんだよね……。レシピを見てもよく分かんないって思っちゃうレベルだし……でも、たいしょーは食べてくれたの」


「…………」


「あんな風に、嫌いでも食べなさいっ、なんて、叱る機会もなかったなあ……」


 遠い目をするシャルルの中では、まだ浦川大将は、生きているのだ。


「シャルルちゃん……」

「あたし、引きずり過ぎかな? もう、たいしょーはこの世にいないのに……」


 すると、久里浜の肩にいるはずの矢藤が、机の上に倒したホワイトボードになにかを書いている……、早く書くことを重視し、ひらがなばかりだ。


『うらかわのたましいなら、まだあるんじゃないか?』

「え?」

『このへやで殺されたなら、まだ魂が』

「――ねえよ」


 その文字を指で拭い、否定したのは聖良だ……彼にしか分からないことだ。


「……確認したの?」


「オレも思い至って探してみたが……もうなかった。一切の痕跡がねえ。浦川の魂は、もう……この教室にも、この世にもねえよ。まあ、仮にあったのだとしても、オレの異能で見つけられねえってことは、矢藤みてえに『使う』ことも無理ってことだ」


 期待していたわけではない、と言えば嘘になるけれど、もうどこにもないことは覚悟していたのだ……シャルルが取り乱すことはなかった。


「……そっか……」

「悪ぃな。浦川の魂さえあれば……」


「評価してくれてるんだね、たいしょーのこと」


「そりゃあな。最初のあの状況で、満場一致の犠牲者を出すためには、浦川の方法しかなかった……、それを思いついた奴は数人はいるだろうけどよお、実行できるかどうかはまた別だ。

 実際、オレだって二の足を踏んだしな……そんな中で、あいつは最も早くゲームクリアへ導いた。皮肉なもんだぜ……、あいつのおかげで前へ進めたが、あいつ抜きで今後のゲームをクリアしなくちゃいけねえんだからな。もしも、この場に浦川がいたら……、この第二ゲームも、最短でクリアできたかもしれねえ――」


「でも、たぶん、たいしょーでも難しいと思うよ。たいしょーは自己犠牲ができる人だけど、自分のために誰かを犠牲にはできない人だから」


「だが、お前のためなら、どうだ?」


 浦川大将、本人のためではなく……、空木シャルルという存在を間に挟めば……。


「お前のために、犠牲者を選出するんじゃねえか? そして、最後には自分も……ってな。いてくれたら最短で、楽に突破できるかもしれねえが、同時に、いなくて良かったとも思えるな……空木がいれば止められるが、お前がいなくなれば、あいつは誰にも止められない暴君……ってタイプじゃねえか。効率を考え、最短で最良の結果を出す、マシーンだろ」


 空木シャルルがいなければ――浦川大将から、人間味がごっそりとなくなる。


 それだけ、浦川大将にとっては感情を引っ張ってくれる存在になっている――。


「不毛だよ。こんなことを考えても、もうたいしょーはいないんだから……もう仕方ないよ……」


「ああ、そうだな――それで、相談だ……持ち帰ったパソコンのことなんだが」


 ホワイトボードを肘でどかし、机から落ちそうになったところを久里浜が回収。ボードがあったところには、ノートパソコンが置かれた。……もっと丁寧に、なんて注意は今更だ。

 聖良はこういう人間である、と思えば、いちいちこんなことで不満が出たりはしない。


 言っても無駄だ。

 それでも言い続ける役は、野上がやってくれている。


「当然だが、ネットには繋がらねえ。ただ、元から入ってるソフトは使えるみてえだな……スマホの方も、オフラインのアプリなら使えるようになってるし、天死が変更したのかもしれねえ……。これで使えるのは、エクセル、ワード……か。使い方としては、匿名で構わないが、意見があればここに書き込む――紙だと筆跡で特定される心配もあるだろ……、その危険を排除するためだ。まあ、最終更新時間でばれるって可能性もあるが……、そこまで気にしなくてもいいだろう。探索で分かったことはオレに口頭で伝え、その後で、ここに書き込んでくれれば、全員がいつでも見ることができる。共有の掲示板みてえなものだな」


「へー。聖良くんって、こういうの使えるんだ?」

「授業でやっただろうが」


「だから、そういうことをきちんと聞いて、学んでるんだなーって」

「オレ、そこそこ成績は良いからな?」


 威張る以上、能力が低い人間では説得力がない。……上に立っているくせに実はバカなんだよあいつ、なんて陰口を言われないためにも、頭の方も鍛えている聖良だ。


 一夜漬けで詰め込んだものではなく、きちんと身になっている地頭の良さがあった。


「というか、エクセルなんかテキトーにいじってれば使い方くらい分かるだろ」

「…………」


 授業であたふたしていたシャルルは、使いこなせる聖良には共感できなかった……。


「食材の管理も、これでしてもいい?」

「好きにしろ……野上は使えるよな? 空木と違って」

「あたしも今は使えるし!」


 多少、マウスの動きは遅いけれど、教えてくれた浦川との思い出を遡れば、まったく分からないわけではない。



「……食事の途中なんだけど、なに?」

「エクセルで食糧の残数をまとめてみたから……後で確認してくれる?」


「分かったわ……ふうん、そういうことはできるのね」

「授業でやったからね」


「料理も授業でやったでしょ」

「教えてくれれば料理もできるようになるから!」

「ふうん。ま、期待してあげるわ」


 自分たちで作った料理を食べながら。

 ……野上は満足そうだが、榎本は心の中で反省点をいくつも出していた。


「主食だけじゃ偏るわね……」

「ん?」


「デスゲームが終わったら……次はお菓子でも作ってみる?」

「…………」


「なによ、お菓子は好きじゃないの? 食べないでも作るくらい挑戦できるでしょ」

「えっと……うん、教えてくれる? 簡単なものからでお願いします……」


「当たり前でしょ。急に難しいことに挑戦しても、訳も分からず失敗するだけなんだから……ちゃんと順序を追って教えるわ。だから……出るわよ。ここからみんなで脱出するの――だから協力しなさいよ、『果澄』」


「え、今、名前――」


「ねえ、歩み寄ったんだけど……聞き返すとか、無粋なことしないでくれる? 空気、というか人の心が読めないわよね、アンタはさ――」


 榎本の頬は、分かる程度には赤くなっていた。

 彼女も、呼ぶことに多少の勇気が必要だったらしい……それに、やはり照れもある。

 その変化に、野上は安心したし、嬉しかった。


「――――、うん、絶対に、よね。ゲームマスターの思い通りに踊らされるわけにはいかない――みんなで脱出するわよ、『恋』!」



「あららら……」

「んまんま……もぐ。ん? どうした、モカ。綺麗な顔が台無しじゃん」


「……不細工な顔をした覚えはないのだけどお? それより、あの二人。仲が良いのはいいんだけど、ああも分かりやすくアピールしてると……、だって上で見ているわけでしょう? ゲームマスターさんは」


 モカと戸田が、部屋の四隅に設置されている監視カメラを見る。

 二人が見ていることを、ゲームマスターは分かっているだろう。


「そーなんじゃないの」


「面白いことを追求するゲームマスターが、あんな風に仲良しで、しかも格好の的を、野放しにするかしら……? あんなの、食べてください、と言わんばかりじゃない?」


 そして、モカのこの不安は、的中することになる。



 翌日――、デスゲーム開始から三日目の朝だった。

 

「では皆様、第二試合の対戦カードを発表致します――」



 第二試合 野上果澄 vs 榎本恋



「え?」


「…………」


 動揺したのは榎本……、覚悟を決めたのが――野上だった。

 その差は、『知っている』か、『知らない』かの差である。


「それでは、お二人は教室の外へお願いします……」


 天死の表情には、昨日と違い、堪えるような力が入っており……。

 それに気づく者はいなかった。



「――殺試合ころしあいを、お願いしますね」

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