第22話 最後の安息【前編】


「――わっ! すっごい、良い匂い……え、豪華なお昼過ぎない!?」


「……おい、食糧――計算して作ったんだろうな?

 豪勢に作り過ぎて、三日程度で底をつくとか言ったら――」


「それくらい計算して作ってるに決まってるでしょ。それに、夕飯を軽めにするつもりだから……一日三食用意するけど、二食は軽くすることで節約するつもり。料理を人任せにしておいて、文句を言うんじゃないわよ」


「……問題がねえならいいけどよお」


 調理室から四階の教室まで料理を運ぶのは、給食同様に、配膳台を上へと運ぶエレベーターがある。それを利用し、量の多い料理を数回に分けて運び――遅れて、全員に料理が行き渡った。


 白米に味噌汁、多種類のおかずと食後のフルーツ……、まるでバイキングのように色々な料理を自分で選んで食べられるようになっている。


 残らないつもりではいるが、無理に全てを食べ切る必要はない……余れば保存できるのだ。

 数日なら、冷蔵庫に入れておけば問題ないだろう。


 見た目の豪華さと食欲をそそる匂いで、全員のテンションが上がった。二日目で、既に二人のクラスメイトが死んでいるので、当然だが教室内は暗かった……。気持ちも落ち込んで、誰かが堪えられなくなって塞ぎ込んでしまう可能性も充分にあったが、この食事でなんとか、濁った空気を綺麗にしておきたい……。


 男子の方が多く食べることは想定済みだったので、多少よそう量が多かったところで文句は言わない……、食べた分、働いてくれると思えば、女子からしても自分たちより多く食べることに不満はないだろう。

 作った本人である榎本がなにも言わなければ、周りの女子がなにかを言うこともない――。


 先に食べ始めていた男子もいたが、野上の号令で、全員で「いただきます」の挨拶をする。足並みを揃える、という行動は、結束力に影響する。各々が勝手によそって勝手に食べて――が当たり前になってしまえば、報連相が形を失くす。ここは無法地帯ではないのだ……。

 人殺しが起きているのに法があると言うのもおかしな話だが、全員で共有するものは、全員が揃った上で頂くことがこの教室でのルールである。


 少なくとも、野上がいる内は厳しく管理されるはずだろう。


 食器の音と生徒同士の会話により、デスゲーム以前の教室を取り戻した……つい一昨日までは、こんな風に騒がしい教室だった――はずなのに。


 たったの一日半、なのに……遠い昔のように感じてしまう。


 それだけ、濃い一日半だったのだ――。


 給食の時と同じように、机をくっつけて、向き合って食べている……、こうしないといけないわけではないが、生活習慣だ。食事となれば、こうするべきだと植え付けられている……。


「おい。食事しながらでいい、校舎の中を探索して分かったことがあれば報告しろ」


 と、聖良。なにかあれば既に報告があるはずだが、それもなかったので、どうせなにもないのだろう、とは思ってはいた……だが、隠していることがある、という可能性もある。

 隠す人間が、この場で報告をするわけもないが、聖良なりの最後の歩み寄りだ。ここで言わなければ敵とみなす……、質問には、そういう意図も入っているのだ。


「はいっ、はーいっっ!!」


「……空木」


 意図に気づいて報告した、わけではないだろう……単純に忘れていたのか?

 彼女の場合、報告するよりも先に豪華な料理に心を奪われて――があり得る。


「情報処理室からノートパソコンを拝借してきたよ。使うでしょ?」

「ああ……、というかお前よお、そういうのは食事の前に報告しろよ……なんで今なんだよ」

「報告したら長くなるかなって思って。食事の後の方がいいと思ったの」


 取り込み中のところに、わざわざ報告するほどの緊急性があるわけでもない……と言われてしまえば、まあその通りだな、と納得した聖良だった。


「あと、矢藤くんとの意思疎通をするためのホワイトボードも見つけたよ……けど、パソコンがあって、キーボード操作ができるならいらなかったかもね……」


『ホワイトボードの方が使いやすい、これでいい』


「そう? なら良かったよ」


 机に倒したホワイトボードに、細いマジックペンを抱えて文字を書く。フェルトのストラップで、手がかなり細く、力も入れにくいだろうが……なんとか、全体重を乗せることで字を書くことができていた。お世辞にも綺麗とは言えないが、それでも読める字ではある。


「矢藤か……、オレに言いたいことはあるか?」


『せいせいどうどう、たたかって負けたんだから、ないよ。死んでもこうしてクラスの一員としていられるのは、正直、うれしいさ。助かったよ、せら』


「……自分を殺した相手によく言えたもんだ……せいぜい働け。その体でできることがあるなら、自分で見つけて動くんだな――」


 矢藤は文字を使わず、頭を下げることで頷いた。


「矢藤くんはやっぱり……お腹は空かないの?」


 相手がストラップのおかげで、喋りやすいのだろう……、久里浜が矢藤を気にかける。


『すいてるかんかくはするけど、食べないでももんだいはないと思う。食べられるこうぞうじゃないからね』


「あ、ボードの文字を消すのはわたしがやるよ」


『てまをかけるね』


「その字を消すのもわたしなんだけどね……」



「空木さん、久里浜さん……と、矢藤くんは一応……。味はどう?」

「うん、美味しいよっ。野上ちゃんは……料理を恋ちゃんと作ったんだよね?」

「うん、まあね。……どうしたの? 不安そうな顔して……」


「なにもなかったよね?」


「……なにも、と言うには、ちょっとした小競り合いはあったけど……大喧嘩はなかったから、安心してよ……。空木さんも、私たちが不仲に見えていたのね。……それとも、みんな気づいていたりする?」


「わたしは気づいてたよ」


『おれも』


「……久里浜さんは……周りをよく見ているから気づきそうね……でも矢藤くんが気づいていたってことは、他のみんなにもばれているって思っていた方がいいわね……」


『それ、どういういみ』


 最後まで書き終える前に、野上が先を話す。

 気づいた久里浜が、そっとホワイトボードの文字を消した。


「不仲、というか……お互いに苦手意識があって、避けていたんだけど……もう大丈夫かなって、私は思うの」


「……ほんとう?」


「うん。こうして一緒に料理も作ったし、色々と、吐き出したこともあるし……――なんだかお互いに深く踏み込んだ気がするから、少なくとも、もう喧嘩はしていないよ」


 じー、っと、シャルルが疑う目を向けたが、嘘ではないので野上も表情を変えなかった。

 たった数秒だったが、シャルルの中で疑う余地はない、と判断したのだろう。

 固かった表情が柔らかくなる。


「そっか……なら良かったよ」

「心配かけていたみたいで……ごめんね」


「ううん、謝らないで。……はーっ、とにかく、これでもう、緊張感もなくなったのかなっ」

「緊張感?」

「野上ちゃんと恋ちゃんを、できるだけばったりと会わせないようにする緊張感――」


 シャルルなら、不仲の二人を無理やりくっつけて仲直りをさせる、なんてことをしそうだが、そんな彼女が気を遣うほど、見て分かる不仲だったわけだ……。

 触らない方がいい、というのは、クラス全体で、周知の事実だったらしい。


「そこまで気を遣わせていたのね……」

「だって、会うと空気が悪くなるんだもん……嫌でも気づくよ――勘弁してほしいよねっ」

「ほんとごめんね!?」


 嫌でも気づく――そう言ったシャルルも、実際は浦川に指摘されて気づいたのだ。


 空気が悪いのは分かっていたけど、その理由までは思い至らなかった……。浦川がいなければ、険悪な空気に突っ込んでいたかもしれない……。

 ただ、それはそれで、また違った結果が出ていたのかもしれないけど――。


 最良でなくとも良い結果が出たのだ……、別の結末があった、なんて考えるだけ無駄である。



「――ちょっと野上ぃ! 好き嫌いしてるわがままな不良がいるんだけど、説得するの手伝ってくれる!?」


「おい! 野上を呼ぶんじゃねえよ面倒くせえッ! ……いいだろ、にんじんくらい、食わなくたって死にやしねえだろうが!」


「そういう問題じゃない。食糧を無駄にすんなって言ってんの。……野上、こいつ押さえて。口に詰め込んでやるわよ……っ!」


「いや、さすがに男の子を私だけで押さえるのは無理があるんじゃ……」

「私も手伝おうかしら」

「うちもやる」

「てめェ、ら……ッッ!!」


 両脇から、戸田とモカが聖良を捕まえる。モカに至っては抱き着いているようにも見える……、体の大きな聖良の隣に並べば、女子の中でも大きい方のモカは、ちょうどいいサイズ感になり……外から見ればお似合いだった。


 収まりが良い、とも言える。


「さあ、ハーレムよお? 喜びなさいよ、男の子」

「うちの分のにんじんも、特別サービスしてやる」


「どさくさに紛れて、てめェらは……ッ、あと戸田、押し付けてんじゃねえぞ……ッ!」

「雅はあとでちゃんと食べさせるからね? アタシが作ったんだから、食べろ――」


 ごろ、っと皿の上で転がった太いにんじんが、フォークに突き刺さり……、榎本がそれを聖良の口へと運ぶ。


「ま、待て! もっと薄くしろ、こんな分厚いにんじん食えるかッッ」

「はいはい、観念しなさいよ……諦めて食べなさい――はい、あーん」

「んがッ、あがふあが――!?!?」


 フォークごと、にんじんを喉奥まで詰め込まれた聖良は――、

 椅子から転げ落ち、涙を浮かべながら急いで咀嚼して飲み込んだ。


 ……味わうよりも先に飲み込んでしまえばいい……、それが一番、マシな食べ方だ。


 さすがに吐き出すことはできなかった――作ってくれた本人の前では、さすがの聖良も理性が勝る。最低限の、人としての常識は持っているつもりだ。


「うん、食べられたわね――美味しいでしょ?」

「…………美味しくはねえだろ」

「へえ」


「……まあ、食えないことは、ない……苦手を克服したわけじゃねえよ。……味付けを変えればいけるかもしれねえ……、できるだけ食うようにする――悪かったよ」


「……食べやすいようにしておくわ……次は一人で食べなさいよ?」


 分かった分かった、と、聖良が椅子に座り直す。

 両脇の二人も聖良が暴れないことを確認してから腕を離し――席に戻った。


 そして、戸田のお皿に、にんじんがごろごろ、と投入される。


「……え?」

「聖良に押し付けた分も、ちゃんと食べろ」

「恋……多いよ……」

「わがまま言うな」


 そんなやり取りを見ていたシャルルは、同じような『彼』のことを思い出す――。

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