第21話 調理開始!


「――それじゃあ恋ちゃんっ、今日のご飯はなんなのかな?」

「……それよりも。なんでこいつがいるわけ?」


 給食室をそのまま使うことになった。馴染みある調理実習室で料理をすることも考えたが、食材の移動や満足な設備やら、こっちの方が整っているので、わざわざ移動することもない――となり、給食室での調理となった。


 料理に慣れている榎本であれば、給食室の設備も使いこなせるだろう。


「んー? こいつって誰のことかしらあ? 指差しているだけじゃ分からないわよお?」

「っ、アンタら……ッ、確信犯か……ッ!」


「恋の作業を手伝うためなんだからさ。一人で二十人近くの食事を作るのだって大変じゃん」


「別に……一人ずつ作るわけじゃないし……。定食屋じゃないんだから、寸胴にカレーでいいでしょ。みんなでよそって食べればいいのよ。作る側の負担も少ないしさ……」


「それも一つの手よ。食材に限りはあるし、ルーだってそうないわよお? それに、毎日は無理でしょう? 料理ができる人材は、恋ちゃん以外にも一人はいた方がいいと思うけどねえ?」


「だからって、なんでこいつを……」

「だって、料理ができる子、野上ちゃんだけなんだもん」


 実際、探せば野上レベルの腕前の女子はいたが……、野上と榎本の二人の仲直り作戦のために、モカが空気を読んだのだ。


 今、この二人の間に入るべき人材はいない。

 たとえあのシャルルでも、邪魔にしかならないだろう。


「あの、なんかごめんなさい……」

「はぁ……いい。とりあえず言っただけの謝罪なんかいらないから」


「恋、喧嘩腰はやめよーよ。これから師弟関係になるのにさー」

「は? 弟子……、アタシは教えないわよ?」


「でも、恋ちゃんが教えないと手伝いもできないじゃない……それとも毎日、全部を一人で作るつもり? 野上ちゃんは最低限の料理の知識はあるようだから……教えることもいくらかショートカットできるはず……。どうせだから自分好みの道具に変えたらいいんじゃなぁい? そしてこき使ってしまえばいいのよお」


 道具、という言葉を少し魅力的に感じたらしいが、榎本は再び不満顔で、


「……そもそも、どうしてアタシが料理担当になってるのよ……」


「料理経験者が少な過ぎるからなー。女子なのに料理ができないって、女子としてどうなんだ、って思っちゃうよね。女が料理をするべきだ、なんて思わないけど、男が力持ちであるべきだ、と思うように、料理くらい作れるべきでしょ」


「そうよねえ……家でお手伝いもしないのかしら」


 戸田とモカがお互いに見合って、


『ほんと、最近の若い子はなあ(ねえ)』


「おい、アンタらも女子で料理ができないってことを忘れるんじゃないわよ。棚上げすんな」


「……ふっ」

「おい野上、笑ったな?」


「あっ、ごめんなさいっ、三人のやり取りが面白くて、つい……」


「まあいいけど。料理経験がある、と言ったわよね? 皮剥きができるレベルで料理ができるって言ってるんじゃないわよね?」


「それくらいなら、できるけど……レシピを見れば、その通りには作れるってレベルの腕、かな……アレンジはできないし、ちょっとのイレギュラーが出た段階で修正が効かなくなる……。レシピに書かれていること以外のことはできないって感じ……かな」


「良くも悪くもレシピに忠実ってことか……規則に厳しいから? だからレシピ通りにしか作れないってこと? そこまで揃えなくていいでしょ……」


 野上らしい、と、表情には出さないが、口の中で笑みを含んだ榎本だった。


「なら、レシピに書いてある用語は分かるってことよね? 料理を教えようとすると、『大さじ』『小さじ』が分からない女子もいるのよ……そこのところはどうなの?」


「全部ではないけど、大半は分かってるつもり……」

「そ。大半が分かっているならいいわ……分からないところがあれば聞きなさい。勘でやらないで。すぐに言って。それだけでだいぶ助かるから――分かった?」


「う、うん……分かった。……教えてくれるの?」


「教えないとモカと雅は止まらないでしょ……、それに、こっちだって料理担当になるなら人手は欲しい。アタシレベルでなくともね……、作れる人材はいた方がいいでしょ。食材によってはレシピを変えるし……レシピさえあれば作れるのよね?」


「たぶん……」

「たぶん? それじゃ困るんだけど……」


「つ、作れる! 頑張る!!」


「あっそ。アタシの味付けになるけどいいわよね? アンタらしさが失われて、アタシの二番煎じになっても――」


「あ、それは大丈夫。そういうのは気にしないから」

「自分の色がなくなってもいいのね……?」

「消えないと思うから。だって、だからこそ自分色なんだし」



 キッチンに立つ二人の背中を見つめながら……モカが呟いた。


「なんだか良い雰囲気よねえ……会わせたのは正解だったみたい」

「小競り合いしてるけどいいのか? ま、殴り合いにならないだけマシなのか」


 肘で小突いたり、膝でちょっかいをかけたり……榎本の方が回数は多いが、たまに野上がやり返してもいる。それでも、それだけにとどまり、手が出ることはない。


「お互い、偏見で避けていただけで、話してみれば会話が弾むこともあるのよ……。料理って話題もあるし、恋ちゃんが先生だから喧嘩にもなりづらいわねえ。このまま自然と仲直りしてくれればいいけど……、そう言えば、はっきりとした喧嘩もなかったのよね?」


「恋が一方的に嫌ってたように見えるけど……、恋にとっては許せないことを、野上がやっちゃったってこと? それが改善されれば、仲良くなれるのかな……。ところで、なんでモカは、恋と野上を仲直りさせたいの? 喧嘩中でも困らないじゃん」


「んー……だって今は料理の問題があるし。それがなくても、恋ちゃんが生きにくそうにしてたから……、解消できないしこりをずっと抱えて、気にしてる感じ……。恋ちゃんをずっと見てるとね、よく舌打ちしてるのを見るのよ。苛立つことがなにも起きていないのに……。たぶんあれ、野上ちゃんを思い出して、だと思うのよねえ……」


「へえー」


「雅ちゃんは見てなさ過ぎなのよ……まあ、あわよくば仲直りできたらいいよねえ、ってくらいよ。もしもデスゲームに巻き込まれていなければ、放っておいたかもしれないけどねえ。関わらないまま吹っ切れてくれるなら、無理に刺激を与えなくてもいいのよ――でも」


 デスゲームにおいては。

 二人の不仲は、周りに悪影響を与えてしまうだろう。

 いずれ、衝突する時が、必ずくる。


「二人の険悪な雰囲気は邪魔になるし」

「周りに伝染するってこと?」


「閉鎖空間でのぴりっとした空気はご法度、だからねえ。仲が良い方がいいでしょう?」


「それはそうだけど……。仲が悪いと、試合前に殺し合いが始まっちゃうもんね」

「あ、そういうこともあるのね……それは、悪い刺激ね」


 不仲の生徒は他にもいる。榎本と野上ほどではないにせよ、やはり全員が仲良し、ということはないのだ……。目を配らせておかないと、知らない内に爆弾が膨らみ、爆発してしまうかもしれない――爆発してしまえば、クラスの崩壊は一気に進む。


「とにかく、二人の仲の悪さは早いところ解消しておかないと。同じ空間に閉じ込められた他のみんなの闘争心を煽ることになる。嫌いな人を排除して、気持ちを立て直そうとする……とかね。刺激にならないように、せめてフラットな関係になればいいけど……どうかしら」


「二人は、喧嘩してるけど、あれは良い方向の喧嘩って言えるか?」


「ふふ、いいんじゃない? あれは喧嘩と言うより、説教かしら」



「――アタシが欲しいと思った時には既に食材を近くに置いておきなさいよっ、レシピを書いて渡したでしょう!?」


「渡されたけど……でも違うのよ……榎本さんの字が汚くて、読めな、」

「イラストも添えてるでしょうが!」


「絵も下手だし……」

「アンタ喧嘩を売ってんのっ!? ねえ!?」


 モカは説教、と言ったが、段々とヒートアップしていく様は喧嘩である。


「……レシピ、ちゃんと作って。ちゃんとしていれば私だってミスしないから」

「言うわよね……遠慮がなくなってきたじゃない……、野上ぃ……!!」

「遠慮しなくても、榎本さんなら堪えられると思ったし……っ!!」


 二人の距離が段々と詰まってきて、額と額がぶつかるほどに――。


 間近で見つめ……ではなく、睨み合っている二人は今にも胸倉に掴みかかりそうだ。


「っ、この!」

「むっ、うぅ!!」


 言葉も出なくなった時――、静観していたモカもそろそろ止めないと……と重たい腰を上げたところだった――笑い声。


 榎本恋が、思わず吹き出していた。

 それを見て、野上はぽかんと、間抜けな顔を晒している。


「くっ、ふふ、あっははっ――――いいじゃない、その調子で言いたいことを全部、言ってきなさいよ。いつもいつも、中途半端に注意してきてさ。ルール厳守をさせたいなら力づくでやらせればいいのに……。なのに掴んではくるけど、すぐに引いてさ……そういう半端なところが、アタシは大嫌いだったのよ!!」


「……だって、あんまり踏み込むのは、悪いと思って……、嫌でしょ!? 榎本さんだってプライバシーの部分にずかずかと踏み込まれたら!」


「もちろん嫌だけど。でも、止める姿勢だけ見せてノルマ達成、なんて言わんばかりに引いていくのは、もっとムカつく。空木みたいに徹底して踏み込んでくるか、浦川みたいにまったく興味がないかのどっちかよ。片寄ってくれた方がまだマシ。アンタみたいな半端者が一番嫌いだから……、やるなら最後までやれ。こっちが嫌な顔をしたからって、すぐに逃げるな」


「…………でも、」


 榎本の手が、野上の胸倉へ伸びる。

 乱暴に掴まれ、ぐっと引き寄せられた。


「嫌われる覚悟がないなら噛みついてくるな。アンタ、嫌われたくないからって手を引っ込めてるけど、そのせいでこれまで微妙な距離感だった、って分かってるでしょ――。嫌われたくない行動が結果的に嫌われているんだから……だったらもういっそのこと、奥までこい」


「…………」


「全部聞くわよ、アンタが持ってる、わだかまり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る