第20話 探索開始――【給食室】


「おい、空木……どこにいくんだよ、勝手な行動をするな」


「校舎の探索だよ。矢藤くんのための小さなホワイトボードも欲しいし……」


「あぁ、そうか……だが、野上はいくな。クラスの女子をまとめられるのはお前しかいねえんだからな……。空木と久里浜はいってもいい……新しい発見をしたらすぐに知らせろ」


 いいな? という鋭い視線。

 余計なことはするな、と釘を刺されたようなものだが……余計なこととは、なんだろう?


「あ、俺もいっていいか? 女の子二人は心配だ……疑うってわけじゃなくて、単純に危険がないかってことだよ。危ない目に遭ったらすぐに助けられるしね」


「はぁ? ……まあいいか。じゃあ、木野も連れていけ。……昨日はほとんど誰も機能しなかったからな……オレが探索をしたが、細かいところは見れてねえ。食糧もすぐに見つかったものだけだ……、他にもあるかもしれねえからな――。

 今日からは自炊が始まる。さすがに昨日みたいに軽くパンをかじるだけじゃストレスが溜まるだろ。できるだけマシな食事をしてえんだから、探索はちゃんとやってくれよ?」


「分かってるって」

「使えそうな道具があったら持ち帰ってこい。お前の判断でいい」


「たとえば、なんかある?」


「ノートパソコンだな……、ネットは無理でもオフラインのソフトなら使えるだろ。使えなきゃ天死に交渉すりゃいいから、一応持ち帰ってくれ。それを使って……どうするかはまだ考え中だがな。あとは、遊べるもの、か……ボールでも、トランプでもいい……。あとは、欲しい奴は図書室で本でも借りてこい。各々、ストレス発散の仕方は考えておくんだな」


「……遊んでもいいの?」


「常に気を張り続けても壊れるのが早まるだけだ。適度に気を緩めた方が必要な時にポテンシャルが上がるはずだ。別に、遊んだらダメだなんて規則は作らねえよ。逆に、存分に遊んでりゃいいと思うぜ……、全体の空気が悪くなるのは避けたいしな」


 聖良の方針に、シャルルだけでなく、久里浜も感心したようだ。


「あとは……、雑魚寝はいいが、やっぱり硬い床の上はきついな。体操のマットでもあればいいんだが……そうでなくとも布団があればそれが一番良い。ただ、でかい物に関しては、お前らは見つけたら報告してこい。あとは男共で運び込む……適材適所だ」


 適材適所。そう言うことで、女だから優遇しているわけではない、と示したつもりか。


 知識がある人間が、料理を作るべきだ、と考えている聖良らしい采配だと言える。


 下手な人間に作らせて食糧を無駄にされることを考えれば、得意な人間がやるべきことなのは分かる――、だから男だから、女だから、で仕事量を偏らせることはない。


 トップに立つ人間としては、最低限、分かっているようだ。


「……聖良くん、乱暴だけど、リーダーとしては優秀……?」


「久里浜は苦手意識があるから、性格通りに受け取ってるだけなんだよ……あいつは乱暴で、攻撃的だけどな、俺たちのことをよく考えてくれてる。聖良の味方でいる内は守ってくれるはずだ。だけど、敵になれば容赦はない……まあ、誰もがそうだとは思うんだけどね……さて、探索にいこうか」


 木野を先頭にして、教室を出る三人。


 教室の両隣で、男女の部屋が分かれているが、「近過ぎじゃないか?」という不安が女子側にあったらしい……。それを受けて、木野は別の部屋も探すことを検討していると言った。


「良さそうな部屋があったら教えてくれるかな」

「……知ってどうするの」


 本能的な危険を察知した久里浜が、厳しい視線を向けた。

 木野はその視線を受けて、あはは、と苦笑いだ。


「中の掃除……、と思ったけど、自分たちでできるのか。いや、なにかあった時にすぐに駆け付けられるように、やっぱり場所は把握した方がいいと思ってね……大丈夫だよ、君が不安に思っているようなことはないと思うから」


「……木野くんがそうでも、他の男子は……」


「うーん……デスゲーム中に、敵を多く作るような脇の甘い男子はいないと思うけどね……。心配そうな人は何人かいるけど……さすがにこんな環境で、女子部屋に潜り込んで『そういうこと』をする人はいないと思う……。そういう気分にはならないと思うよ?」


「…………」


「不安なら見張りを立てる? その見張りを信用する必要があるけど……」


「……いや、そこまでは……大丈夫、信用するよ。それに、部屋に入った男子がまず襲うのはシャルルちゃんだろうし……」


 だから自分は安全、という意味でほっとしているわけではない。

 シャルルに群がるなら対処がしやすい、という意味だ。


「え、あたしなの?」

「だろうね。でも、それでもさ、久里浜が絶対に安全ってわけでもないだろう?」

「そうだけど……危険性は低い、と思う……ううん、低いよ、絶対」

「そんなことないよっ、久里浜ちゃんだって可愛いよ!」


「……今、憎悪が湧いた」

「なんで!?」

「あははっ、空木が言ったらそりゃそうなるよな」


 えー、と、シャルルは不満そうに口を尖らせる。


「……本当にそう思ったから言ったのに……」

「分かってるよ。もういこうよ……さっきから、矢藤くんがわたしのほっぺを叩いてるし……」


「なにか言いたいことでもあるのかな」

「どうだろ、自分を殺した聖良くんへの――恨みつらみじゃない?」



 給食室に保存してあった食糧を確認してみる。


「……節約していけば……一週間……、ちょっとくらい? は持つのかもしれないかな……。いや、でも一食あたりの栄養が減るよね……でもそんなことを言い出したら、全員分の食事を作っていたらすぐに底をつく。女子の知識を総動員しても、さすがに経験豊富な主婦じゃないんだから、少ない食材で栄養満点な食事なんて作れないもの……。

 男の子がどれだけ食べるかも分からない……。少なくして不満が出たら、それがストレスになっても嫌だしなあ……。昨日はみんな、食事が喉に通らなかったから問題にならなかったけど、やっぱりデスゲーム中でもお腹は空くから……うぅん、ちょっと料理ができるからって任される仕事じゃないってば……」


「なーに悩んでいるのかしら、野上ちゃん?」


 両脇から顔を出したのは、滝上桃華と戸田雅だ。


「あ、……その、献立を、ね……。今後の食糧の使い方なんだけど……残ってる食糧を贅沢に使っていたら、本当に餓死しちゃうだろうし……どうしようかなって。

 名案とか、あったりするのかな」


「野上ー、どうしてうちじゃなくてモカに言うのー?」

「戸田さんも。案があったら教えてくれる?」


「うち、そういうのわかんなーい」

「…………」


 いちいち突っ込んでいたらこっちが疲弊するだけだ、と野上は苛立ちを飲み込んだ。


「名案、ねえ……、名案かは分からないけど……野上ちゃんはもしかして、一日三食で計算してる? 二食、もしくは数日に一回は一食にしちゃうとか。毎日三食食べて、栄養も満点で――なんて充分な食事をする必要はないと思うけどねえ。状況を考えれば、少ない食事回数で充分よ。山で遭難したと思えば、私たちは贅沢しているしねえ」


 実際、昨日はパン一つで乗り切ったのだ……、今日はしっかりと食べて、明日は軽めにして……と繰り返していけば、食糧の減りもだいぶ抑えられるはず……。


「今の状況で考えれば、食糧の消費も多いけど、数日も経てば人数も減っていると思うし……今、野上ちゃんが考えているよりは長く持つと思うわよ?」


「それは……、矢藤くんの後を追って……人が減ることが前提だよね?」


「当然よ。だって減らないといつまで経っても脱出できないし。もしかして全員一緒に脱出できる、なんて思ってる? まあ、そういう理想を追い求める子がいてもいいけど……だから私たちは現実を見るわ。冷静に考えて、やっぱり犠牲者は必要だもの」


「…………」


「なにかをする必要はないのよ。流れに身を任せれば、自然と倒れる人は倒れていくから。そのへんは、デスゲームマスターが考えてくれているんでしょうねえ……。運営だって、退屈なゲームをいつまでも続けたいわけではないだろうし……、私たちは普通に生活をしましょ。その中で誰が死んでも恨みっこなし。たとえ私でも、野上ちゃんでも、雅ちゃんでもねえ」


 デスゲームは本格的に始まってしまっている……、野上は、まだ心のどこかで助けがくるのではないか、と思ってしまっていたのだ。

 助けはこない。だから現実的に、脱出できる可能性が最も高い方法を選ぶ――それをしているのが、聖良だ。


 モカも、食糧の残数を見て判断した――現実的な方法だ。


 それを否定して、理想を求めるには……野上が責任を取れるわけではない。


「そう、ね……」


「野上ー、もう遠慮なく食糧を使っちゃえば? 空腹でみんながイライラして、仲間割れになっても、餓死と同じ結果だと思うんだよね……だから美味い料理をさー」


「それは、いいけど……私は、美味しい料理が作れるわけじゃないから……最低限のことしかできないのよ。だから、美味しい料理を望むなら得意な子に頼まないと……いるかな」


 いれば志願しているだろう。

 だからいないのだろう、と予想していたが、


「いるじゃん。恋の作る料理は美味しいぞ、野上も食べてみなって」

「……榎本さん?」


「そーそー……って、恋は? あれ、ついてきてなかったっけ?」

「恋ちゃんなら聖良くんの隣よ」

「え、なんであいつの……――はっ!」


「そんなわけないでしょ。聖良くんがどうこう、よりも、野上ちゃんを避けているだけだと思うけどねえ」


「…………やっぱり」


 野上の呟きに、モカが肩を寄せた。


「仲直りはしないのお?」


「……喧嘩、しているわけじゃないの。榎本さんが、どうやら私のことが嫌いみたいで……。それが分かって、近づくのはさ……嫌がらせと同じことでしょう?」


「でもお、近づかないと、進展はしないわよお?」

「……私たちは、この距離感でいいのよ」


 納得している、と言うには、満足な表情ではなかったが。


「そう? ま、本人同士がベストだと思っているならいいけれどねえ……ただ、連絡事項を私を介して伝えるのはなしよ? 距離があっても事務的なやり取りはした方がいいわ」


「…………まあ、それはその通りね」

「野上は、最低限の料理ができるんだよな? まったく無知ってわけじゃないんだな?」


「それは、うん……複雑なものはできないし、知識も不足してるけど……」


「じゃあ恋に教えてもらえ。料理経験者が、上手い人から教われば、すぐに恋と同じレベルまで作れるようになるだろ。上手い人がみんなに教えれば、できる人がいなくなっても美味い料理がなくなることはないし……みんなのためにも上達してくれっ、野上っ!」


「え――ええっ!?」

「じゃあ早速――恋ちゃんを呼ぶわね」

「滝上さんまで!? 行動が早いわよ!!」


 まるで呼び出すから告白しろ、と背中を押されたような慌て方だ。

 野上からすれば、同じくらいドキドキしているのだろうけど。


「大丈夫よ、私たちだっているんだし。仲直りをしろ、とは言わないわ……大喧嘩したって構わない。ただ……モヤモヤしたまま放置するな、って言っているのよ。避けるくせに気になっている……ずっと、意識している二人を見るのは、こっちがイライラしてくるんだから」


「う、……」


「あと、喧嘩しても食糧だけは無駄にしないように。限りがあるのは分かっているけど、それを早めることだけはしないでね」

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