第19話 魂の器【後編】


 使えるようになった異能を使い、聖良が矢藤の魂を、ストラップに入れる――その瞬間は、矢藤がじたばたと暴れていたが……他に器もない。

 わがままを言っているのだろうが、ここは無理やり入れるしかなかった。


「矢藤くん、嫌がってたの……?」

「不気味なゆるキャラに入りたくねえんだろ。気持ちは分かるが……がまんしろ」

「不気味……」


 好きで付けている久里浜からすれば、その評価はショックだったようだ。


「(数日で霧散する魂、か……なら、探せば浦川の魂はまだあるか……?)」



「魂、入ったけど……もうそのストラップが矢藤ってこと?」

「だと思うけどな」


 すると、手の平サイズのストラップが、ぶるぶる、と振動し――

 次の瞬間、勢い良く起き上がった。


「「「立ったっ!?」」」


 聖良、榎本、久里浜の声が重なる。

 矢藤と言えるストラップが立ったものの、口が開かなければ当然のこと、声帯もないので、喋ることはできない。体を動かして意思を伝えるしかなかった。


 もちろん、解読は不可能だ。


「なんて不気味な器に入れてくれやがったんだ」なのか、「ありがとう助かったよ」なのかは、動きだけではまったく分からない。怒りも喜びも、今の彼の行動では同じに見えてしまう。


 フェルトの体なのか、まだ慣れていないだけなのか、動いてもふらふらだった。


「無事、成功ですね……これで聖良様の異能の使用は禁止とします――魂は動き続けますのでご安心を。ついでに魂を見ることも、触れることも可能ですので……。別の器に入れることはできませんけどね」


 天死が翼を広げた。

 用件が済んだので、このまま帰るつもりだろう……どこへ?

 ゲームマスターの元へ、だろうか。


「次回の対戦カードについては明日、発表致します。それまでは昨日と同様に自由時間としますので、皆様ごゆっくりとお休みください――」


 それでは、と飛び去ろうとした天死を呼び止める……聖良だ。


「待て」

「おっとっと……なんでしょう?」


「対戦カードはどう決めてる。志願したら……戦えるのか?」


「残念ですが、全て、ゲームマスターが決めていますので……参加者が干渉することはできません。監視はしていますので、戦いたければアピールしたらどうですか? マスターの気まぐれで、対戦カードを変えてくれるかもしれません――。数日分のカードは既に決めているようなので、よほどのことがなければ変わらないとは思いますけど……」


「……ここで発表したらいいのに」


 ぼそっと、久里浜が呟いた。

 聞かせるつもりはなかったので、拾われたことに肩を上げて驚いてしまう。


「対戦前の盤外戦術を否定はしませんが、できれば試合で攻防をしてほしいというのが、こちらの狙いですからね……、なので、ギリギリまで伏せているんですよ」


「次の対戦相手を狙い撃ちするのは避けたい、か……だが、相手を特定しない盤外戦術は構わないってことか?」


「推奨はしませんけど、禁止もしませんね。そんな手間をかけて周りからの信用を失えば、自分の首を絞めるだけだと思いますけど……。さすがに目に余るのであれば対応しますから、普通に生活するのが一番だと思いますけどね」


「普通の生活、だと? させてねえのはてめェらだろうが……ッッ!!」


「環境が変わっても普通を作り上げる……、災害時の予行演習だと思えばいいかもしれませんね……損ではないと思いますけど」


「デスゲームだぞ、災害時よりもハードモードじゃねえか」

「慣れたら強い人ですね」


 今度こそ、天死は翼を広げて飛び立った……天井など関係なく、すり抜けていき……。

 教室に、静寂が生まれる。


「……クソが。天死め……安全地帯から、眺めやがって……ッ!」


 悪態を吐く聖良の後ろでは、女子の声がきゃっきゃと聞こえてくる。


「これ、矢藤くんなの?」


 天死と入れ替わりに戻ってきていたシャルルたち一同――、早速、動いているストラップに興味を示したのは、シャルルだった。


「うん、そうだと思うけど……喋ってくれないから、実際のところは分かんない……」

「声が出せないんだね……じゃあ筆談してみる? 黒板でいけるかな……」


「シャルルちゃん、驚かないんだね……。それに、見た目が結構不気味なデザインのキャラクターなんだけど……大丈夫なの?」


「え、可愛いよ。だから久里浜ちゃんも買ったんでしょ?」

「それは、そうだけど……人を選ぶデザインだと思うからさ……。シャルルちゃん、怖がるかなって思って……」

「そんなことないよー」


 立っては倒れて、を繰り返す矢藤を、優しく支えるシャルル。

 気を遣って言っているわけではない、と分かった久里浜は、自然と笑みがこぼれた。


「そっか……良かった。

 気が合うね。ちなみにだけどこのキャラはね、浦川くんが教えてくれて――」


「へえ」


 瞬間、久里浜の心が一気に冷えた……気がした。


「あたし、おすすめされたことないのに……そーなんだー……たいしょーがねえ」


 じろじろ、と久里浜を観察するシャルルの目は、さっきまでの慈愛は一切ない。

 敵意があるわけではないが……まだ観察している段階なのだろう。


「た、たまたまだと思うけどな!? だって見た目の不気味さから、浦川くんはシャルルちゃんに見せたくなかったんだと思うし!!」


「……確かに、たいしょーってば、そういうところがあるからなあ……。ホラー映画とか、全然見せてくれなかったし?」


「過保護だね」

「過保護なんだよ。結局、過保護が治らないまま死んじゃったし……」

「シャルルちゃん……反応しづらいよ……」


 ごめんごめん、と苦笑いを返したシャルルは、動くストラップに意識を向ける。


「ほら、矢藤くん、なにか言いたそうにしてるから……黒板まで連れていってあげよ」


「うん……あ、でも矢藤くん……チョーク持てるの?」


 黒板まで連れていってみたものの、やはり小さな矢藤はチョークを持つことができなかった。

 垂直の壁に文字を書くのは、小さな彼では難しいだろう。


「か、かわいい……っ! 両手でチョークを抱えて、がんばって書こうとしてるーっっ!」


 はしゃぐシャルルと、静かに応援する久里浜。


「がんばって、矢藤くん。もし書けなかったら、意思疎通のための手段がなくなっちゃうよ」


 カッ、とチョークを黒板に当てた時の衝撃で、矢藤が後ろへ――

 足を踏み外した体が、黒板の端から落下する。


「あ、落ちた」


「チョークが長過ぎた、のかな……」


 足下に落ちた矢藤は、何度か跳ねて、転がっていってしまう。

 そんな彼を拾ったのは、野上だった。


「これが矢藤くん?」


「うん、魂が矢藤くんらしいけど……喋れないから筆談しようと思って……でも難しい、かも? やっぱりその体だと上手く動かせないのかな……?」


「スマホはどう? メモのアプリを使えば……あ、運営の指定アプリ以外は使えないってことだったっけ……」


「天死ちゃんに言えば、それくらい許可してくれそうだけど……、でも今の矢藤くんじゃ、反応しないんじゃないかな?」


 試すまでもなく、人の指とは違うのだ。


「それなら……じゃあ、探せば紙とペンか、もしくはホワイトボードがあると思うけど……黒板だと難しくても、机に倒して書けるものなら今の矢藤くんでも使えると思う……。どうせ日中は校舎の中を探索する予定だったわけだし、ついでだから探しにいきましょう」


 矢藤の死体を見て気分を悪くしていた野上だが、もう調子を取り戻したようだ。

 心配はない、と言うほどに、完全に吹っ切れたわけではなさそうだが……。


「うんっ、じゃあいこっか、久里浜ちゃん――」


 自然と久里浜の手を引くシャルル。

 戸惑う久里浜だが、そのまま彼女に任せることにした。


「あ、待って。矢藤くんは、わたしが持っていくね」


 野上から矢藤を受け取る。両手で器を作り、そこに矢藤を入れる――と、両手が塞がってしまうので、できれば別の持ち運び方がいいが――、


「肩に乗る? 自分でバランスを取ってくれるならいいけど……」


 ぴょん、と。矢藤が久里浜の肩に乗った。


「落ちないでね。……でも落ちてもストラップだから、大丈夫なのかな?」


 今の矢藤が痛みを感じるのか、久里浜は――シャルルでも分からなかった。

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