第18話 魂の器【前編】


「…………あぁ? なんだよ、少ねぇな……うるさい奴らがいねえじゃねえか」


 教室に戻ってきた聖良は、正直、批判を覚悟していた……、様子見と言いながらクラスメイトを殺したのだ……異能を使った間接的なものとは言え、使用者は聖良である。


 確かに、矢藤が仕掛けてきたという理由はあるにせよ、デスゲーム中である、ということを差し引いても、人殺しであることは変わらない。そのへん、ルール至上主義の野上は、人道という枠の中で、外れた聖良を責めると思っていたが――その声がない。


 今回はさすがに例外か、と思えば、単純に彼女の姿がなかっただけだった。


「あ、みんなは、その……」

「木野、野上と空木……榎本のツレもいねえじゃねえか。どこにいきやがった」

「矢藤、くんの、ところに……」


 カチューシャで前髪を上げているのに、おどおどとしている女子生徒が、つっかえながらも説明する。前に出る性格ではないのに前髪を上げて顔を見せているのは、他人からブランディングされた荒療治の結果なのだろうか……。


「はあ? 矢藤のところに? ……死体見物、じゃねえよな。提案者は……野上だろうなあ。いや、空木か? どうせ、最期だから手でも合わせておこうって、ことなのかもな――毎回そんなことしてる暇も余裕もねえだろうに。

 ……まあいい、浦川を除けば一人目だ。好きにさせてやろう」


 聖良が乱暴に席に座る。彼は胸の少し下を手で触れる……、矢藤の攻撃を受け、肋骨が折れているような痛みが走っていたが……今はなんともない。

 試合中しか異能が使えないように、試合中に受けたダメージは持ち帰らないのかもしれない……そのあたりの説明がなかったので、次に会った時に天死に聞いてみることにしよう……。


 痛みはないのに違和感だけはある……、自然と手が負傷した部位に触れてしまうのは本能的なものだった。


「ふぅ……、一人減ったんだ、これで限りある食糧が浮いたと見るべきか……」


「ど、どうして……ッ、矢藤くんを殺したの……ッ」


 カチューシャの少女が、聖良に近づいた……まさか批判が彼女からくるとは思わず、聖良は威嚇も忘れて目を逸らした。


「……見てなかったのか? あれは正当防衛だろ……反撃しなきゃオレが殺されてた。お前らからすればそっちの方が良かったかもしれねえが……」

「…………」


「おい、そんなことねえ、くらい言ったらどうなんだ。嘘でもいいから否定しろ――クラスメイトだろ」



「否定してほしいの? 意外と寂しがり屋だったりするのね――意外だったわ、聖良」


「榎本……、お前はいかなかったのか……ツレは矢藤のところにいってんだろ?」


「矢藤? あんな気持ち悪いヲタク、どうなろうが知ったこっちゃないわよ。さすがに死ね、とは思わないけど、死んでもなんとも思わない――」


 シャルルとは対照的な、染めた銀髪の問題児だ。不良生徒、という意味では聖良と似ているが、同じ穴の狢であっても仲が良いわけではなかった。


 ――銀髪、という部分が天死と被っているが、やはり天然ものと人工ものでは見え方がまったく違う。榎本の銀髪は、人の手で、しかも不慣れな彼女がやったせいか、綺麗とは言えない色である。まるで、仮面を被っているようだった。


「冷てぇ女だな」


「対角線上の先にいる男女の距離なんてそんなものじゃない? アンタは……矢藤を殺すことに抵抗とかなかったわけ? 異能を使ったのは分かるけど……ヲタクでもクラスメイトだったわけでしょ?」


「ヲタクかどうかは問題じゃねえよ。ヲタクでなくとも、あの場合は手を出してたっつの。あいつの豹変ぶりは見てただろ……、殺されかけたのに、こっちは殺しちゃいけねえのか? クラスメイトが相手だろうが切り替えるだろうが。まあ、オレも、直接この手で殺したわけじゃねえから、そこんところで抵抗はなかったわけだが……」


「……包丁が、自力で動いていたわね、確か……」


「殺すつもりはなかった……信じられねえか? 自力で動く包丁も、オレの意思で動かしていたわけじゃねえからな……運任せだった。結果的に、矢藤は死んだ……関係ねえとは言わねえが、ノリノリで殺した殺人鬼扱いはやめろ」


「……やり方どうあれ、アンタを見る目は厳しくなると思うわよ……加害者――ノリノリでなくとも、殺人者ね。居心地が悪いんじゃない?」


「別に。デスゲーム中に、倫理観に従っている方が早死にするだろ。矢藤は逆に、殺意を見せ過ぎたがために死んだとも言えるがな……。

 てめえらも、いい加減に覚悟を決めておけよ? もう既に、二人死んでる……『次は自分かもしれない』が、現実味を帯びてきているんだからな――。指定の人数まで減らさないと脱出はできねえんだ、絶対に誰かは死んでいく……長々とこの閉鎖空間で延命してもいられねえ。オレは、餓死するつもりはねえぞ?」


 震える声が聞こえた。

 ぼそりと呟かれた不安は、全員の疑問だっただろう。


「何人、減れば……」


「それが分かれば苦労しねえよ。いや、分からねえ方がいいのかもな……人数が分かれば、生贄を作りやすくなる。仮に六人だったら? 死ぬべき六人を選出するだろうぜ。普段目立たない奴、不利益を与える奴……、ルールを守らない奴が選ばれるもんだ。だが、人数が分からなければ……六人じゃないかもしれない、七人かもしれない……八人かもな。生贄を選出し、それを促していた声のでかい奴が、追加の生贄に、真っ先に選ばれることになる――今まで散々選んできたんだから次はお前が標的になれ、ってな。――分からない方がいいだろ?」


「生贄ねえ……アンタが一番、選びそうなものよね」


「非協力的な奴を抱えて守るほど、オレは聖人君子じゃねえんだよ。守るべき仲間を優遇するに決まってる。守るべき者を守るだけで、不要な奴を切り捨てているわけじゃねえ――勘違いするなよ?」


 全員で絶対に脱出する、ほど理想は高くないが、可能なら全員で脱出できた方がいいに決まっている。聖良も、必要だから脱落者を出しているだけで、不要であれば全員でここから出たいと思っているのだ――それが無理だから、理想を下げているだけだ。


 柔軟に。


 頑固な意地は、全滅を招いてしまうだろう。


「それに――、矢藤はオレの手にある」

「…………?」


「まあ、いいか。ネタバラシをしちまうが、オレの異能は『魂』を『与える』だ――死者の魂……、人間には限らねえみたいでな、動物も対象範囲らしい。

 魂を道具に入れることで、その道具が意思を持って動き出す……包丁が自力で動き出したのは、異能で取り出した魂のおかげだな」


「包丁に……ああそっか、飼育小屋の鶏の魂を入れたのね」


「そういうこった。――で、矢藤の魂は今、オレが持ってる……この魂は、ここじゃ使えねえが、試合になれば自由に使えるんだ……。

 矢藤は死んだが、だけど、いなくなったわけじゃねえ」


 聖良にしか見えていないが、半透明の球体――魂が、手の中にある。


「デスゲーム中は、ここにいる」


「……アンタが生きている限りは、魂は残り続けるから……死んだ人数には数えないってこと? デスゲームから脱出した時、その魂が肉体を取り戻して生き返るとか思ってるの?」


「ないこともねえだろ」

「ないでしょ」


「かもな。だが――あるかもしれねえだろ」


「呆れた。そんな夢物語を信じてるなんてね……」


「この状況こそが絵物語じゃねえか。クラス丸ごと、デスゲームに巻き込まれてる……しかも異能を持たされて、仲間同士で殺し合いをさせられて……そこまでされて、死んだ人間は生き返らない? どうしてそこは信じられるんだ。

 ――天死がいる、そして異能も存在する……ほぼなんでもありみたいなもんだろうが。だったら蘇生だってあり得るだろ……デスゲームだけやって、終われば元通りってこともある……可能性は低いがな。だが、切り捨てるにしては惜しい可能性だろ……」


「それで……士気が上がると思ってるの?」


「まあ……ちょっとはマシになったんじゃねえか?」


 暗い顔をしていたクラスメイトの表情が、ほんの僅かだが、明るくなっていた。

 聖良の言う通り、ちょっとだけ、マシになったようだ。



「し、死んでも平気、なのかな……?」


「聖良くんが勝ち残れば、死んだ子も生き返るかも……っ!?」



「ねえ、ちょっと……信じてる子がいるじゃない……アンタ、これで信仰心を獲得しよう、とかさ――」


「ゼロではねえよ。信仰はいらねえ。信用、信頼は、最低限は欲しいがな」

「……暴君だと集中的に狙われるから、聖人になりきるつもり……?」

「なにが悪い。文句あるか?」


「今更、アンタが聖人になれるわけないでしょ……」


「できるかどうかは結果が教えてくれる。それに、根っからの聖人になる必要はねえんだ。そんな奴、このクラスにはいねえよ。あの空木だって、見返りは求めていたしな――弱い人間が無責任に頼ることができるように、聖人っぽく見えてりゃそれでいいんだよ……脱出するための士気さえ上がれば、なんでもいい――」


 それとも。


 聖良がもう一つの手段を口にする。


「大切な友達を殺さねえとお前を殺す、って脅すよりはマシだろ」

「……そんなことしたら、アンタが殺されるわよ」


「それで一人目を経験した誰かが、二人目を殺して、復讐を決めた別の誰かが一人目を殺して――倫理観の崩壊が連鎖していけば、デスゲームも終わるだろ……誰が最後まで生き残るか予想もつかねえハザードになるがな」


「…………アンタには、なにが見えているの?」


「目の前のことだけだ。今後の展開なんか一切見えてねえからな?」


 ふうん、と疑う目を向ける榎本の視界の端から端まで横切る、白い羽根――これは。

 もう慣れた登場の仕方だった……羽根が散るのは出現の前兆だ。


「――興味深いお話が聞こえてきましたけど……良ければ試合以外のタイミングでも異能が使えるように調整しましょうか? 聖良様の異能だけにはなりますけど……」


「……もう壁をすり抜けようが驚かねえよ、天死……」


「取り繕っている時点で、驚いてはい――いえ、なんでもありません! じゃなくて、聖良様、初試合で初勝利、おめでとうございます」


「嬉しくねえ。で、なんだよ? オレの異能を使えるようにする? ここでか? できんのかよ……」


「はい。矢藤様の魂をお持ちのようで……、道具に入れれば、お喋りこそできませんが、意思疎通くらいは可能ですよ。たとえば、ぬいぐるみに入れてみるとか」


 天死が目をつけたのは、席に引っ掛かっていた生徒のカバンだ。


「え。なん、ですか……?」


「たとえば、その久里浜くりはま様のカバンにくっついている、このストラップ……なんのキャラクターかは知りませんけど、これに魂を入れてみれば、共に生活をすることができますよ。私が見ている前でのみ、異能の許可を出しますので――どうされます?」


「この魂……、放置しておくと消えるとか……、なのか?」

「物に入っていない魂は段々と霞んでいきますよ。完全に消滅するまでは数日かかりますが、ずっと残り続けるわけではないですね」


「なら、頼むしかねえだろ」

「分かりました――では久里浜様、そのストラップ、お借りしてもよろしいですか?」


 カチューシャをはめて前髪を上げた女生徒、久里浜が、慌ててストラップを外した。


「ど、どうぞ! ただのウサギのキャラクターなんですけど……」


 大丈夫ですか、と表情が聞いていたが、天死は微笑むだけだった。


「首が長くて、下半身は丸くて……気持ち悪いですね、地獄の動物ですか?」

「いや、架空の、キャラクターで……」


「しかもウサギなのに耳短っ!」


「おい、天死、遊んでんじゃねえ……早く異能を使えるようにしろよ」

「あ、すみません。……久里浜様、あとでこのキャラクターのこと、詳しく」


「う、うん、それは、うん、あとでね……」


「では、聖良様の異能を許可します――」

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