第17話 死体処理【天死の鎌】
「う……」
「野上ちゃん? ――ちょっと大丈夫!?」
矢藤喜助の死体が転がっている……、大量の包丁が刺さっていたようで、多量の血が彼の体に付着しているし、床を盛大に濡らしていた……。
彼に近づくためには、広がる血の池に足を踏み入れなければいけなかった……。
血の匂いが充満している。
耐性がなければ……いや、あってもきつい光景だっただろう。
シャルルが、屈んで吐き気をがまんする野上の背中を優しく撫でる……。
「な、なんで、空木さんは大丈夫なの……? 知っていたとは言え、こうして実際に、酷い殺され方をしたクラスメイトを見てるのに……ッッ!」
「そ、それは……」
シャルル自身、自覚したくはなかったが……、意外と平気だったのだ。たとえば、初めて見た死体がこれだったら、野上のように吐き気に苦しんでいただろう……錯乱していたかもしれない。……でも、二回目なのだ。
一番大切な人で、既に経験してしまっている。
その経験があれば、他の死体を見ても、そこまでショックを受けなかった。
「シャルルは慣れてるっしょ。既に『浦かぁ(浦川)』が目の前で殺されるのを見てるわけだし、今更、矢藤の死体を見て気持ち悪くなるわけないじゃん。うちはもう慣れちゃったよ。だからって何度も見たいものでもないけどねー。……うわー、真っ赤っかじゃん。刃の食い込みは浅いみたいだけど、十数本も刺されば、痛みと出血多量でさすがに厳しいのかー」
「あ、雅ちゃんもきてたの?」
「シャルルも慣れたっしょ? そうでもない? 浦かぁが殺されたから、あとは別に、誰が死んだところで、ショックはもう受けない感じなんじゃないの?」
「そんなことは……、……ない、けど……」
不自然に空いた間に、
赤みがかった茶髪を左右で結ぶツインテールは、低身長の彼女によく似合っている。クラスで見ても、二つ下に間違われるくらいには幼く見えるし、小柄だ。
彼女と仲が良い
「あの時は包丁が勝手に動いていたみたいだけど……今は止まっているのねえ。やっぱり、それが聖良ちゃんの異能ってところなのかしら?」
「モカちゃんも……え、平気なの?」
「死体? 平気よ……結構グロい映画とか見てるの。まあ、比べものにならないくらい、実物は迫力があるし、見ていて気持ち悪いけど……こういうのも慣れよねえ。
他の子は映像越しでもきついみたい。男の子も女の子も、こういうのは一緒みたいねえ。現場まできて死体を観察するなんて、とびきりの変態でしょうね。そんな人、一部の人しかいないわよ。私たちのクラスは正常な人が多いみたいで安心したわあ」
「ちょっとっ、そんな言い方したらうちが異常者みたいじゃん!」
「走って飛び出した子がなにを言っているの? しかも嬉々としていたわよねえ……あんなの、外から見ればかなり異常だったわよお?」
「うちも看取ってあげようと思ってさー。それにしても野上はさ、自分から矢藤のところへいこうって提案しておいて、いざ目の前にしたら吐くほど気持ち悪がるって、矢藤がかいわそーじゃん。こんなことなら、教室で待っていれば良かったのに……」
「でも、矢藤くんの、最後、を……」
うぉえ、と、吐いた方が楽そうに思える嘔吐きをする野上。
「映像で見るのと、実際に目で見るのとは、かなりの差があったからでしょう? 現場は匂いも雰囲気もあるわけだから……大丈夫だと思ったら大丈夫じゃなかった――おかしなことじゃないわ」
「モカ、甘やかし過ぎじゃないか?」
「そう? 慰めたいわけじゃないけど、どっちかと言えば、責めてる? と言えるかしら。ここまできたなら、死体程度で吐いてるくらいじゃあ、今後が不安になるもの。私たちが巻き込まれたのはデスゲームなのよねえ……。死体くらい、平気で見られるようにならないと」
いちいち吐かれていたらこっちが困るわ、と、モカが優しい顔をしながら、だけど強い語気で責めていた。いつも笑顔で温厚な彼女だが、実際は怒っていることも多々ある。それは長い付き合いである戸田雅くらいにしか分からないだろう。
「もう、大丈夫よ……ありがとう、空木さん……」
「無理しないでね、野上ちゃん……」
「皆様お集まりになって……最後のご挨拶ですか?」
と、天井をすり抜けて――白い羽根を散らして姿を見せたのは、天死である。
彼女はこれまで見せてこなかった、身の丈以上の大きな鎌を抱えていた。
「わっ、すげー、なにそれ天死ちゃん!」
「死体の処理をするための道具です……見た目通りに、鎌ですよ」
「天死……天使と、死神の名前を持っているから……死神の鎌なのか。安直ー」
「イメージ通りでしょう? では、処理の方、すぐにやってしまいますね……あ、最後に看取る、ってことでしたよね? 処理まで時間を作ることはできますので……したいことがあれば今の内にお願いしますね。なければ処理してしまいますけど……」
「はいはーい……って、なんかすることあるか?」
「彼の前で両手を合わせて……くらいじゃないかしら。別に、仲が良かったわけでもないしねえ……男の子だし。ねえ、野上ちゃん? 発案者なんだから、座ってないで早くやって」
「……ぁ、……う、うん」
「野上ちゃん、立てなかったら、あたしが手伝うから」
シャルルが野上に肩を貸し、まだ乾き切っていない血の池まで近づいた。
上履きが血に濡れてしまうが……遅かれ早かれ、だろう。汚れを気にしていたら、デスゲームに集中なんかできない。
死体となった矢藤に、両手を合わせる野上とシャルル……。
他のメンバーも、二人に倣ってそっと両手を合わせた。
「矢藤くん…………ありがとう」
「どうせ処理するんだろうけどさ、一応、顔に布くらいは被せておこうか?」
「……ええ、それがいいわね」
後ろで静観していた木野が、そっとハンカチを差し出した。
「もう大丈夫ですか? では、私の鎌で死体を処理します……ハンカチも、いいんですよね? ……鎌を突き刺しますが、黒い炎が出ますので、皆様、お下がりください。触れても熱くはないでしょうけど、生者に悪影響が出てしまうと思いますので――」
死体の処理。
今後も、この作業を何度も見ることになるのだろう……。
そこで、「あれ?」と気づいたのは戸田だ。
「浦かぁの時、死体を処理してなくない? 天死ちゃんが持ち帰ったんじゃなかった?」
「いえ、別の場所でしましたよ」
「そうなの? 教室ですればいいのに」
「……あの時点で、過剰に情報を与えることは避けたかったのですよ……一日目は色々なことがありましたし……できるだけ、刺激は最小限にしたかったんです」
「うちらがびっくりしちゃうから?」
「……はい」
「刺激を与えた本人なのに、そんな配慮って……じゃあ刺激を与えるなって言いたくなるけどね。いいけどさー。その黒い炎で、死体は根こそぎなくなっちゃうの?」
「そうですね……見てください。あっという間に、矢藤様の死体が消えました――消し残しもなさそうですね」
人型の黒い痕が残ってしまっているが、数日も経てば消えているだろう。
「…………お葬式は、できるのかな……」
「ちょっと野上ー、デスゲームの最中にのん気なものじゃない? 余裕があるのは、喜ぶところなのかな? してもいいけどさ、まとめてからの方がいいんじゃない。じゃないと頻繁に葬式をすることになるし……、明日は我が身だって言うじゃん」
「だからこそ、葬式をするべきだって、私は思うわね……自分が死んだ時、誰も見送ってくれなければ……、悲しいでしょ……」
「自分の時にしてほしいから、やってるってこと? 分かりやすいねー、今の内に種を撒いてるんだねー。でも、こんな状況で葬式をしよう、なんて提案するの、野上くらいだと思うぞー。野上がいなくなった時、誰が野上の葬式を提案するかな?」
そんな面倒なこと、誰もやりたがらないだろう。
戸田はもちろん、モカも提案する気はないようだった。
野上を毛嫌いする榎本だって、当然……。
「じゃあ、あたしが提案するよ」
「空木さん……、ありがとう、その気持ちだけで嬉しいから」
「シャルルは提案しそうだなー、というか、提案することを覚えたって感じなのかねー。シャルルが言えばみんな乗ってくるかもしれないな……。あ、でも、浦かぁの葬式もまだだっけ――」
「死んでないよ」
「え? 浦かぁは、でも、」
「死んでないから」
シャルルの押しの強さに、あの戸田も空気を読んだ。
……表情を『微笑み』のまま、一切変えずにゆっくりと寄ってくるシャルルに恐怖を感じたのかもしれない……、戸田の背筋を、冷や汗が流れる。
「……うん、ごめんごめん……。浦かぁが戻ってくることも考えておいて、損はないよな……うん」
なんでもかんでも否定して事実を突きつけることが正解とも限らない。浦川がまだ生きている、ということを信じることでシャルルが機能するのであれば、現実逃避をさせておいた方がいい……。まあ、目の前で堂々と射殺される光景を見ておいて、よく生きていることを妄信できるよな、とは戸田も思っていたが……あれは誰がどう見ても殺されていた。
矢藤のように全身を刺されて血だらけ、ではないものの、眉間を弾丸で一発、撃ち抜かれたのは、後者の方が死を感じさせる……不思議なものだった。
とにかく、言わぬが花だ。
その花は彼岸花か?
「……五人かしらねえ」
と、モカ。なにやら考えていたようで、亜麻色の長髪の毛先を、人差し指にくるくるっと巻いていた……癖なのかもしれない。
意識して見てみれば、彼女はよくやっている。
「五人?」
「葬式は、五人が死亡した後、まとめておこないましょうか。だから、あと三人……あと、浦川ちゃんも含めているわ、一応ね……。だからそう怖い顔をしないで、一応なんだから。葬式は、やるなら早いに越したことはないけど、いちいち悲しい気持ちになるのも、心をリセットできないし……、良くはない状態ねえ。だからまとめてやりましょう……野上ちゃん、どうかしら」
「……うん、それでいいと思う……」
「じゃあ、矢藤ちゃんの葬式はまた別の機会に、ね。今は他にもするべきことがあるわ。映像越しに死体を見て、動揺してしまった生徒を落ち着かせることかしら。さっきの野上ちゃんみたいに、気分が悪くなっている子が教室にいるかもしれないからね……、死者のことよりも生者の調子を取り戻しましょうか」
「野上は実際に見たからああなっただけで、映像越しで見ただけの人が吐いたりするほど、気分が悪くなるのかなぁ?」
「死体どうこうじゃなくて、麻痺していた感覚が戻ってきた頃じゃない? 私たちはデスゲームに参加していて、いずれはああやって殺される、ってことが現実味を帯びてくれば、動揺から意識が飛ぶ子がいてもおかしくないと思うわあ。そこを上手くケアしないと……、安全地帯のはずの教室で、無駄な争いが起きるかも……。
間接的とは言え、殺人者扱いをされるのは聖良ちゃんよ――」
「そっか、被害者がいれば加害者がいるからなー」
「聖良ちゃんのことだから、心配しなくてもいいとは思うんだけどねえ――」
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