第15話 ゲームマスターの狙い
「マスター、起きてください……本当に見ていなかったんですね……」
「ん……ふあぁ、……よく寝た……」
ソファをベッドに変えて寝ていた浦川は、気づけば床に落ちていた。
それでもぐっすりと眠れたのだ、相当疲れが溜まっていたらしい。
「試合、終わりましたよ……勝者は聖良様でした」
「あーうん、だろうな」
寝起きで寝ぼけていたから出たテキトーな言葉かと思えば、目を覚ますために顔を洗った浦川は、その後、やはり同じことを言った。
「聖良が勝つだろうって分かってたよ」
「……そうなんですか? 片方に傾倒しているにしては、危ない戦いでしたけど……それに、聖良様の異能は、一試合目に選出するには不利だと思います。……魂を扱える仕組みを理解していないと、二試合目でも三試合目でも、能力を充分に引き出すことはできませんけど……」
そこで、あっ、と気づいた天死だ。
能力の使い方に気づかせるために、一試合目に選出した……?
「細かいことは別に……深くは考えてないよ。単純に、勝つのは聖良だと思っただけだ。だからと言って、聖良が勝つ試合結果を予想していたわけじゃない。聖良だろうと、矢藤だろうと、どっちでも良かったんだ――
言っただろ? 勝った方を期待する人材枠に入れるってさ。聖良の恐怖政治でも、強さを手に入れて自信をつけた矢藤がクラスを支配しても変わらないと思ったし……。ただ、聖良がいなくなるのは正直痛いな……まあいいか。聖良がいてほしい場面はかなり限定されるだろうし、だったらまだ操縦しやすい矢藤の方がマシだとも言える――だからどっちでも良かったんだ。臨機応変にやり方は変えるよ」
充分な睡眠を取ったおかげか、浦川の脳が再びフル稼働し始めた。
「聖良様の異能は……飼育小屋の増えていた鶏の数を考慮して、渡したのですか?」
「へえ、聖良が気づいたのか」
「さすがに、マスターも、代役になることを見越して鶏を多めに引き取ったわけではないのでしょうけど……」
「なんでそれを知ってる? あぁ、シャルルから聞いたのか……」
デスゲームに巻き込まれる以前のことも、天死が知っていてもおかしくはないが……どこまで遡るかによって、また見方が変わってくるだろう。
直前の出来事を知っているくらいでは、おかしいとは思わない。
「なんだか、マスターが想定した戦い方を、参加者がしている気がします……。力を与える異能を、サバゲー経験者に渡したのも、使い方にすぐ気づくと知っていたからですか?」
サバゲー経験者でなくとも、使い方に気づくこと自体はそう難しいことではない。
直接が無理なら間接的に。
力を自身に与える時に、間になにかを挟めばいいとは、きっと全員が気づくはず。
「実は、矢藤とは仲が良いんだよな……、好きなことになればよく口が回るし……そのせいでヲタクだってみんなから言われているけど、大体がそうなんじゃないか? 好きなこととなれば言いたいことが増えていく。で、拘束時間が長くならないように早口で喋るから――そのせいでヲタクはみんな早口で知識をひけらかして気持ち悪い、とかさ……酷いこと言うんだよな、みんな。俺も矢藤寄りだし、気持ちが分かるんだよ……。端っこに追いやられて、輪に混ざれない疎外感ってやつを」
はあ、と、天死は嘘吐きを見るような目だった。
「マスターにそういう印象はありませんけど……?」
「シャルルの横にいれば輪には混ざれるからな……だから孤立している印象も、ヲタクっぽいイメージもないんだろう。俺は誰もが分かるくらいの『シャルルヲタク』なんだけどな……」
それは……言われてしまえば、天死も納得だった。
「ヲタクだと分かっていれば、聖良はなめるだろ。だけど矢藤はサバゲー経験者だから、見た目のイメージからは分からない、良い運動神経を持ってるし、意外と喧嘩慣れだってしているんだ。殴り合いじゃない、ちゃんとしたやつだ……、人を徹底して潰す技術だったはず……。だから異能の使い方にぴんとくれば、異能を使う準備ができていない聖良と拮抗するくらいにはなると思った……。だから初戦に選んだって部分もある。
チュートリアルとしては適任だっただろ? 矢藤が死んだのも、チュートリアルの一部だ」
きっと、聖良が死んでも同じことを言ったのだろう……チュートリアルの一部だと。
「……仲間から死者が出たのに、落ち着いていますね……」
「俺は当事者だしな。ところで、矢藤の魂は、聖良が持っているんじゃないか? それとも一度、俺のところに顔を見せにきたりするのか? まさか死んだクラスメイトが、この部屋に溜まっていくとかないよな?」
「それはないです。死んだら魂となり――異能によって、聖良様の手駒として、死者の魂は彼の元へ集まることになるでしょうね。……当事者だとしても、マスターと違って本当に死んでいるんですよ……? 動揺もしないんですね」
「してほしいのか? マスターが。……まあ、想定してたからな……聖良か、矢藤か……、結果、矢藤だっただけの話だ。覚悟はしていた。それに今後も増えていくんだ、たった一人に悲しんでもいられねえよ」
ぱん、ぱん、と浦川が両手を合わせる。
本人を目の前にしてするべきだろうが、無理なので、最低限、これくらいはしておくべきだと思ったのだ。
デスゲームに巻き込まれた段階で、誰がいつ死んでもいいように、覚悟はしておくべきだ。
「デスゲームマスターとしては、既にマスターは及第点以上ですよ。こうも早く、仲間の死を勘定に入れて動かすことができるとは……。……天死は、感嘆しました……」
「その割りに引いてるように見えるんだけど……一応言っておくけど、進んで殺したいわけじゃないからな? 死んだなら仕方ない、くらいに思ってる……。殺す気はないけど、死んでしまうかもしれない状況へ追い込むことは、これから多々あるからな――それがシャルルを守ることに繋がるのであれば」
いくらでも。
浦川大将の、覚悟である。
「シャルルさえ守れるなら、誰が死んでも構わない」
「マスターらしいです。だって既に、自分の命も切り捨てていますからね――」
「自分の命を一度捨てた、って体験はバカにできないよな……自分を蔑ろにすれば、人を蔑ろにすることに抵抗もなくなるんだから」
自分がされて嫌なことはするな、という言葉が、彼には通用しないのだ。
「……どうやら、心配はいらないようですね、マスター」
「心配?」
「はい。これまでのマスターたちは、自分の手で仲間を死に追いやったことで、遅かれ早かれ、罪悪感で壊れていきましたが……、マスターの場合、シャルル様さえ生き残っていれば、壊れることはなさそうです」
「まあ、な……シャルルがいなくなれば俺も下りるし……その時は今度こそ殺せ。引き続き、マスターをする気はねえからな、遠慮はいらねえよ」
「そうならないように、私もサポートします」
心の底から、天死はそう言った。
「……これまで、か。代役のデスゲームマスターは、俺が最初ってわけではないんだな……一度や二度の限定的なルールではなく、代役を立てることが当たり前だった……のか?」
歴史を遡れば、多くの『代役のデスゲームマスター』がいるのかもしれない。
「…………」
にこり、と天死は笑っただけだった。
「……まあいい。とにかく、今は目の前の課題を処理していこう。……異能の設定は終えたからな……あとは、明日の対戦カードを正式に決定させないと――」
「聖良様を連続で指名することはできませんよ?」
「そんな嫌がらせはしねえよ。そうだな……連日、死者が出ると、壊れる奴も出てくるか……既に二人の死者を見ているとは言っても、慣れてるわけじゃないだろうし……慣れないのが普通か。じゃあ、誰も死なない日も作っておかないと……そうなると――」
「シャルル様を出すんですか?」
「まだだ、もう少し慣れてからの方がいい……だから……よし、この二人にしよう」
タブレットを操作し、出した画面を天死に見せる。
彼女は、うぅん? と、その二人の関係性が分からず、首を傾げた……知らないのも当たり前だ。たとえ知っていても、すぐに引き出せるわけでもないのだろう。
「どういう意図があるのですか?」
「いや、特には。あるっちゃあるけど、まあ、サービスみたいなものだな。単純に見たかった、っていうのもある……、死者を出すつもりがない対戦なら、テキトーな人選でも大事故は起こらないと思ったし、不仲は早めに消化しておきたいんだ」
「不仲……あぁ、そう言えばそうでしたね……」
天死も思い出したようだ……なぜ知っている、とは、今更聞かない。
どうせ事前に調べているのだろうと分かる。
「クラスのまとめ役とわがままなギャルは、やっぱり相性が良くないからな……、言い合いをするような対立があればまだ可愛いもんだ。お互い、見ないようにして完全に無視しているところは、マジで不仲なんだと思う……、ずっとそうだったから。
日常生活に支障をきたして、周りに迷惑をかけるよりも早く、戦場に上げて二人だけの空間でスッキリさせた方がいいだろ――余計なお世話かもしれないけど、放置もできない問題だし……。だから明日の対戦カードはこれでいく」
「分かりました。ではマスター、寝起きですぐですけど、食事にしますか?」
「食べる。……和食って、ある?」
――第二試合 野上
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