第14話 決着!


「――おい聖良ぁ、どこに隠れたんだぁ? 敗色濃厚と見るや、時間いっぱいまで逃げようって魂胆かよ……堕ちたもんだな、ガキ大将」


 勝利を確信したせいか、より、気が大きくなっている矢藤だった。

 無警戒に廊下を歩き、獲物を探す。


「出てこいよ、正々堂々と、正面から殴り合いをしよう……お前が好む喧嘩の仕方だろおぶふぇあ!?!?」


 背後から。

 矢藤の頭に、『なにか』が被せられた。


「威勢の良いセリフの途中で悪いな……あまりにも隙だらけだったもんでよお……。背後からだったらなんでもできそうだぜ」


「聖、良……ッッ、クソ、ぺっ! なんだこりゃ……粉、か?」


「鶏の餌らしいぜ。飼育小屋に置いてあった」


 空になった袋を横に投げ飛ばす。

 矢藤の頭に被せられた餌は、彼の頭、肩に積もり、残りは足下に溜まっていた。


「……んなもん、俺の頭にかけてなんの意味がある! 力で勝てないから嫌がらせに移行したのか……? 天下の聖良も、こういうことをするんだな――」


 ガッカリだ、と言いたげな、見下す眼だった。


「お前がオレをどういう風に見てんのかよく分かったぜ……、お前の中でのオレの評価ってのは、意外と高いんだな」


「……やり方はどうあれ、お前の支配力は認めている……だからこそっ、異能を使った今しか、お前を引きずり下ろすチャンスはないんだ――陰キャの復讐は、今しかない!!」


「そうかよ、なら、いつでもかかってこい。ま、餌をぶつけた意図に気づけないなら、オレの隙を突いたところで勝てやしねえよ」


「……意図だと?」


「嫌がらせだけで、鶏の餌をぶっかけると思うか? まあ、推測して当てろって言うのは酷だよな。だが、考えることはできるだろ? 考えろ、じゃねえとお前――死ぬぞ?」


 そう言って焦らせることで、矢藤の頭を使わせる魂胆である、と推測したとしても、それはそれで聖良の思い通りになってしまっているが――。

 実際、餌をぶっかけた意図はあり、それを解き明かさなければ、矢藤は致命傷を受けることになる。


 そして、聖良の意地が悪いところは、考える時間などほとんどないということだ。


「…………聖良、なにを考え、――うっ!?」


 矢藤の背後から、衝撃があった……、体内に入ってくる……なにか。

 その凶器が、矢藤の体力を奪っていく。


「ほおら、見ろ、餌に飛びついた――お前の背中に、穴ができちまったなあ?」


「が、ぁが……これ、は……ほう、丁、か……?」


 背中に手を回し、柄を握る矢藤。


 だが、引き抜くことはできず、その包丁は意思を持っているかのように、矢藤の背中に突き刺さっていく。


「給食室も含め、調理実習室にも大量にあったからな……利用させてもらったぜ。ネタバラシはしねえぞ? お前も自分の異能をべらべらと喋る気はねえんだろ? だからオレも答えねえ――ただ、こっちの準備はもう整ってんだ、オレが手を下すまでもねえよ――」


 聖良の背後、そして矢藤の背後にも――刃を向けた包丁が宙を浮いている。

 凶器を目にした矢藤は、初めて、死の恐怖を感じ取る。


「待っ、がっ!? ぃぎ、ぁ……ッ! な、んで……包丁がッ、俺の体に向かって、飛んでくるッッ!?!?」


「痛みで意識が飛びそうか? だったら考えろ、必死になって思考して、意識が落ちないようにがまんするんだな――ほおら、次々とくるぜ。餌に吸い寄せられた『そいつら』が、何度も何度も、お前の柔らかい肉をついばむってことだ」


「つ、ついば、む……?」


 朦朧とする意識の中で、矢藤は思考を回す……。一瞬でも気を抜けば、そのまま意識が刈り取られる……。だからこそいつも以上に張っていたアンテナが、聖良の言い回しを取り上げた。


「にわ、とり、の餌……飼育小屋の――鶏か! けど……にわとりと、包丁が、繋がら、ない……だから、それを繋げる異能を、聖良が、持ってるって、ことだけど――」


 分からない。

 重要なそこが、分からない。


「う、だっ、がぁ!?」


 一撃一撃は軽いかもしれない……だけど、何度も続けば、出血多量で命が危ない。

 意識を保つことで命を守るという防衛も、そろそろ限界が近づいてきていた。


「宙を舞う包丁、か……大道芸みたいな異能だな」


「待て、よ、聖良……ッ、おまえ、は、俺が、絶対に――ッッ!!」


「あー、はいはい、まずはその危機を切り抜けてからにするんだな……。オレは屋上でお前が生きて戻ってくるのを待ってるぜ。

 ――じゃあな、これで最後にならないことを、祈っておいてやるよ」


 何度も何度も飛んでくる包丁に肉を切られ、体に穴が空く……、出血多量で意識が朦朧としている矢藤を動かしているのは、聖良への強い怨念であり――しかし、聖良が目の前からいなくなれば、その気力もやがてしぼんでいくだろう……。


 聖良が背を向けた。

 長い廊下の先へ、その背中が遠ざかっていく。

 伸びた矢藤の手は、ゆっくりと下りていった。


「せ、ら……聖良ぁああああああああああああああああああああああああああッッ!!」



 聖良は振り向かない。


 軽く、右手を上げただけだった。



 勝者が決まった。

 それはつまり、死者が出たということである。


「…………」

「天死ちゃん……?」


「え、あっ、はい! ええと……決着がつきましたね……」

「どうしてあたしたちよりも天死ちゃんが動揺してるの……?」


 デスゲームの運営側でありながら、意外と耐性がないのだろうか……?

 確かに、これまでの行動を見ると、向いていない、と判断するけど……。


「そんなことありません! ……では、審判としてっ、報告します――第一試合の勝者は、【聖良道成】様となりました――」


 そこで挙手があった。野上である。


「……一応確認なんだけど、矢藤くんは、どうなったの……?」


「もちろん、死亡していますよ……刺殺ですが、出血多量が死因ですね……。初戦から死者が出るなんて、珍しいです。高評価が期待できますね」


 調子を取り戻してきた天死だが、しかし、どっちが本調子なのか……。

 今の天死はどこか、無理をしているようにも見えた。


「では、私はこれで。

 第二試合の対戦カードは明日、発表致しますので――それまでは自由行動となります」


 感情を押し殺したような機械的な連絡の後、頭の上の輪っかが広がり、彼女の体が吸い込まれ、天死が姿を消した。


「高評価……? 待ってよ、天死ちゃ――」


「空木さん、もういっちゃったわよ?」


 シャルルの声は天死には届かない。届いていながら、天死が相手にしなかっただけかもしれないが……、シャルルの疑問や不満に答える気はなさそうだ。


「野上ちゃん……だってっ、矢藤くんが、死んじゃって……っっ!!」


「今教室を出れば、彼のところへいけると思う……、矢藤くんの死体はまだ処分されていないだろうし……、血は大丈夫? 映像越しでも結構きつかったから……。大丈夫なら、彼の最後を看取ってあげましょう」


 一度、経験していることだ……それでも、やはり誰かの死は、悲しい。


「…………いく」


「大丈夫か? もし困ったら、手を出してくれれば、俺が助けるよ――力になる」


「ありがと、木野くん……でもいらない。あたしが、自分の足で立たないといけないから……デスゲームに巻き込まれて、死体が見れないのは、不利だと思うし――」


「そんなことはないと思うけどな」

「それに、たとえ死体でもね……クラスメイトの最後の顔くらい、見ておきたいから……」



 矢藤の死体の前、聖良が手を伸ばす。


「なるほどな、デスゲームが進めば進むほど、オレの異能は真価を発揮していくわけか」


 彼の手には、半透明の球体が。

 その球体が、聖良の手の平の上で暴れている。


 まるでゴムボールのように形を変えるそれを、聖良が強く握って抑え込んだ。


「暴れるなよ、悪いようにはしねえから。……天国か地獄か、お前がどっちにいくのかは知らねえが、ちょっとだけ付き合え。お前も、このデスゲームがどういう結末へ向かうのか、見たいだろ? ……負けたら舎弟だ、それは死者でも変わらねえ。

 ――オレに従え、矢藤。魂だけになったお前にしかできねえ仕事を振ってやる」

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