第13話 唯一の突破策【飼育小屋】
「手袋……と、スパイクにも異能の効果があるな……『与える』側か」
「木野くん、分かったの?」
見ていてチンプンカンプンだったシャルルが、木野の予測に食いついた。
木野は詰め寄ってくるシャルルに動揺しながら、うん、と頷く。
「当たってるかどうかまでは分からないけど……でも、そうとしか考えられないね。異能はさ、自分自身に影響を与えることはできないけど、それってつまり、自分以外になら影響を与えることができるってことだ――だから手袋、もしくはスパイク……その両方に、かな」
木野の推測は、さらに強固なものになっていく。
「……腕力を……それだと上がった脚力の説明にはならない、か……力? 単純な、力、エネルギー? を、与える異能、なんだろうね……。影響を受けた手袋をはめた矢藤は、手袋にかかっている異能の効果を、その手に乗せることができる……、スパイクも同様にだ。手袋を間に挟むことで、矢藤は自分の身体能力を強化したんだ」
「それは、可能なの……?」
シャルルが天死に視線を向ける。
「え? はい、可能ですけど」
「あ、答えちゃった」
ついつい答えてしまった、みたいな答え方だったので、シャルルの方が驚いた。
「いえ、可能かどうかを答えただけで、彼の異能を特定したわけではありませんから……セーフです」
「セーフって言っちゃってる!」
「天死はこう言ってるけど、たぶん正解だよ。これらの情報から、他の異能が想像できないし……、わざわざ更衣室で手袋を借りた意味も、この推測なら合致するしね」
木野の確信めいた言葉に、天死はなにも言わなかった……これ以上、迂闊なことを言わないように、だろうか。だけど言わないことが正解を肯定しているようにも――。さらに迂闊なことを言わないように、という自衛なのかもしれない。
神経質になり過ぎている気もする……、過去に大失敗でもしたのだろうか?
「じゃあさ、どうして聖良くんは異能を使わないの? ……今になっても、プライドなの?」
「あれだけ追い詰められてもプライドを捨てないほど、頑固な奴じゃないよ……、勝てないと分かれば逃げに徹したように、異能を使うタイミングがくれば、隠すべきだとしても出し惜しみはしない奴だし。だから……まだ使えないんだ。聖良の異能には条件があるんだろう」
「条件……それは……?」
期待した目でシャルルが見るが、
「いやさすがに……そこまでは分からないよ。情報がまったくないし……」
「なら今の聖良くんは、逃げているけど異能を使う準備を整えてるってことかな……?」
「時間切れまで逃げることも戦術だけど、あいつの場合、逃げ続けるくらいなら一矢報いるタイプだからな……、なにかしらの策は頭にあるんだろう。それとも、今必死に作っているか、だな――少なくとも、このまま負けっぱなしで終わる聖良じゃない」
「…………勝てるかな」
と、自然とこぼれたシャルル。負けている方を応援してしまうのは自然だが、普段は虐げられている矢藤を、今は悪者として見てしまっている……。そして、勝てるかな、と言ったということは、無意識の内に殺し合いを肯定しているとも言えた。
勝者がいれば敗者がいる。
敗者がいれば……死者が出るのだから。
その歪みに気づいていながら、木野は指摘しなかった。
シャルルを想ってのことか、それとも――。
「分からないよ。矢藤は復讐だと言っていたし、聖良が実際に矢藤みたいなタイプをいじって遊んでいたのは俺も見ていたよ。こんな環境で、スイッチが入った気持ちも分かる……殺す手段があり、それが罪に問われないのであれば、手を出すだろう……本気で。自分をいじめてきた奴を、苦しめる――きっと誰だって、そういう闇は抱えていると思う」
「…………」
「そう思われるほどのことを、聖良はやってきたんだから……自業自得だよ」
「でも、さ……」
シャルルの反論を、木野は遮った。
聖良が悪いけど、でも、だからと言って今の矢藤が正しいとも思わない。
「仕返しするなら異能でするべきじゃない。口で言って、それでも改善されなければ拳で。こんな特殊な環境下を利用してする復讐じゃないんだよ。矢藤は自分の力で復讐しているわけじゃない……、異能も環境も、借り物だ。それを扱う自分の技術が強さだ、なんて吠えていたみたいだけど……、自分が持つ素の強さで行動を起こせなかった以上、弱さしかないよ。自分よりも上の力を手に入れて調子に乗っている男に、聖良が負けるはずがない」
「でも、劣勢ですね」
見たまま、天死が呟いた。
中立の人間……、ではなく、天死が見れば、そう思うのだろう。
「聖良のことを知らない天死には分からないだろうけどね。……足取りは不安だけど、目的地がある動きだ。聖良は、次の一手のために動いてる……――反撃は、ここからだ」
〇
聖良が向かう場所は、屋内ではない……校庭の、体育館、横――。
勝手知る校舎がそのまま舞台になっているなら、場所が違うということもないはずだ。
歩く度に痛みが増していく……走ればさらに激しくなり――、それでも聖良は矢藤に追いつかれることなく辿り着いた……、飼育小屋だ。
小屋には十数羽の
「…………数羽、だったはずだが……増えてんのか……? まあ、いい……増えているならそれで……困ることはねえ」
罪悪感は増えるが……それは覚悟していたことだ。
(飼育委員が忙しいって話は聞かねえ……だから数羽程度だと思っていたんだがな……。まあ、そっくりであって、同一ではないと天死は言っていたな……、飼育小屋の鶏が増えていても、多少のミスって場合もある……)
地形が変わるミスはなくとも、置いてある道具の数が変わっている、というミスなら、探せば色々と出てくるだろう。
大きな影響が出なければ見逃しているのかもしれない。
「……悪ぃな、お前らの『命』、使わせてもらうぜ――」
小屋の扉を開ける。
鶏たちが、聖良の侵入に吠え始めた。
〇
「飼育小屋の鶏……あんなに多かった……? 数羽だった記憶だけど……」
飼育委員でもなければ、数羽がいることも把握していないはずだが……野上は確信ではないにせよ、記憶にあったらしい。
それがいつのことかは、本人も分かっていないらしいが。
まとめ役が性分だが、鶏の数まで、過去に把握していたのだろうか。
「たいしょーが引き取ったんだよ、行く当てがない鶏たちを、じゃああたしたちの学校で面倒を見ればいいんじゃないかって提案してね――たいしょーは飼育委員だから。ちなみにあたしもよく手伝ってたの」
「そうだったのね……でも、そんな連絡なかったような……?」
「巻き込まれる直前のことだったから……みんなに連絡する暇もなかったの――今頃、本物の鶏たちは幸せに暮らしてるのかなあ……」
画面の中では、その願いとは真逆の光景が広がっていた。
「……こっちの鶏は、聖良に首を絞められてばたばたと死んでるけど……」
シャルルの目を塞ぐか迷った木野だったが、シャルルは気にしていないようだ。
「そっくりに作られた偽物だって思ってるから……それでも見ていて気持ちの良いものじゃないけどね。できることなら今すぐにでも止めに入りたいけど、もう間に合わないし……」
ちらり、天死を見るシャルル。
「止めて、ってお願いしても、天死ちゃんは動いてくれないでしょ?」
「はい……、希望があればあとで足しておきますけど……」
「そういうことじゃないけど……」
「聖良様にとって、鶏を殺すことが戦術である以上、審判としては、止めることはできません……贔屓になってしまいますからね。このゲームに不正行為はありませんが、あるとすれば私の介入が不正です……、なので私が動くことは基本ありません。
――加えて言えば、自殺も戦術の一つとして考えます」
今後、そういう生徒が出てもおかしくはなかった。
(聖良くんはどうして鶏を殺して……、異能を使うための条件? 本当に?)
シャルルは心底嫌な顔をして、
「……ストレス発散じゃないよね?」
「いくら聖良でもそこまでクズじゃないだろう……、あの聖良が、敵に背を向けてまで向かった場所だ……やけくそになったわけじゃないはずだ。ふざけている可能性もない……確実でなくとも、勝機が見えたからこそ動いたはず……だから、これが聖良の反撃なんだ」
〇
「これで全部か……? しぶとく生き残ってる奴は運が良いってだけか……、その生命力に免じて見逃してやるよ――これでも弾数は充分か、不要な殺しは必要ねえからな」
聖良の目に見えている――聖良にしか見えない、半透明の球体……。
指で触れると水面のように波紋が広がる……初めて見るが、これが――
「魂、か」
――魂を『与える』異能。
死者の魂を扱うことができるのが、聖良の異能である。そのため、死者の魂がその場になければなにもできないため、これまで聖良は異能が使えなかったのだ。
一対一の試合では、使い勝手が悪過ぎる能力である。少なくとも生命がいなければ、使い道がない異能だった――。
「まあ、鶏がいると分かっているから、ゲームマスターもこの異能を渡したんだろうがな……鶏に気づけるかどうかが、この異能の真価を発揮する鍵になったわけか」
魂があれば、そのまま手駒にできる……、一対一の試合で自分以外に動ける味方がいるというのは、戦略の幅が一気に広がる――使い方次第では、かなり強い能力だろう。
「……上手く使ってやる……安心して、オレに全てを預けろ」
魂が整列する。
聖良の気迫に、魂が従った。
「いくぞ。この試合――勝ちにいく」
様子見は終わりだ。
あっちがそのつもりなら、こっちも――。
勝者を決める、最後の攻防が始まる。
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