第12話 支配者、陥落……?


「……お?」


「あ……」


 廊下でばったりと出会う二人。

 聖良はともかく、矢藤の方にも驚いている様子はなかった。


「まさか、のんびりと廊下を歩いてるとはな……意外と余裕があるじゃねえか、矢藤」

「聖良……」


「あぁ? いつもは目を逸らしておどおどしながら、聖良『君』、なんて呼ぶくせに、今は呼び捨てかよ……異能を貰って勘違いしたのか? その異能は借り物であって、お前のモノじゃねえよ。お前が強くなったわけじゃない――オレの言いなりになっていた、いつものお前となにも変わっちゃいねえんだよ」


「……うるさいよ」


「反抗的だな。一発ぶん殴って、正気に戻してやろうか?」


「…………もう、お前のことなんか怖くもなんともないさ……僕には……――いいや、


 聖良は眉をひそめる。振り上げた拳……、いつもならこの行動一つで、矢藤は腰を抜かして倒れていたが……、今は耐えたどころか、聖良に向かって一歩、踏み出した。


 気が大きくなっている――それほど、有用な異能を受け取っているのか。


「ああそうさ、お前の言う通りだ……この異能ちからは借り物だ……だけどッ! 使うのは俺だ! 俺が使った異能で、お前を殺せば、使った俺が強いってことだろう!? ……拳銃が強いのは百も承知だ、しかしそれを使い、戦果を上げる実行者には技術がある。技術を持つ者にこそ、強さが備わるはずなんだ!!」


 強い異能を手に持ち、気持ちが高揚している……わけではなさそうだった。

 その異能の強さ、使い方を理解し、聖良に勝てる――そう判断して、挑んできている……。


 となれば。


 いつものようになめてかかれば、聖良が負けるだろう……いや。


 ――なめてかかれば殺される。



「……復讐だ」



 と、矢藤。気が大きくなったからそう見えているわけではなく、元々から、彼は意外と高身長である。そして、彼の気弱さに拍車をかけてしまっているのが、マッシュルームヘアーに、四角いメガネ……、聖良が付き合う友人の中にはいないだろう、『弱男』というレッテルが貼られている男だ――そのはずだが。


 今だけは。


 彼の容姿が、不気味に映る……なにをしでかすか分からない、得体の知れなさがある……。


 彼をよく知らないことが、脅威に変換されていた。


「教室の隅で弱男と罵られ、馬鹿にされてきた人間が力を持てば、真っ先に餌食になるのがお前たち搾取側だ……。散々、恨まれるようなことをしておいて、いざ自分が標的になったからって逃げるんじゃないぞ……ッ。いいや、俺が逃がさない。法律という壁がなければ、弱男はいつだって、表立ったお前たちを殺したいんだからさ――」


「……法律がなければ殺せる、って聞こえるぞ?」


「そう言ってんだよ、イキりクズ野郎」


「………………てめェ」


「このデスゲームに感謝だ。この機会がなければ、一生、俺はお前たちに従うしかない哀れな人生だった――だけど、今だ……今しかない。お前を殺して……俺が上に立つ」


 矢藤が腰を落として構えた。


 意外にも、その姿は様になっている――素人のそれではない。


 瞬間、聖良も腰を落として臨戦態勢に入る……もしも反応が一瞬でも遅れていれば、聖良の意識は全て持っていかれていただろう――。


「新しい支配者は、俺『たち』だ」


 矢藤の拳が、聖良の頬を捉えた。

 聖良は踏ん張れず、床を滑って、十メートルも飛ばされた……これでも軽い方だ。


 実際はもっと飛ぶ。それが分かっているからこそ、矢藤は不満げなのだ。


 その程度で済んだのは、攻撃を警戒して、防御に意識を割いていたおかげだ。


「あが、がふ……っ!?」


「……痛いだろ? これが殴られるってことだ」


 聖良が、ぺっ、と口から血を吐いた。

 鉄の味が、ダメージを強調してくる。


「……なんだ、てめえ……、その細い体のどこに、そんな力が……ッ。元から、かよ……陰キャの皮を被った、武闘派だったのか……?」


「どうだろうな、お前が想像しているようなインドアではないつもりだが……。たとえ武闘派だったとしても、人間一人を十メートルも殴り飛ばせる腕力があると思うか?」


「……なら、異能か? けどよぉ、おかしいだろ。話が違う。異能は、自身に影響を与えることはねえはずだ……『腕力』を与える異能だったとしても、お前の腕力が上がるわけではねえはず――」


 その異能が実際にあるのだとすれば、『与える』ことは相手を強化してしまうだけだ……なので必然的に二択の内の『奪う』を選ぶことになるだろう。相手の腕力を奪うなら、戦闘に向いている異能だが……、矢藤のこれは、まったく別の異能だろう。


 異能によって、自身を強化することはできない――それがルールである……しかし。


(まさか、ルール自体が嘘だった、って可能性もあるか……)


 知らず知らずの内に天死を信用していた……その甘さを自覚して聖良が舌打ちする。


「……サバゲー経験者だから多少の運動神経はあるがな……喧嘩なんてしたこともない。この機会に初めて手を動かしてみれば、意外と腰の入ったパンチが打てるものだ……」


「打てたとしても、この威力は出せねえだろ……ッ、なら、やっぱり異能か――」


 だが、どういう異能なのか……そこが問題だ。


(自力で暴くしかねえな……自身に影響を与えることはねえ、という前提も、今や崩れてる……そのルールが本当かどうかも分からねえ内は、異能の幅が広がるばかりだ。……ちくしょう、信じる方がバカを見るってのは頭の片隅にあったんだがな……ッ)


 思考に意識を割いているせいで、聖良の動きが止まっていた。


「困惑しているな」


「あ? 優越感に浸ってんじゃねえよ……態度に出てんだ、陰キャメガネがッッ!!」


 異能に対抗するには、異能をぶつければいいが……残念ながら、聖良の異能は戦闘向きではない。なぜこんな異能が? と、天死に文句を言いたいが、異能を選んだのは彼女ではなくさらに上のゲームマスターらしい……、天死に言っても仕方がない。


 元々の腕っ節を評価した上で、戦闘向きではない異能を渡した可能性もある……、戦力に差が出ないように、という配慮かもしれないが、異能が混ざることによって元々の差が縮まるどころか、完全に追い抜いてしまっているので、今は聖良が不利だ……。


 まったく勝ち目がないわけではない……と判断したのは、聖良の強がりも多分にある。


(異能がなくとも戦える……、腕力が上がっているだけなら当たらなければいいだけの話だ……。喧嘩なら、こっちの方が慣れてんだ――長引く前に終わらせればいい!)


 だが、手早く終わらせるのは現実的ではない。


 聖良の足取りはおぼつかない……ダメージは深いようだ。


「ふらついているけど、そろそろ限界か?」


「はっ、いいハンデだろ?」


「強がりか……好きにしたらいいさ――」


 矢藤が動き出し、目で追っていた聖良は――しかし、見失った。


「は?」


 矢藤が、消えた……?


(こいつ、透明になることもでき、



「透明人間になれる異能でもないさ。自分に影響を与えることはできない……できて、触れた道具を透明にするとか、背景に溶け込ませて見えにくくするとか、そういう異能だろう……。俺の姿を透明にすることは、使用者が俺である以上は無理だ」


 他人に影響を与えることができるのが異能だ。

 別の能力者が矢藤を透明にすることはできる……が、この場でそれは不可能である。


 聖良がしない限りは。

 ……聖良がそんなことをするメリットもない。


「がッ、ぁぐっ!?」


 消えたわけではない……、一瞬で距離を詰めた矢藤が、聖良の顔面に何度も拳を叩き込んでいる。


 内の一発が、聖良のボディに入った。


「うっ」


「肋骨が折れたか? 悪いね、喧嘩慣れしていないから加減が分からなくてな……少なくとも、靴はスパイクだからな……足を踏まれたら痛いどころじゃないかもな――」


 殴られているのに後ろへ逃げられないのは、足を踏まれて止められているからか。


 その場で倒れないのは、聖良の意地だった……ゆえに殴られ続けてしまっているが。


(スパイ、ク、か……そのせいか……いや、そうでなくとも、単純に、脚力も上がってる、のか……ッ。こいつ、腕力だけじゃ、ねえ……ッッ)


 高速移動も説明できる。


 上がった脚力で、移動しただけだったのだ――透明になったわけではない。


 単純に、目で追えない速度だった。


「――さあ、お前の異能を見せてみろ。この期に及んで使わないってことは、現段階では使えない異能ってことになるが……――そうか、前提条件が必要な異能だと分かっただけでも収穫ありだな……。情報は武器になる。聖良の弱点は、これか?」


「この、野郎……ッ」


「おいおい、聖良、逃げるのか? お前らしくもないな――」


 見逃す矢藤は、自身が優位に立っていると確信している……、逃げても見つけ出して、いつでも殺せる手段と自信がある。時間もまだまだ余裕があった……だから、最大まで時間をかけて、いたぶって殺す……既にそういうプランになっているのだろう。


(安い挑発だ、乗るな……乗れば、やられるのはオレだ――ああ、認めろ。異能を使いこなしているあいつは、強ぇんだ……なめてかかるな!!)


 スパイクで踏まれ、血塗れになった足を引きずりながら、それでも壁に手をつき、走って距離を取る。


 やはり痛みに耐性があるようで、痛みに堪えているにしては、素早い動きだった。


「ふん、昨日までの支配者は、敗北が濃厚だと分かれば逃げに徹するか……時間切れを狙うつもりか? だとしたら、その足掻きに付き合ってやろう。

 それに――もう目的の半分は達成したようなものだ。こんな姿を見せられたんだ、クラスメイトも、お前を『大したことない奴』に、評価をあらためるだろう……」


 遠ざかる聖良を見つめながら、矢藤は少し寂しそうな目で……。


「随分と小さくなった背中だな、聖良」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る