第一試合 聖良vs矢藤
第11話 スタート地点
「…………はあ? 扉の先が、屋上だと? おい、どうなって――」
教室の扉から外へ出れば、そこは雲一つない青空の真下だ。
振り返ってみれば、あったはずの扉はもうなく……なにもない空間である。
手を伸ばしても当然、そこには触れられない。
「……忽然と消えてやがる。まあ、異能を貰っておいて、扉の外が別の場所になっている、ってことがあり得ないって言うつもりはねえけど……。
デスゲーム……、悪趣味な大人の遊びかと思っていたが、異能やら天死やら出てきてんだ……オレたちの世界じゃねえ、オレたちの常識が通用しねえ理屈で動いてると思い込んだ方がいいか……。――なんでもありだ」
まるで洋画だな、と聖良は吐き捨てた。
とりあえず、聖良の方針は試合前に決めた通りだ……、様子見。まだ一試合目である。参加者へ向けたチュートリアルという一面が強い試合になるだろう。まさか最初からエンジン全開で、異能のタネが分かるような使い方はしないだろう……、矢藤も馬鹿ではないはず……だが。
そこを裏切って全開でこられたら、聖良でも回避するのは難しいだろう……。そもそもこれは路上の喧嘩ではない。ルールの下でおこなわれる格闘技でもない。ルールの下でこそあるが、あってないようなルールであるし、武器は異能である……。想像もできない角度から、当たり前だと思っていた理屈を捻じ曲げてやってくる攻撃に、対応できるわけもない。
油断していたら、些細なミス一発で死ぬ戦いである……チュートリアルだと思い込んで手を抜くと、それこそ油断した聖良が矢藤に狩られる可能性がある……。
今後の試合のことも考えれば手を抜くのも一つの手だが、気を抜くのは悪手だ……、手を抜く以上は注意深く周りを見なければ……。
まずは、袋小路である屋上から移動する。
「(脅せばパシリに走る奴だが、あいつも今は異能を持ってる……対抗する手段があれば、あいつも、それなりの『男』を見せるはずだ。
……だが、これは一試合目……オレを殺す気だったとしても、次の戦いのことを考えて、異能の基本性能を見せることさえ、躊躇ってもいいはずだ。……結局、異能を使った殺し合いとは言ったものの、情報という弱点を晒さないために、肉弾戦に終始する可能性もあるな――。まあ、それならそれで、オレにとってはやりやすい舞台ではあるが)」
きぃ、という音が響く。
屋上の扉が閉められた。
とん、とん、と、無音の廊下に、聖良の足音が響く。
「さて、あいつはどこに隠れていやがるんだ?」
〇
「プロジェクターでの映像はどうですか? 不具合とか……なさそうですね。ただ、カメラも有限なので、死角の撮り逃しなどはあります……壊れることはないカメラですけど、映像が乱れることはありますので、すみません……」
「ううん、映してくれるだけありがたいよっ!」
「優しい……シャルル様……」
「天死さん、これは三分割まで?」
プロジェクターをより鮮明に映すため、昼間なのにカーテンを閉め、薄暗くしている……。遮光カーテンではないので、光が入るために見やすいわけではないが……、さっきと比べれば全然見られる映像だ。
「三分割以上もできますよ。ですが、分割すれば当然、見にくくなりますが……」
「あっ、このままで大丈夫だよ……聞いてみただけだから」
「そうですか? 試合中のお二人を自動で追いますので、場合によっては四分割、八分割になったりもします――カメラの切り替えが多くなりますが、二分割で固定、という設定もできますので、要望があれば遠慮せずに私に言ってください」
と、天死は机に乗せたパソコンとにらめっこしながら。
……集中しているせいか、背中の小さな翼がぱたぱたと動いている……、犬の尻尾、みたいだが、仕組みは違うようだ。
嬉しい時に揺れる、というわけでもないらしい。
「聖良くんは屋上から校舎内へ入ったみたいね……矢藤くんは…………どこ?」
「野球部の更衣室だな……あいつの名誉のために言っておくと、女子更衣室を漁っているわけじゃないから――勘違いはしないであげてほしいな」
『木野くん、優しい……っ』
木野のフォローに、彼のファンである女子が黄色い声を上げていた。
彼女たちに軽く手を振り、木野はそっと、シャルルの横へ。
薄暗い中であまり意味はないだろうが、ささっと、前髪を左右に分けて整える。
「……空木、どっちが勝つと思う?」
「え? どうだろ……やっぱり、聖良くん?」
「素直に答えるんだね……、意外と片方が死ぬことには寛容なのかな?」
「違うよ! 生きるか死ぬかじゃなくて……っ、勝ち負けでしょ……?」
「聖良の勝利は、矢藤の死亡だけど……、まあ制限時間がきて、どっちの方がより負傷しているか、で判断ができるか……。そういう意味だと、聖良の方が怪我は少なそうだ」
「うん……、だからやっぱり、聖良くんの方が……」
よく見たいからか、シャルルが徐々に前へ、前へ移動している。
「空木さん、あまり近づき過ぎないで。空木さんの背中に映像が映っちゃってるから」
「あっ、ごめんなさいっ!」
ふふっ、と笑う木野に、シャルルは「もうっ、笑わないで!」と弱く握った拳を当てる。
「バカにしてるぅ……っ」
「してないさ……可愛いな、って思っただけで……」
『きゃーっ!!』
「……なんで言われた空木さんじゃない子が喜んでるの……?」
これで好感度が上がるならなんでもありだろう……、ファンは推し以外には盲目だ。
「そう? ありがと」
「そして空木さんは言われ慣れているせいか、淡泊な反応だし……」
嬉しくないの? とは聞けない野上だった……。
なんだか、聞いてはいけない返事が返ってきそうで、躊躇してしまったのだ。
と、野上が悶々としていると、木野とシャルルの会話は先へ進んでいた。淡泊な返事も、木野にとってはショックではないようで……やはり、彼にとっても、可愛い、と伝えることは難しいことでも珍しいことでもないのかもしれない。
ちなみに、野上は彼から言われたことはなかった。
「たぶんだけど、動きの少ない初戦になると思うよ。聖良も、矢藤も――」
「それはそうかもね。早い段階で自分の異能を見せびらかしたいわけがないだろうし……いや、聖良くんは力を誇示したいのかも……しれないけど。でも、行動していないってことは、すぐに見せられる異能じゃないって可能性も……?」
「そうなの? 野上ちゃんも似たような異能だから気持ちが分かるの?」
「それは……、どうかしら」
「う。やっぱり、うっかり口を滑らせたりしないよね……」
「空木さんが教えてくれるなら、教えてあげてもいいけど」
「……本番でのお楽しみにしておこっか」
こんなやり取りが、教室中で、静かにおこなわれているのだろう。
「おや? 早速動きがありましたね」
「天死ちゃんも一緒に観戦するの?」
「お邪魔でしたか? 気になることがあれば質問してくれて構いませんよ。私は審判ですし……違反項目なんてものはありませんが。――数秒前の行動を見逃した人のために、解説もおこなう予定です……私の主観ですけどね。できるだけ分かりやすくを意識しますよ」
「……あれ? じゃあ天死ちゃんの口からなら、他の人の異能が分かったり……?」
「もちろん、そのへんの情報は伏せますけど」
「えー。聞いたら教えてくれそうなのに……」
「交渉次第ですねえ」
天死とシャルル、悪巧みをするように、二人で顔を合わせて、ししし、と笑い合う。
腹黒い、と言うには、彼女たちは抜けているところが多過ぎるが。
「矢藤が、更衣室でなにかを拾ったな」
「カメラ越しだと分かりづらいね……、木野くん、分かった?」
「……矢藤の手だ」
「手? ……あ、手袋……、最初からして……なかった、かな……?」
シャルルは小首を傾げながら、「滑り止め?」と言った。
「無関係ではないだろうけど……でも、滑り止めが目的なら、もっと適した良い手袋が他にもあるよ。潔癖症だから手袋をした、ってわけでもないだろうし……。更衣室の手袋なんて誰が使ったか分からないものだ、清潔なわけがない――だからやっぱり、別の目的があると思うんだよ」
「…………あっ、それが、矢藤くんの異能……?」
「だろうね。さすがにこれだけじゃ、その中身までは分からないけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます