第10話 準備は整った【試合開始】


 生徒全員が教室に集まった後、遅れて登場したのは、機材を抱えた天死だ。


「皆様、お揃いのようですね――ゆっくりと休めました?」


「雑談する気はねえよ……さっさと始めろ。つーか、ゆっくりと休めましたか――だと? 休めるわけねえだろ、なめてんのか?」


「えっ、そんなつもりで言ったわけじゃ……、で、でもですね、無理にでも休んだ方がいいと思いますよ? これからどんどんと過酷な状況になっていくわけですし……まあ、過ごし方はお任せします。じゃあ、早速ですけど……昨日、皆様のスマホに送られているはずのメール、読みました? 読みましたよね……選択肢が出たと思いますが、まだ決めていない方がいればすぐに決めてしまってください」


「そういうのはそっちで把握できてんじゃねえのかよ」


「第二ゲーム【ギフト(オア)スナッチ】に関しまして、私はあまり関与していませんので……ついさっき、選択したばかりの方もいるかもしれません。当然、デスゲームマスターは把握しているとは思いますけど……サポート役である私は隅々まで把握しているわけではありません。答えられないことも多いですので、そのへんは悪しからず」


「……今も上で見てんのか? デスゲームマスターはよお」


「仮眠を取っていると思いますよ? 徹夜で色々と準備をしていたみたいなので……ですので、今後の進行は私が務めますので、よろしくお願いします」


「仮眠だと? てめェで決めておいて、見もしねえのか……っ!?」


 怒りよりも呆れが勝った聖良は、吠えるよりも先に溜息が出た……おかげで無駄な体力を使うことはなかった。


「皆様のスマホにメッセージが届いたと思います……今日の対戦カードですね――」


 スマホの画面には、こう書いてあった。



 ――第一試合 聖良 道成みちなり vs 矢藤やとう喜助きすけ



「では、詳しい説明に移りたいと思います。表示されたお二人は、前に出てください」

「……早速かよ」

「ねえ、聖良くん……まさか本気で、人数を減らすつもりじゃないよね……?」


 強めに肩を掴んで、聖良を引き留める野上……。

 周囲がゾッとしたが、聖良は雑に、野上の手を振り払う。

 ……怒っていたとすれば、もっと乱暴に弾いていたはずだろう。


「そんなの、矢藤次第だろ。あいつが本気でオレを殺そうとすれば、もちろん迎撃するぜ? こっちも黙って殺されるわけにはいかねえしな。だが、まあ無理だろ。第一ゲームからずっと、部屋の隅っこに隠れて震えていたインドアなヲタクには、なにもできねえだろうしなあ?」


 分かりやすい挑発には乗らなかった矢藤……、いや、彼の場合は、乗らなかったのか、乗れなかったのか……多くの生徒が後者だろうと思った。


 未だに、選ばれたことにリアクションを取っていない。できないほどに動揺して、現場の空気に飲まれてしまっているのか――彼は流されるままだ。


「矢藤様、こちらにどうぞ」


「…………」


 ゆっくりと進み出した矢藤は、動揺なのか、膝を机にぶつけている。

 顔をしかめながらも、痛いとは口に出さない。


「矢藤くん、安心して。まだ初戦だし、様子見をするだけだから……怖がらないで大丈夫。聖良くんも、ああいう人だし、分かりやすく牙を見せているだけだと思う……――聖良くんも、余計にクラスメイトを怯えさせないで」


「今はもう敵だけどな。……分かったよ、乱暴なことはしねえ。野上の言う通り、ここは様子見だな」


 ほらね、と矢藤の肩をぽんぽんと叩く野上……、矢藤は、こくり、と頷いた。


「殺し合いはなしだ……それでいいだろ、矢藤。――勝手なことはするなよ?」

「わ、分かってるよ……」


 がさごそと、足下でなにか作業をしていた天死が立ち上がった……、どうやらプロジェクターを設置していたらしい。


 起動させ、黒板に映像を映す。今は三分割で、校舎の別の場所が映されていた。


 至るところにある、監視カメラの映像だ。


「試合の様子はプロジェクターか、手元のスマホで、リアルタイムで見ることができますので……あ、スマホの充電器は貸出しますのでご自由にお使いください。多機種のコネクタがあります……どれにも合わない場合は私に伝えてくださいね」


 今時のスマホであれば、どの機種も既存のコネクタで合うはずだろうけど……、天死はそういうことに詳しいわけではないのだ。プロジェクターの設置にも手こずっていたようだったし……そのため、苦戦する天死のため、近くにいた数人の生徒が手伝っていた。


 最初の頃と比べれば、天死との距離感は縮まっているのだろう……、それを良しとするべきかは微妙だが。


「では、ルールを説明しますね」


 プロジェクターで映し出されていた映像が切り替わる。

 今度は図と文字が映し出された……プレゼン? と誰もが思った。


 足下にノートパソコンを置いて、なにやらいじっている……、天死なのにハイテクだ――の前に、他人に『異能(超能力?)』を渡すことができるのに、人間と同じことをして、それに苦戦しているというのは、できることとできないことの差があり過ぎてバランスが悪い……。


 彼女なら説明するべきことを全て、人間の頭の中に叩き込む、なんてこともできそうだが、口頭で全てを説明しなければいけないらしい……。


 ただ、これは天死という存在、全般に言えることなのか、それとも彼女――キリン、という個人が好んでしていることなのか……、苦手分野だからこそ機器に頼っているだけなのかは、現状では分からない。


「こちら校舎の図面ですが、私たちが今いる教室がここですね――」


 長く伸ばした銀色の棒で図面を差す……、やはり、みなが授業でもやったことがある、プレゼンだった。


「試合の舞台となるのは、この教室を除いた全てとなります……なので校庭もありです。今更、こんな図面はいりませんか? 皆様が二年間と少し、過ごした校舎とまったく同じですからね……当然、中身は知り尽くしていますか」


 正直に言えば、なんとなくは分かっている、という認識だ。あらためて図面で見ると、あの教室の隣にはこんな部屋があったのか、などの気づきも多い。職員しか入れない場所もあったりするので、そういう点では、図面の表示はありがたいと言えた。


「皆様が参加した当時の、そのままですからね……ですので、置かれていた物もそのままです。もしかしたら、本来、その教室にはなかった道具が落ちているかもしれませんし……、心当たりがある方は思い出してみてもいいんじゃないでしょうか?」


 ちなみに、聖良と矢藤以外の生徒はこの教室で待機することになる。試合中は完全に密室となり、一切の被害を受けない、シェルターとなる。


 二人の異能がどういうものかは分からないが、広範囲を巻き込むものだったとしても、この部屋にいることで安全は確保されている。


「試合の制限時間は90分となります。映画一本分と考えれば……トイレのがまんくらいはできますよね? もしもがまんできなければ天死へどうぞ。こちら……ペットボトルを持っていますので」


 男子の反応は薄いが、女子たちは「う、」と引いていた。


「安心してください、天死の翼で目隠しはしますので」


『そういう問題じゃない(の)!』


 と、女子たちに責められ――「え、えっ?」と戸惑う天死である。


 助け舟を出したわけではないが……、聖良が質問をした。


「おい、天死……異能が決まった後の選択肢……『与える』か『奪う』か……これって、与える側と奪う側で対立している戦いってことなのか……?」


「あー、それは……お答えできません」


「そこまで甘くはねえか。だが、油断させれば意外とボロボロと情報を漏らしてくれそうな感じだよな、お前って……。

 もしも答えていたら、それで矢藤の異能、その使い方が絞れたんだが……」


「……仮に、私が口を滑らせていたとしても、聖良様は信じなかったのではないですか? うっかり情報を漏らしたのも罠だ、と疑って――。そうやって疑り深いのも良いですけど、絶好のチャンスを逃すかもしれません……、気を付けてくださいね?」


「余計なお世話だ……それに。――逃したら掴み直すだけだ」


 言われた天死は、一瞬だが顔を真っ赤にしていた……、怒りなのか、はたまたその逆か……ともかく、おほんっ、と咳払いをして、切り替えた。


「……最後に、異能について、ですが、勘違いされやすい部分がありますので、そこだけ説明します……。異能ですが、自分自身に影響を与えることはできません」


「え?」


 と、思わず声を出してしまったのは、シャルルだった。

 注目されるが、「な、なんでもない!」と返すので精一杯だった。


「(で、でもあたし……、じゃあ、異能の効果ってわけじゃないんだ……)」


「加えて、異能が使用できるのは試合中のみ、となります」

「え!?」


「うるせえぞ空木!」

「ごめんなさいっ!」


 勘違いばかりしていたシャルルは、天死と同様に顔を真っ赤にさせていた。


「ったく……もういい、始めようぜ」

「と、仰っていますけど……矢藤様もよろしいですか?」

「あ、はい。どうぞ、始めてください……」


「はい、確認しました。お二人の承諾がありましたので、これから試合を開始致します……第二ゲーム一日目、第一試合――開始です」

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