第9話 シャルル・リブート
三年二組――。
昨日、一堂に会していた教室へ訪れると、先客がいた。
「あっ、空木さん? ……早いのね、眠れなかった?」
「野上ちゃん……おはよ」
「うん、おはよう……眠れなかった、ってわけじゃなさそうね。なんだか清々しい顔してる」
「……もう、落ち込んではいられないな、って思って。背中をね、叩かれちゃったから。あと、野上ちゃん……昨日はごめんなさい……あたし、酷いことしちゃった……」
「ううん、仕方ないよ。だって私たちにとっての浦川くんと、空木さんにとっての浦川くんは、やっぱり違うから……。大切な家族なんだから。あんなことになれば、そりゃ落ち込むし、荒れたりもするよ。……でも、もう大丈夫……なんだよね?」
ここで、無理してでも頷くのが正解だって分かっていても、シャルルは嘘を吐かなかった。
「大丈夫なわけない、今でも引きずってる――」
「そっか……そうだよね」
「でも、たいしょーときちんとお別れするためにも……みんなでここから脱出しよう!!」
三年二組の教室が集合場所である。
天死が言うには、ここが『拠点』となるらしい……、他の教室を自由に使用してもいいが、デスゲームについて、説明がされる場所はここである――そのため、朝の九時を越えると、ぞろぞろと生徒が集まってくる。
三年一組、三年三組の教室は空き教室だ。
本来なら生徒がいるはずだが、当然ながらデスゲームに巻き込まれたのは三年二組のみ……そのため、両サイドの教室は自由に使える。
一組を男子、三組を女子として、寝室としている……。離れ過ぎず、かと言って近過ぎずの距離を考えた結果、こうなった――さすがに男女同室という案は却下されたが。
色々な意味で襲われることを危惧したようだが、たとえ同性であってもその危険は変わらないのだが……、そのあたりの危険性は、仲間意識で見えなくなっているのか。
男子と女子で対立構造ができなければいいが……。
「――だからよ、空木。みんなで脱出は無理なんだよ……聞いていなかったのか? 塞ぎ込んでたお姫様は聞いちゃいねえか……。
運営が指定した人数まで減らさないと、次のゲームへは進めねえ。だらだらと仲良くして延命してもいいが、その内、この校舎にある食糧が底をつくぞ。
昨日、試してみたが……やっぱり校門の外には出られねえようになってるからな――買い出しにもいけねえ。ここから先の景色が見えるが、近づけば見えていた先は闇になる。こっちが飲まれそうになるぜ――」
確認していた、とは初耳だった。聖良は単独行動をし、独断で調べていたわけだ……リーダーとは言え、勝手な行動をされては困る。
もしも、なにかがあった場合……、残された者たちにいらない疑念を残すことになる。
「……勝手なことしてる」
「リーダーなんだから問題ねえだろ。お前らが勝手なことをするのは許さねえがな。俺に命を預けたのはお前らだ、指示に従え、俺に指図をするな――」
「それは勝手だよ、聖良くん」
「うるせえよ、塞ぎ込んで迷惑をかけた次は俺に文句を言うのか? ボコボコにするぞ」
「すれば? 無抵抗で殴られるだけの生娘だと思わないでよねっ!」
バチバチ、と火花が散るように視線をぶつけさせる二人……。
脇にいる木野や野上が止めないのは、シャルルはともかく、聖良に本気でボコボコにする気はない、と分かっているからだ。――意図があると分かっている。
「はっ、言うようになったじゃねえか……それだけ吠えられるなら、もう気にかける必要もねえってことだよな――長ぇよ、やっと解放されるぜ」
「あ、気にかけてくれたんだ……?」
「クラスのまとめ役としては、目を向ける必要があるんだよ――お前が特別なわけじゃねえ。自暴自棄になったお前がなにをするか分からないって部分もあったからな――。捨て身で襲ってきやがったら、対処が面倒だ……その警戒を、じゃあもう解いていいってことだよな?」
「それは、いいけど……でもあたしが言っても、聖良くんは警戒するんじゃないの?」
「いや、しねえよ。オレも目は二つしかねえからな……お前ばかりに構ってもいられねえ。確かに完全に目を離すのは、危険だってのは分かっているけどな……だから野上、あとはお前が管理しておけよ。女子の監視は女子の方がいいだろ」
「それは当たり前でしょ。男子に女子の監視を任せられるわけがない……その逆も当然」
男子は男子を、女子は女子を――ただ、これだと二分化を加速させてしまいかねない。生活圏内も完全に分けてしまっているから……、男女が触れ合う機会がこの場しかないのだ。
……男女間での意思疎通は、リーダー同士でのみおこなわれる……。
末端の人間は、異性との関わり合いがなくなり、過度なストレスで異性を目の仇にすれば、対立は強固なものになってしまう……。
「男女で分かれるのは、問題がありそうだが……まあ今更か。これから始まるのは殺し合いだ――個人戦であり、団体戦でもある。
このゲームで避けるべきは、輪の外にいることだろうな……その点、空木は危なかったな。あのまま塞ぎ込んでいたら、最初の標的になっていたかもしれねえぞ?」
す、っと野上がシャルルの前に出た。意見は言わなかったが、一人きりのシャルルをそのままにするわけがない、と表明しているようだ。
リーダーなら、全員に目を向ける。
「そもそも対戦カードは運営が考えているんでしょ? 空木さんを狙い撃ち、なんてできるわけがないと思うけど……」
「一人一試合か? んなわけねえ。繰り返していけば何度も試合をすることになる。手の内がどんどんと暴かれていき、情報が出てくる……。それを持った人間が、隠すか、公開するか――味方が多ければ隠せる情報も多いだろ。嫌われ者はあっという間に暴露される。観戦しているだけで見抜ける情報にも限度があるからな……、情報は異能に勝る武器になる」
聖良は数十の試合を予測しているが、そこまで長引く前に『ある問題』が浮上するだろうことも予測している……、それでも、挙げた可能性を度外視するわけにはいかなかった。
「……暴露って言ったけど、虚偽報告もできるよね……?」
「ああ、たとえ身内からの情報でも、鵜呑みにはするなってことだ。分かってんじゃねえか、白馬の王子様に依存していたお姫様のくせに。やっと、自分の足で立つようになったか?」
罪を暴かれたように――シャルルは心臓が大きく跳ねた。
「…………聖良くんの言う通りだよ、あたしはたいしょーに甘え過ぎてた……頼り過ぎてた。あたしが守るって、言ったくせにね……全然、おねえちゃんなんかじゃなかった。
自分の頭で考えても、きっとたいしょーに確認を取っていたよ……正解だって分かっていても、不安だから確認を取ってさ、たいしょーの意見と一致しないと胸の内から外へは出せないように――。でも、もうたいしょーはいない。
どこにもいなくて……もう戻ってくることはないの! だから、これからあたしは、あたしの考えに自信を持っていかなくちゃいけない……分かってるもんっ!」
頭を撫でて安心させてくれる人はいない。
そっちは違うよ、と止めてくれる人も、手を引いて正解へ導いてくれる人もいない。
先は分からない……一寸先は闇だ。
だけどこれが当然で……普通のことなのだ。
やっと、お姫様は自分の足で、箱の外へ出ることができた。
「なにを当たり前のことを言ってんだ……誰もがそうなんだよ。自分の意見に正解か不正解か、いちいち赤ペンで丸やレ点を書いて、修正して寄り添ってくれる先生がいるわけじゃねえ。
正解か不正解か分からない答えを、オレたちは不安になりながらも公表していくんだよ……、やっと、スタートラインに立てただけだぞ? それを声高々に……威張ってんじゃねえ」
まったくその通りだ、とシャルルは恥ずかしくなった。
でも――それは今までしてこなかった自分への、罰なのだ。
「だいじょうぶ、あたしは負けない」
「あ……?」
「みんなで帰ろう――あの日常に。
あたしはそこからこぼれるような、道を踏み外した生き方は、しないから」
「…………真っ直ぐなのはいいが、死亡率が上がるだけだと思うぜ――」
「真っ直ぐに挑戦する仲間を、聖良くんは見殺しになんてしないでしょ?」
聖良はとんとんとん、と指で机を叩く。
答え方を、考えながら――、
「……時と場合による」
「じゃあ……条件が合えば、贔屓してくれるってこと?」
「そう思っていればいい」
「じゃあそう思ってる……ふふ、頼りにしてるからね、教室の魔王さま?」
久しぶりにこぼれた、シャルルの心からの笑みに、あの聖良でさえも一瞬、固まった。
周りの男子はそれ以上に見惚れて動けなくなっていたが――。
「…………ざっ、っけんな! だせぇ二つ名、つけてんじゃねえぞ……ッ!!」
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