第8話 デスゲームの裏側【後編】
「異能を渡す……? いや、そこに疑問を持ったら先に進まないか……天死や神がいるなら異能くらいあるだろうし……これ、生徒と異能を、線で結べばいいのか?」
「やり方はなんでもいいですけど……私に口頭で教えてくれれば操作する必要はありません。ようは、誰にどの異能を与えるのかを決めて頂ければいいんですけど……」
「ふうん……これ、今も神様に見られてるんだよな? この作業に正解はあるのか?」
「ここまで細かく見ている神もいないと思いますけどね……別の『天死ちゃんねる』に流れてしまっているかもしれません。もしくは一休みを入れていたり……一時的に減っているだけで、すぐに戻ってきますよ……神とはそういうものです」
「そういうものか」
「中には、どうしてその生徒にその異能を? と裏を探る神がいるとは思いますが……評価に繋がるわけではないと思います。ただ、テキトーにされるよりは、考えて設定した方がよろしいと思います。大切な家族を守るためなら、贔屓するための異能を渡す方が生き残る可能性が高いと思いますから。最弱の異能を渡したら、マスターが気にかけるあの子はすぐに死んでしまいそうですし」
「……とは言っても、これは使い方次第だしな……。異能だけを見て、強いか弱いかを判断するのは難しい――」
タブレットを操作し、下から上へ流れていく異能を見る。
どうやらこの異能、ただ渡すだけでなく、渡したその後に、使用者がとある二択を迫られることになるらしい……。
そこまで考えて異能を渡す相手を吟味するとなると、考えることが多過ぎる。渡した後の展開が、想像できない――。
「……二択」
「マスター?」
「異能の性能を、参加者が選べる、んだよな……? 与えるか、奪うか……異能一つで、分岐がある……。こんなの、誰にどんな異能を与えても、期待とは逆の結果になることもあるってことだよな……?」
「そうですね、狙い通りに、参加者が異能を使ってくれるとは限りません」
「…………むずっ」
「参加者が、どういう性格で、この異能を受け取ったらどう使おうとするのか、それを予測しながら組んでいくのが正しいですね……できれば、ですけど。マスターはあまりクラスメイトのことは詳しくないですか?」
「シャルル以外のことは、あんまり……。昔からの付き合いの奴だったら知ってるけど、それでも合ってるか分からないけどな……なのに、中学からの付き合いとなれば、まったく分からない。それに、異能を受け取って、どういう使い方をするなんて、分かるかよ……っ。こんな状況、お互いに初めてなんだからさあ!!」
「マスター、悩むのもいいですが、できれば半日以内にお願いしますね。早く次のアクションを起こしてあげないと、現場で動けなくなっている参加者たちが、じっとしたまま疲弊してしまいますから……。次のゲームについて、教えられることは教えてあげた方が、色々と考えるために頭が回るはずですから……」
「ええと、この異能は、聖良に渡しておけば……じゃあシャルルは、どれに……?」
「まあ締め切りは明日までに延ばせますけど……なんて、言わない方がいいですか?」
没頭している浦川を部屋に残し、天死は静かに、部屋を出た。
〇
「ふぁ…………ん、マスター? まだ作業をしているのですか?」
「……おう、天死ちゃんか……もうそんな時間? おはようっす」
翌朝、広く白い部屋で、同色のソファに座り、タブレットを操作している青年がいた。
デスゲームマスターである、浦川大将だ。
部屋の内装も変わっている。と言っても、デスゲームを観察するため、複数のディスプレイが持ち運ばれただけだが……、これで生存しているクラスメイトの様子が分かる。
昨日の段階で用意されていなかったのは、浦川がまだデスゲームマスターになることを了承していなかったから、だ。
設備がこうして整ったことは、つまり正式な決定であることを意味する……、最初から浦川に選択肢はないのだが、ここにきてやっぱりやめた、は通用しない状況になっている。
「おはようございます……あの、異能の選定は希望通り、半日で終わらせて頂いたので、徹夜しなくてはいけないような仕事を振ったつもりはないのですけど……」
「今やってるのはマッチングの部分だ……これは俺が勝手にやったことだからさ……、別に、カメラがあるから良い子ぶってるわけじゃない。気になって眠れなかっただけだし……」
「ああ、第二ゲームの対戦カードのことですか……。今日の一試合分の対戦カードを作って頂ければ良かったのですけど、もしかして数日分を考えていますか?
事前に決めるのもいいですけど、現場を見ながら変更することが多々あると思いますし、徹夜してまで今考えることではない、と思いますよ?」
「シミュレーションだよ。俺だって決めた通りに動くとは思ってない。だけど、仮でもいいから一覧を作っておけば、あとはパズルのように組み替えて再利用することもできる。地面に散らばったピースを拾って、その都度はめて考えるより、既にはまっているピースを外して、別の穴を塞ぐ方が考えやすい……俺にとってはな。だから、必要な徹夜ではあるんだよ」
後々、楽をするため――なんて考えてはいるが。
デスゲームマスターに、楽はないだろう。
「徹夜をするのは自由ですけど、マスターに倒れられると、私が困ります……」
「対戦カードさえ作っておけば、最悪、俺が倒れても天死ちゃんだけでもどうにかなるだろ。俺にしかできないことなんて、最初の設定くらいじゃないか?」
「映像出演しないんですか? 機材、せっかく用意したのに……」
「あー、……今はいいや。眠い。それに、仮面を被ってVTR出演するのだって、変装した天死ちゃんでもできるしさ。――とにかく、俺は寝る……仮眠だよ。ぐっすりと寝るつもりはない。寝てる間に、最初の対戦を始めておいてくれ」
「……分かりました。ちなみに、この対戦カードの意図は?」
ソファの背もたれを倒し、ベッドに変え、浦川が横になる。
薄めのブランケットが欲しかったが、ないものは仕方ない。
「見てのお楽しみ、ってことで――まあすぐに分かると思うけどな。最初だし、チュートリアルってところか……、異能の使い方や戦い方、そしてなによりも、『デスゲーム』をシャルルに見せるためだ――ここでばたばたと数を減らしてすぐに第三ゲームへ移行してもいいけど、それだと、この先のゲームを、シャルルは生き残れないだろうし……。
だから、課題を与える、という意図を持った対戦カードだ」
「……マスターは親切ですね」
「俺はデスゲームマスターだけど、脱落者を出すためのマスターじゃない。数を減らすだけが面白さってわけじゃないだろ?
これは育成ゲームだ……、生き残る奴を見極めて、課題を与えて、成長させる――」
その先にある面白さは、意外と視聴している神々は触れていないのではないか?
「クラスメイトが、シャルル様の血肉になっても構わないのですか?」
「良いわけじゃないけど……でも仕方ない。犠牲者0でクリアできるほど、幸せな頭はしていないつもりだ。必ず犠牲者は出るし、出ないとクリアできないルールなら避けようがないんだから。……俺が指示を出して殺してるわけじゃないし、たとえ不利でも、本人に強い意志があれば生き残れるはずだよ――俺は事態が思い通りに動かないと許せない、ってタイプじゃない。期待していた奴が負けて、見殺しにする予定だった奴が生き残っても、それを問題とは思わないんだよ。そうして這い上がってきた奴を、期待する人材枠に入れるだけだ……――だから、最初の対戦カードは、今後の方針を固めるためにも重要な一戦になる……はずだ。たぶん」
初めてのデスゲームマスターだ……浦川だって、不安である。
それでも裏で指揮するマスターとして、迷ってはいけない……それだけは決めている。
「……意地を見せてくれるか?
弱男としてパッケージされた、隅の席でおとなしいあの暗ーいヲタク君はさ――」
揶揄ではない。
彼を一日目の対戦に選出したのは、それなりに人となりを知っているからだ……、片方が圧倒的になっては意味がない――だから。
『あの男』と拮抗する人材を、選んだつもりである。
「試合をご覧になります?」
「リアルタイムで見る必要はないから……、時間を過ぎても起こす必要はないよ。仮眠のつもりがぐっすり寝ちゃったって可能性は高いしな……それでもいい。あとで見返すから……録画しておいてくれ。
今日のことは……じゃあ、天死ちゃんに任せる。俺の基本方針はシャルルを助け出すこと――、今後のために、シャルルにデスゲームの生き残り方を教えるつもりだ――今からの経験でな。多少、厳しい場面がいくつもあると思うが……」
「あの異能を渡したのは、だから……ですか? ですけど、異能は自身に影響を与えることはできませんよ? 彼女の異能は、内向きに効果を発揮しないはずです」
「分かってるよ。でも、関係ない……あの異能が渡った時点で、シャルルは大丈夫だ」
「兄妹にしか分からない以心伝心ですか?」
「さすがに顔も合わせずにできることじゃないけど……単純に、プラシーボ効果だよ。シャルルは思い込みでその気になっていたりするもんだ。勉強を教わるよりも教えていた方が覚えがいい、とかな。
だから異能を使う内に――持っているだけでも、シャルルは異能の効果の影響を受けていると思う……、もしかしたら、異能の中身を『死んだ俺からのプレゼント』だ、なんて前向きに考えているかもしれないな」
ほとんど当たっているようなものだった。
シャルルは受け取った異能と共に、浦川が背中を押してくれたと思い込んでいる……、実際どうあれ、それでシャルルの気持ちが持ち直したのであれば、過程はこだわらない。
「落ち込んだままのシャルルは機能しないが、前向きにさえなれば、シャルルは明るく、場を照らす光になる――」
「あの子、飛び抜けて可愛いですからね……」
「ハーフではないらしいけどな。祖父だったか曾祖父だったか……が、日本人だったんだっけか? 情報は曖昧だけど……だから親同士が外国人でもちょっと俺たち寄りの顔なんだよな」
本当に生粋の外国人だと、いくら可愛くてもちょっと気が引けてしまう部分はある。
人種が違う、となると近寄り難さもあるものだ。
当然だが、見慣れた顔の作りで、可愛い子に気を引かれる……その点、シャルルは海外の良さもありながら、日本人の顔の作りも混ざっているので、可愛くて身近に感じる、というバランスを保っている。
身内贔屓でなくとも、確かに可愛い女の子だ。
「顔だけじゃないと思いますけど……、身なりを気にして、意識しているからこそ出る魅力でもあります」
「顔が良いだけなら、クラスのアイドル止まりだしな。だけどシャルルは、いつの間にか輪の中心に立っている……、人から好かれる理由は容姿もそうだが、献身的な行動も必要だ。
人格、だな――誰かさんの恐怖政治とは真逆の、癒しで人を繋げる、シャルルなりのクラスのまとめ方があれだったんだろ。多少の嫉妬は含まれているだろうけど、あいつが『お姫様』、なんて呼ばれているのは、信頼の証拠だ」
信頼と、そして忠誠の証拠か。
浦川大将を犠牲者にする時、あれだけ揉めていたのに、シャルルを除け者にする者はいない……、浦川との約束があるとは言え、それだけではないだろう――。
クラス中が分かっているのだ。空木シャルルがいてくれたら……いた方が、きっとこのクラスは大丈夫だと。
彼女が立ち直ってさえくれれば。
……こんなデスゲーム、クリアできると――誰もが信じている。
それはデスゲームマスターである、浦川でさえも。
そう思わせる魅力が、空木シャルルにはあるのだ。
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